[九条家殺し合いSS] 流れる血は

殺し合い閲覧注意
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屋敷の一室で、4人の女性がくつろいでいる。全員が貴族であることもあり、所作のところどころに気品が感じられる。親戚同士である4人は、晩餐会が終わった後で晩餐会の疲れを癒そうと休んでいるところだった。
「林檎様」
室外から従者の声がする。屋敷の主の娘、九条林檎が空いている、と答えると、従者が高級そうな箱を持って入ってきた。
「西から来た行商から、領主の娘様方にこれを、と頂いたものです」
従者が机の中央に置いた箱に4人の視線が集まる。4人がいる西の国マルクホルテよりさらに西方、異国からもたらされたものとあって、皆興味深そうに箱を見つめていた。国の領主の娘が久方ぶりに国に帰ってきていること、その親戚で同盟国の領主の娘である3人が国に遊びに来ていることは、国民に広く知れ渡っており、そのような献上品が届くことはおかしなことではなかった。林檎が箱に手を伸ばし、包みを解いていく。
「これは…紅茶の茶葉、と」
「こっちはクッキー、でしょうか。焼き菓子ですね」
最初に反応したのは北の国の領主の娘、九条棗だった。ぐったりしている他の2人とは違い、まだ元気が残っていたのだろう。棗は物珍しそうに箱の中身を眺めていた。
「あれ、4つしかねーじゃん」
中身が食べ物だと知ってようやく身を乗り出してきたのは南の国の領主の娘、九条茘枝だ。茘枝の言う通り箱の中には4つの大判のクッキーが入っていた。クッキーには細かい装飾が施されており、食べるのをためらいそうになるほどだ。
「一応貰い物だからな、悪いがこれを――」
「大丈夫だと思うわよ」
最後に反応したのは東の国の領主の娘、九条杏子だ。この中でも随一の魔術の才能を持つ純血の吸血鬼だが、運動は苦手だと自称している。
「まじないの類はかかっているけど、害意のある作用はないわ。おそらく品質保持のためでしょうね。毒の類もなし。他の魔術師に見せても多分同じ結果よ」
杏子がそういうと、従者もそれならと納得を示した。林檎の母は人間であり、林檎は吸血鬼と人間のハーフだ。毒や魔術に最も抵抗力のない種族である人間の血を引いているため、林檎の口に入る異国からの食べ物は魔術師による調査が入ることになっている。かつては毒見役がいたが林檎がそれを止めさせて以来、魔術による簡易的な検査で済ませていた。ちなみに、棗は吸血鬼と猫又の、茘枝は吸血鬼とオークのハーフだ。
「それじゃあ、ティータイムにしようか」
林檎が従者に指示を出す。従者は箱の中の紅茶の茶葉を受け取ると準備のために出ていった。

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クッキーを食べ終え、紅茶を飲み終わったころには、林檎はすっかり眠くなっていた。晩餐会もあったため、そろそろ夜更かしと呼んでもいいくらいの時間になっている。
「皆、悪いが我は寝かせてもらおう」
林檎がそう言って立ち上がる。
「私もそうします」
それを見た棗が答える。
「ウチも寝るわ」
意外なことに茘枝もそう答える。林檎はてっきり酒でも飲むのかと思っていたが、どうやら今日は眠気が勝ったらしい。
「茘枝姉さまが寝るならわたくしも寝るー」
夜更かしの杏子も珍しく素直に寝るようだ。一人で飲んでも楽しくないのかもしれないが、とはいえ今日は人間界から移動してきて晩餐会に出たのだ、疲れもあるだろう。林檎はそう考えると、3人を寝室へと案内した。

林檎はそれぞれを寝室に案内して、最後に寝床に就いた。強い眠気が襲ってくる。自分も疲れているのかもしれない。林檎は意識を手放した。林檎の意識が奈落へと落ちていく。

林檎の体が暗い光に包まれているのを、屋敷の者が気づくことはなかった。

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気が付くと林檎は見慣れぬビルの一室にいた。林檎の直感は夢ではない、ということを告げている。あたりには銃器に刃物類、防具などの物騒な物資が散乱しているように見える。異常事態。林檎が状況の把握に努めていると、どこからか声が聞こえてきた。
『今から九条家の皆様には殺し合いをしていただきます』
「殺し合い…?ふざけるなっ!」
とっさに怒鳴り声をあげた林檎をあざ笑うように声が続く。
『残念ですが、皆様は我らが術中にあり。生かすも殺すも私次第です。これが現実であることはあなたも分かっているでしょう?』
林檎は声の主の気配を探りながら、一つでも多くの情報を引き出すように会話を続ける。
「貴様は何者だ?」
『無駄ですよ。この術は内側からは破れません。それに殺し合いを止めることもできません。他の3人はすでに洗脳済みです。容赦なく互いを殺しにかかるでしょうね』
「なぜ我にはその洗脳をかけない?」
『だってつまらないじゃないですか』
意味が分からない。林檎は戸惑いを感じでいた。
『貴女とゲームがしたい。この殺し合いで生き残った最後の一人だけは生きてこの世界から出ることができます。ですが、もし貴女が勝った場合は、全員を生きて返しましょう』
「そんなことが可能なのか?」
『この空間は私の思うがまま。信じていただけないのなら、これ以上話しても仕様がありません。全員殺します』
その淡々とした物言いには脅しの意図は感じられない。ただ事実を述べているだけだと林檎は判断した。
「いいだろう。奇妙な条件を付けて、我らを殺す機会を失うことを後悔するんだな」
『ご理解いただけて何より。それでは、ゲーム開始ですね。周囲にいろいろ武器の類は容易しましたので適当に使ってください。それからこの建物の地図を皆さんに送ります。外には出られませんので悪しからず。それでは、ご武運を』
声の気配が途切れる。それと同時に、林檎の目の前に地図情報が展開された。
(3階建て、ほぼ正方形の建物。我は1階左下。1階右上、3階左上、3階右下が他の者のスタート地点か。どこに誰がいるかは分からないな。地形情報も一切なし。まずは装備を整えるか)
林檎は周囲を見渡し必要なものを選別していく。輸血パックがあったのはありがたい。吸血鬼の力の行使のためには必要な補給物資だ。
(あまり準備に時間をかけてはいられないな。このゲーム、一番厄介なのは杏子だ。時間を与えれば遠隔から気づかぬうちに魔術攻撃を行うことも可能だろう。他の者もまず杏子に猶予を与えないように動くだろう。もし1階のもう1人が杏子なら放置はできん。早めに動くか)
装備を整え終えた林檎が部屋を飛び出す。飾り気のないビルの通路を地形の把握を兼ねて警戒しながら進んでいく。所々に雑多にものが置かれた通路を、1階にあるもう一つのスタート地点に向けて進んでいった。

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戦闘準備を終えた茘枝もまた、先手を打つべく通路を走っていた。茘枝は近接戦闘を得意とし、武器と言える武器は拳にはめたナックルと手甲、籠手くらいだ。しかしオークの膂力を乗せた一撃は岩をも砕く。韋駄天と呼ばれる俊足で近距離の間合いに持ち込み、破壊力で勝負を決める。茘枝にとっての天敵もまた、遠距離攻撃に分がある杏子だった。

最短経路を通って対角のスタート地点へと向かう茘枝に嫌な予感が走る。直感に身を任せ回避行動を取ると、地面からは黒い刃が突き出していた。避けなければ串刺しになっていただろう。
(あんちゃんの罠か…。この先にいるのはあんちゃんで間違いなさそうだな。準備が整いきる前に潰す)
この先には同じく罠がある可能性が高い。一方で最短最速で接近した以上手の込んだ罠を仕込む時間はなかったはずだ。茘枝は罠に注意を割きつつ先に進むことにした。

杏子が罠の起動から近づいてくる存在を察知する。罠はこの部屋に来るために必ず通るであろう通路を含めて最小限しか作れていない。時間をかけて角のエリアで万全の態勢で迎え撃つのが理想だったが、今の状況ではそれは難しい。
(この到着速度、迷いなくまっすぐこちらにきてるわね。おそらくは茘枝姉さま。仕方ない、ここは捨てましょう)
杏子は離脱の魔法陣を起動させた。

茘枝が杏子の部屋にたどり着くのと、離脱の魔法陣が完成するのは同時だった。杏子の足元には黒い大きな穴が開いている。
「茘枝姉さま、わたくしは一旦逃げさせてもらうわ」
茘枝が距離を詰めようとすると、四方から黒い刃が行く手を阻む。加えて部屋の向こうから黒い槍が茘枝に向かって飛んでくる。茘枝が刃を避け、槍を手甲で弾く。その隙に杏子は穴へと飛び込む。杏子が落下しきったところで、穴は綺麗にふさがってしまった。
(この時間で空間把握して任意地点ワープは無理だろうな。じゃあ…下か?)
茘枝は天敵を葬るべく、階下への道を探すために踵を返した。

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林檎は慎重に探査区域を広げていた。途中で上階への階段を見つけたが、まずは1階の敵を探ることを優先して通り過ぎる。この建物の1階にはほとんど扉が無く、小部屋や通路などが入り組んでいる地形だ。林檎がわずかな違和感を覚える。警戒を高め、目の前の小部屋をのぞき込む。小部屋の反対側の入り口では棗が拳銃を構えて立っていた。

棗は林檎を視認すると、待ち構えていたとばかりに銃撃した。林檎はその射線を読み、紙一重で躱しながら距離を詰め、腰の刀に手をかける。居合の速度で振るわれた横薙ぎの斬撃は棗の体を切り裂くはずだった。だが振りぬいた林檎の顔が驚きに染まる。棗が姿を消したのだ。林檎の視界の端で黒猫が横をすり抜けるのを捉える。
(棗の能力――猫化か!)
とっさに身を翻すと、猫の姿から戻った棗が銃の照準を合わせ終えていた。銃声が再び響く。林檎の左肩に激痛が走る。棗は被弾した林檎に止めを刺そうと再度狙いを定めている。林檎は肩の痛みを無視して左手で拳銃を持つと、棗が次の銃撃を行うより早くろくに狙いもつけずに発砲した。銃弾を牽制用にばら撒きながら入ってきたのとは逆の出口から小部屋を出る。林檎はそのまま小部屋の出口が見える位置でしばらく息をひそめた。
(追っては来ない…。いや、回り込まれている可能性もある。これ以上ここにとどまるのは得策ではないか)
左肩の傷を押さえながら棗と距離を取る。十分離れたところで応急処置を施し、これからの行動を考える。
(左腕はダメージはあるが動かすことはできる。だがおそらく棗は手傷を負った我を放置してはおかないだろう。血を飲んで時間を稼げばある程度マシになる、か…?運悪く遭遇したら戦うしかないが、一旦上に逃げて時間を稼ぐか。我は死ぬわけにはいかない)
林檎は上階に向けて移動を開始した。

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2階に降りた茘枝が杏子を見つける。3階では見なかった大部屋の中央に杏子は立っていた。
「あんちゃんは隅にいると思ってたんだけど予想が外れたな」
「遠距離攻撃を考えたら入り組んだ場所の方がいいのだけどね。茘枝姉さまは近距離専門でしょう?」
「さすがあんちゃんよく分かってるね…っ!」
茘枝が弾丸のような速度で杏子の元へと突き進む。
「もちろん罠ありよ」
茘枝の足元から不規則に黒い刃が生えてくる。
「折り込み済みだ!」
勢いを殺して急停止し刃の直撃を回避する。杏子は黒い槍を宙から取り出すと茘枝に向かって射出する。茘枝は槍と刃を同時に相手取りながら距離を詰めるが、全てを躱すことはできずにいくつもの裂傷を受けていた。だが茘枝は致命傷を避け、なおも距離を詰めてくる。これだけの刃を受けて殺しきれない状況に杏子は焦りを見せる。
(次の踏み込み地点は罠の数がかなり多いわ。ここで総攻撃を決める!)
杏子の目論見通りの場所に茘枝が一歩踏み込む。無数の黒い刃が茘枝を襲う。加えて杏子は槍を最大数まで展開し、逃げ場をふさぐように射出する。茘枝の逃げ場は着実に奪われていった。
(まずい。避けれねえ。距離を取るか?それはあんちゃんの思う壺だろ。あと少し、近接戦に持ち込めれば勝てる。なら…ここはっ)
茘枝がまた一歩踏み込む。黒い槍を避けることはもはやできない。茘枝は避けられない黒い槍を全て左腕で受けた。左腕に焼かれるような痛みを感じ、すぐに左腕の感覚がなくなった。しかし左腕でこじ開けた突破口は、杏子との距離を詰め終えるのには十分だった。
「あんちゃん倒すのに左腕一本。おつりが来るね」
至近距離から放つ渾身の右腕が杏子の胴体に突き刺さる。杏子はとっさに障壁を展開するが、衝撃を殺しきれずに後方へ体を浮かす。止めを刺すために茘枝が踏み込み最後の一撃を振りかぶる。
「さすが茘枝姉さま、ここまで来るなんてね」
杏子は微笑んでいた。次の瞬間、全方向の空中から黒い刃が出現し茘枝に突き刺さった。全身を貫かれ、茘枝は動きを止める。黒い刃が消滅すると、茘枝の体が崩れ落ちた。床が血で染まる。いかに生命力の高いヴァンパイアオークといえど即死だろう。杏子が気を緩めると、体の芯に刻まれた痛みによって吐血した。
(ダメージを受けすぎたわね…急いで血を補給して、次の拠点を探しましょう)
杏子がひと心地つこうとした瞬間、室内に銃声が響いた。

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林檎は棗と遭遇した地点を大きく迂回し、2階へとたどり着いていた。警戒を緩めずに周囲を索敵しつつ進んでいると、林檎はわずかな魔力の気配を感じた。自身の気配を消しながら気配を感じる方向へと向かう。魔力の発生源となる大部屋を覗くと、茘枝と杏子が戦闘を行っていた。
(茘枝はかなりダメージを受けているな…。茘枝が勝てば手負いの状態の茘枝を遠距離から攻撃できる。杏子がこのまま勝った場合はあまり有利な状況にはならないが…。杏子が止めを刺す瞬間なら奇襲できるか?)
林檎が戦闘の推移を見守る中、茘枝が杏子との距離を詰め終える。茘枝の一撃が杏子に入るものの、杏子が設置していた罠に貫かれ茘枝が崩れ落ちた。勝敗が決したその瞬間、最も油断が大きくなるそのタイミングを狙って林檎が部屋に飛び込み杏子を狙撃した。

杏子はギリギリのところで林檎の存在に気付くと、射線上に即座に障壁を展開した。銃弾が障壁にダメージを入れつつ弾き返される。杏子は勝利の余韻にも悲しみにも浸る暇なく臨戦態勢を維持することになった。銃撃を防げるよう障壁の魔力を温存しつつ黒い槍を射出して反撃に移る。体の痛みが集中を乱すが、魔力の精緻な調整を諦めることで隙を見せることなく攻撃を行うことができていた。
林檎は杏子の攻撃を回避しながらなおも銃撃を続ける。いくら撃っても障壁を貫くことはできないと林檎は理解していた。しかし銃撃を止めると障壁の展開が不要になった分攻撃の威力が増してしまうため、銃撃を止めるわけにはいかなかった。林檎は右手で杏子への銃撃を続け、左手でもう一丁の銃を構える。そして左手の銃で部屋の床を銃撃し始めた。
銃弾が部屋の床で跳弾する。跳弾した個所から黒い刃が出現し空を切る。少し経つと黒い刃は分解して消滅した。今や部屋の無数の個所から黒い刃が生えていた。杏子がその光景に驚きを見せる。
(あの刃はわたくし以外の魔力に反応して起動するように設置したはず…。銃弾で起動しているのはおかしいわ…。まさか…!)
林檎が自身の魔力を込めた銃弾で床への銃撃を続ける。左手は怪我のせいで発砲の度狙いがブレるが、敷き詰められた罠を炙り出す銃撃に精度は不要だった。右の銃は黒い槍の攻撃をかわしながらも常に杏子を狙っている。弾倉を二度交換し、林檎は杏子との間にある罠はほとんど除去したと判断した。

黒い槍が林檎を貫くように一直線に飛んでくる。林檎はそれを今までのように横に躱すのではなく、前へと飛び出した。わずかに進行方向をずらし黒い槍とすれ違うようにして杏子との距離を詰める。足元に最低限の注意を残しながら、銃撃しつつ進んでいく。そして十分近づいたと判断すると、銃を捨てて刀へと手をかけた。
林檎が居合で斬り上げるのを杏子は何とか躱した。林檎はそれを意に介さずさらに踏み込んでそのまま袈裟に斬りかかる。杏子は空中から黒いブレードを取り出し斬撃を受け止めた。斬撃の重さが杏子の態勢を崩す。意識外から繰り出される高速の蹴りが杏子に突き刺さる。すでに大きなダメージを負っていた杏子の肉体はその一撃を耐えることができなかった。
杏子の体が吹き飛び、投げ出される。林檎は魔術を使う一部の隙も与えぬよう即座に距離を詰め、刀を振りかざした。
「すまない」
杏子が最後に聞いたのは泣き出しそうな林檎の声だった。
「茘枝姉さま、ごめんな…さ…」
杏子の口から零れた言葉は誰にも聞き遂げられることはなかった。杏子の体から流れ出す血が、近くで斃れている茘枝の血と混ざった。

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林檎はすぐに大部屋を離れた。血液パックから血液を飲み、体力を回復できる場所を探して慎重に進んでいく。直接的なダメージは受けていないが、魔力を込めた銃弾を怪我を負った左腕で乱射し、回避と攻撃のために激しく動いたために魔力・体力をかなり消費していた。最後の1人、棗と戦うとしてもできるだけ回復したうえで戦いたいというのが林檎の本音だった。

林檎の願いは聞き入れられなかった。通路を曲がろうとした瞬間に銃声が響く。とっさに引き返し離脱を図るが、戻り道と交差する通路で再び銃撃を受け、足止めされてしまった。
(動きを読まれたか…。強引に突破できるか?いや、我が戦っている間に棗が地形を把握している可能性が高い。この通路にいる限り遠距離からの銃撃はない。待ち構えるか)
銃声の方向に向き、通路の中央に立つ。背を壁につけて両手に銃を持つ。近づいてくるとしたら右からか左からかの二択だ。林檎に動くつもりがないことはすでに伝わっているはず。わずかな気配でも動けるよう神経を研ぎ澄ます。1分が通常の10倍以上に感じられるほど濃密で張り詰めた時間の中で林檎は待ち続ける。そしてその緊張が破られた。
(やはり左!)
蓄積したダメージで林檎の左腕の動きがわずかに遅れる。左側の通路から飛び出してきた棗はすでに照準を合わせ終えている。迎撃は間に合わないと判断し回避に徹した動きを取る。銃弾が林檎の頬をかすめた。崩れた態勢で林檎が銃撃する。棗は猫のような俊敏さで銃撃を飛び上がって回避すると、壁を蹴って林檎との距離を詰めた。右手には短剣が握られている。林檎が右手の銃を向ける。棗との距離はもはや格闘戦の間合いだ。引き金を引く前に棗が左手で銃を叩き落す。右手の短剣が林檎の喉笛を狙って振るわれる。林檎は棗の動きに合わせて回し蹴りを繰り出す。棗は動きを急停止すると蹴りを躱すようにバックステップをした。一歩踏み込めば刃が届く間合いで2人が対峙する。
一瞬だけ2人の目が合った。そこにはかつて親しく話をしていた友人の面影はない。ただ互いが互いの死を求めて対峙していた。2人の目に憎しみはなかった。
林檎が刀に手をかけると同時に棗が斬りかかる。勢いよく振るわれる短剣を抜いた刀で受け止める。振るわれた勢いに反して、受け止めた刀に伝わる衝撃はわずかだった。短剣が弾き飛ばされ地面に落ちる。剣撃が勢いはそのままに貫手に代わり、林檎の心臓を貫いた。棗の右手に生えた鋭利な爪が血に染まる。林檎が刀を落とす。不思議と痛みはなかった。

倒れた林檎の頭に棗が銃を向ける。林檎はすでに全身の感覚を失っていた。
(すまない、茘枝、杏子。助けてやることができなかった)
棗が銃に指をかける。棗はわずかに微笑んでいるように見えた。
(棗は生きてくれ。我らの分まで)
林檎の思いが言葉になることはなかった。

銃声が響いた。

**

朝食をとりにダイニングへと向かう。扉を開けると、いきなり誰かに抱き着かれた。
「りんちゃん!りんちゃん…!生きてる…!」
抱き着いてきたのは棗だった。なぜかぼろぼろ泣きながら、林檎の胸に顔をうずめてくる。
「なっちゃん、一体どうしたんだ?怖い夢でも見たのか?」
林檎は棗の背中をさすってやると、棗は少し落ち着いたようだった。
「おっはよー!あんちゃん拾ってきたぜー!」
「ふぁーあ。わたくしまだ眠い…」
茘枝が杏子の手を引いてダイニングへ入ってくる。杏子は非常に眠そうだった。それを見るや否や棗は2人の元へ駆けていき思いっきり抱き着いた。
「らいちゃん…!あんちゃん…!よかった…。よかった…」
再び泣き出した棗を茘枝が戸惑いながら抱き止める。尋ねる様に林檎の顔を見ると、林檎は分からないと首を横に振った。
棗に何があったのかは分からないが、まずは腹ごしらえをしつつ、棗から話を聞こう。林檎はそう思い、従者に朝食の準備を頼む。折角皆で集まっているのだ、やりたいことはたくさんある。
パンの焼ける香りを楽しみながら、林檎は1日の計画を組み立てるのだった。


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