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ラズベリージャムの夕景


なくしものはないですかと
赤々と剥がれ落ちてゆく
ラズベリージャムの夕景が問う
どこかに落としてきたもの
忘れ去ってしまったもの
それらは
ラズベリージャムの夕景のなかに
あるのかもしれない

さかなの群れが消えて
みんなひとりきりに戻ってゆくと
月の裏側の匂いがしてきて
空のバラの花弁を一枚明け渡す
そこには文字が書かれてある

なくしてしまったもののなまえとか
落としもののある場所とか
忘れ去ってしまったものの取り戻し方とか
明け渡すたびに
空のバラの花弁一枚一枚に書いてあるのだ

なにかを置いてゆくために
なにかを拾いにいくために
或いはなにかを忘れるために
あるような
追憶の夕刻は
とてつもなく
果てしない
そして
とてつもなく
早く
通りすぎてしまう

夕刻のオルゴールチャイムを掬った耳奥で
今日の落としものと
昨日の忘れものと
いつかの探しものが
ごちゃ混ぜになった
ラズベリージャムの夕景のなかで
わたしはいくつ落としてきただろう
いくつ忘れ去ってきただろう
どれくらい探し続けてきただろう
今目の前に広がる
ラズベリージャムの夕景のなかにある気がして
ちいさな両手を透かしてみたら
わたしの両手も
ラズベリージャムの匂いがした
わたしはほっとして
舞い戻る伝書鳩のような気持ちを抱きしめた
いつか明け渡したものたちは
大きく育つために
旅立ってまた舞い戻ってくるんだ
だからしんぱいしないで
ラズベリージャムの夕景を眺めながら
わたしはすこし微笑んだ

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