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旅エッセイ【利口な犬め】

 犬派か、猫派かと尋ねられることがしばしばある。どちらでもない。強いて言えば人間派であるし、犬や猫にとってもそんな派閥を作られること自体が本望では無いだろう。

 少し前に太宰治の畜犬談を初めて読み、いたく感銘を受けた。犬が嫌いだと言い続けている毎日を描いているだけに見えるのに、こんなにも感情の機微を表すことが出来るのかと驚いた。偶然にも私も犬があまり好きでは無いほうのたちであるから、これは運命だと同じように自分の畜犬談を書いてみようと思い立った。
 幸い、どこに行こうと道を歩けば野良犬が私を取り囲み、1度や2度、大きく鳴いては仲間を呼んで、ワンワンとみなで私の後ろを付けてくる、そんなような毎日である。私はその中でも、いっとう鳴き声の弱いのを選び、毎日ひっそりと微笑みかけてみる。物語は、犬が私についてくるところから始まらなければならない。

 しかし犬というのは思っていた以上に利口なようである。私が彼らの敷地(もちろん公道であるが)を一歩過ぎれば、彼らは一斉に私に興味をなくし、それぞれの定位置へと戻っていってしまう。
 宿のオーナーが心配そうに話しかけてきた。
「犬が多くて怖いでしょう? 長い木の枝なんかを持って歩きなさいね。そうすれば犬は怖がって寄ってこないから」
やさしいマダムのアドバイスではあるが、それだけは取り入れることはできない。なんせ、好きではない犬に寄ってきてほしくて毎日意味もなく歩いているのだから。

 この地についてすでに2週間が経ってしまった。まだ、野良犬のだれも私にはついてきてくれない。それどころか、野良犬が住んでいるあたりの住民が、私が道を通るときには大きな声を出し、犬たちが私に近づかないように配慮をしてくれるようになった始末だ。
 なんとも情けない。これでは私が犬を怖がっていると思われてしまう。こんどは少し作戦を変えてみよう。

 数日後、また散歩をしようと宿を出る。ここ何日かは宿の部屋の中でダラダラとヤモリと会話をするだけであったから、少し気分転換が必要になったのだ。
「Hi, how are you?」
「How's it going?」
ひとつひとつの犬に声をかけながら歩く。犬たちも挨拶を返すかのように遠吠えをする。
 しだいにいつものように10、20と犬が集まってくる。少し数が多いがひとつも欠かさずように挨拶をしていく。そろそろ、この利口な犬たちと心を通わすことができたかもしれないと期待に胸を膨らませながら、彼らの敷地を抜ける。
 犬たちは当然のように、一気に私から興味を失くし、いやむしろ満足げに道を戻っていく。失敗である。

 小さなマーケットで情けないほど少量の野菜を買い、宿に戻る。宿のオーナー夫婦が優しく、また聞いてくれる。
「また犬たちが鳴いていたでしょう。怖くなかった?」
マダムの手には、小さいのに、私にだけはキャンキャンとよく吠える子犬が抱えられていた。

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勝手に一人で企画
#みんなのフォトギャラリーを開いて最初に出てきたイラストで文章を書く

また会いましょう。