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養老孟司とイギリスの田園都市

「考える人」は、2002年に新潮社が肝入りで創刊した文芸雑誌。年4回とはいえ値段は1,400円とお安くないが、執筆陣の顔ぶれが凄まじく、充実のボリュームとなっている。なかでも目を引くのが養老先生のコンテンツだ。

「考える人」創刊号の目次

創刊号だから力を入れるのはわかるが、養老先生だけで3本もある。後述のエッセイで執筆経緯が語られているが、先生は本当に人がいい。
それでは、各コンテンツのさわりだけご紹介しよう。

イギリスの田園都市にたたずむ養老先生

養老孟司とイギリスの田園都市を歩く

「都市っていうのはね、結局人間の身体と同じなんですよ」
「汚い部分が必要なんです。きれいすぎる町は住みにくいんです」
のっけから都市論を語る養老先生。田園都市というのは19世紀末にE. ハワードが提唱した都市形態で、都市と農村の長所を融合させた総合的な都市計画。イギリスにはこの構想に基づいた田園都市(Garden City)がある。養老先生はレッチワース、ウェリン、ハムステッドの3箇所を訪れている。

今年は文明国にしないと、家内の機嫌という問題もある。

万物流転

続く「万物流転」で、その都市論が具体的に語られる。田園都市と言っても、単なる都会と田舎の融合ではない。住民に自立した協力精神を求める。自治体が規則を作り、住民がそれに従うという単純な話ではない。住民にとって、維持管理は「当然」なのである。そこがイギリスだという。
日本はどの視察でも、すぐに予算のことを訊く。ガイドさんがそう話す。日本では予算が仕事を決める。だから、その人の仕事ではなく、お金がやった仕事になってしまう。必要なのは、お金ではない。
イギリスには、こうした田園都市やナショナル・トラストがあるのに、国土の森林被覆率は約7%しかない。日本は何もしていないが、60%を超える。地震や噴火や台風といった荒ぶる自然が、自らを守ったのか。それが日本の幸福だと、養老先生は締めくくる。
内容を読むかぎり、この紀行風エッセイは、当初は1回だけのつもりだったようだ。しかし、それがなん9年間にわたる長期連載となった。そしてのちに『養老孟司の大言論』シリーズⅠ〜Ⅲ巻(新潮社刊)として書籍化される。

タバコをくゆらせながら半生を語る先生

挨拶のできない子供

お次は養老先生のロングインタビュー。先生のファンなら、題を見れば説明は不要であろう。先生は4歳の時に父親を亡くされている。夜中に起こされて「お父さんにさよならしなさい」と言われたが、言葉が出ない。そしてニコッと笑って喀血し、それが最期だったという。
ずっと挨拶が苦手だったのは、父親にさよならを言えなかったからではないか。父親にできなかった挨拶を、他の人にはできない。このインタビューでは語られていないが、40代になって地下鉄の中でそのふたつが突然つながり、わけもなく涙が流れたという。
知恵遅れを疑われて知能検査を受けさせられた話。終戦の記憶。夢中になった本と虫。大学の恩師の口癖。インターンで患者さんを殺してしまいそうになったこと。東大紛争と後始末。死体の引き取り。お骨が笑った話。教科書の改訂で身についたもの。つまらない教授会。実習で学生がご遺体に花を供えた話……話は尽きない。


冒頭で高い雑誌だと書いたが、「考える人」は中古市場では今でも人気がある。Amazonでもメルカリでも、かえって元値より高いくらいだ。筆者は途中まで定期購読していたが、お金が続かず断念した。もしバックナンバーを譲ってくださる方がいたら、ご一報いただきたい。

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