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【最終話】一時帰国中、住民票が無い状態で日本の3歳児(半)健診を受けた話その④~保育園の先生と話した編~

③はこちらから。健診後、マレーシアに戻って、保育園の先生と話した時のことを綴ります。


一時帰国を終え、マレーシアへ戻る

 健診後は私の母と旅行したり、夫の実家へ行ったりと忙しく過ごし、あっという間にマレーシアへ戻ってきた。
健診結果については文章でまとめたものを後日私の実家に送っていただいたので、母に結果を写真に撮ってLINEで送ってもらった。(保健師さん、連休明けすぐ結果を送ってくださった。ありがたい。)
 戻ってきた直後から、私は学校へ通い始めたため、昼間は通学や勉強、夜は会社から帰ってきた夫と結果を保育園の先生に見せるための翻訳文を作成・・・と忙しかった。(翻訳は主に英語が得意な夫が担当、日本語の文章を翻訳しやすいように調整するのが私の担当だった)

先生からの提案

(健診の結果については③の最後に記載)
翻訳文作成後、すぐに保育園の先生とミーテイングを実施。
先生からは「もし希望があれば個別対応が可能な特別支援の先生にクラスに入ってもらうこともできる」と提案していただいたので、数か月間様子を見るためにそうしてもらうことにした。
 その後の息子については①に書いた通り、個別で対応してもらえる場面が増えたため(そして、日本語の力が伸びたことから)英語の力が伸びてコミュニケーションがスムーズにとれるようになり、活動に参加したり、先生に気持ちを伝えられるようになり、感情も出せるようになった。
やっぱり集中力は全然ないみたいだけど。
(お迎えの時に、初めて友達とおもちゃの取り合いをして泣いた、先生におもちゃで遊びたい!と訴えてきた、と聞いたときは嬉しくて私も泣きそうだった。)

おまけ:健診について夫と揉めた話。

これ、同じような家庭が他にもあると思う。
うちは「私が仕事で発達障害、知的障害の子供たちにかかわってきた経験」があるが、夫にはまったくそういう経験がない。
そのため、自分の子供である息子をありのままで見よう、と思っていても子どもを自分のいままでの経験や知識になんでも当てはめようとしてしまったり、言い方は良くないが、分析したくなってしまうところは否めない。
それは夫から見ると「自分の子どもをよく見ていない、よくわかっていない」と感じる部分もあった模様。(いろいろ説明したときに、能書きを垂れているようにも見えたかもしれない。笑)
 そして当初、夫は息子が保育園で不適応を起こしていることや、先生に呼び出されていることも「自分も昔悪かったから」≒「子供はこういうもの」という考えで、健診にもあまり前向きではなかった。受けてもいいけど、それを受けたからって何か変わるの?という反応だった。
 そして、「療育が必要かもしれない、今はまだわからないけど。」という話をしたときも「そんなもの必要?結局子どもを周りに合わせた人間にしたいっていうこと?それこそ個性をつぶしていないか?」という反応だったため、長い時間をかけて(特別支援コーディネーターをしている友人の意見も聞きながら)説明し、話し合ってきた。
 その結果、夫婦でベクトルを合わせることができたし、私はいろいろな気付きを得ることができたと思う。
ちょっと揉めたときはしんどかったけどね。やっぱり。
(そして夫が健診について以前よりも前向きに考えてくれたように思う。)
これについてもそのうち書きたい。

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