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 【小説】吾輩は猫だった(5)

      3  房之助を先生と呼ぶ人がいる。中学校の教員である。主人は先生から先生と呼ばれている。と云う事は、主人は余程の人物か? と問われれば、断じて全くそうではない。酒を飲んでもいないのに、お日様の高いうちから堂々にオツベの講釈を垂れる様な(五十間近の)男である。大した男の筈がない。  房之介を先生と呼ぶこの先生は、三十路に入ったばかりで数学を担当しているらしい。蟹江道文(カニエミチフミ)と云う名前だそうだが、主人から『イカ君』と呼ばれている。  彼は中学生

    •  【小説】吾輩は猫だった(4)

       「うん、そ、そうか……、で、どんな字だったんだい?」  「ふふっ……、焦るなよ。えっとなぁ、御礼の『御』に、『通る』に、便利の『便』って云う字を書いてたゾ」  「御礼の『御』に『通る』に便利の『便』?」  「そう」  「御・通・便……」  「馬鹿だろ?」  「………………」  吾輩が猫だった頃の主人、漱石も色々と当て字を作っていたが、この現在の主人も大概なものである。  「ほじゃけん、便が通る処、解る……?」  「おいちゃん、携帯の辞書に載って

      •  【小説】吾輩は猫だった(3)

         「おいちゃん、おいちゃん処の犬は、よいよぉ、人のオツベを嗅ぐねぇ」  あれっ? 吾輩の話だ。  「おぅおぅ、よいよぉ、あいつ、オツベ嗅ぐだろ? あいつはオツベの匂いを嗅いだら、ええモンか、悪モンかが、分かるみたいなぞぃ……」  「ほうなん?」    これはケンくんの声だな?  「おう、ほんで君等、吠えられたん?」  「おい、ヒロ、お前吠えられた?」  「いや、吠えられんかったよ」  「俺も、匂われたけど吠えられんかった」    ヒロ君もケン君も、若い血潮と云う

        •  【小説】吾輩は猫だった(2)

               2  主人の房之介はスタジオの経営をしている。音楽レンタルスタジオである。今日もヘンテコななりをした茶髪の若い子達がドンチャンしている。時代はパーシャルなのだから仕様がないが、吾輩の様な明治生まれには頓と見当付きかねる。  スタジオと云っても、たいしたスタジオではない。国鉄の要らなくなったおんぼろ貨物車両を、何処かからか持ってきて、スタジオにしているのである。それが二つばかりあり、それぞれを第一スタジオ、第二スタジオと呼んでいたりはするが、スタジオとして機

         【小説】吾輩は猫だった(5)

           【小説】吾輩は猫だった(1)

                       1            吾輩は猫だった。名前は『伊馬把アール(いまわあーる)』。吾輩は十五年前に伊馬把家に貰われてきた。生まれて三ヶ月目に此処に来たので、今の吾輩は、とう年とって五歳である。おかしい? いや、だから、五に十(とう)を足してみてくれ。いや、だから、、とう年、取ってるから十年を足してくれ。吾輩も、もう年寄りだから若く言いたいのである。  吾輩は、かつて夏目漱石に飼われていた黒猫だった。ビールに酔い、甕に落ちて出られないまま死んじゃっ

           【小説】吾輩は猫だった(1)