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「業界の最先端」で働く人たちの共通点

 先日、待ち合わせに早く着いてしまい時間調整のために入った書店で、ある本を手に取ってしまいました。

 オートバイロードレース世界最高峰、Moto GPの舞台で裏方として働く9人の日本人の半生を追ったインタビュー、もう一人目の1ページ目からグイグイ引き込まれ、そのままレジに向かうことに。もちろん、ホンダ・ヤマハ・スズキ・カワサキと4大メーカーが威信をかけて戦ってきた(今はホンダ・ヤマハだけになりましたが)だけにそれ以外にも多くの日本人が裏方として活躍してきましたが、この本に取り上げられた9人はメーカーから派遣された社員、ではなくその手腕を認められてその世界に棲みついた一匹オオカミの「レース職人」たち。

私のアスレティックトレーナーとしての初めての現場は
1994年、鈴鹿8時間耐久オートバイレースでした…

 実は私のはじめての「トレーナー活動」(あまりこの言葉は使いたくないですが…)はオートバイのロードレース国内最高峰でもあった「鈴鹿8時間耐久オートバイレース」で、4大メーカーを除いたエントラント、いわゆるプライベートチーム最高峰の「モリワキレーシング」で始まりました。
 3年ほど経験させていただいたあと、米国に留学、それ以降は「モータースポーツ」から「モーター」が取れた「スポーツ」で働くようになるのですが、この本を読み進めるうちに、あの頃の気持ちがよみがえってきました。

お名前は忘れてしまいましたけど、チームを追っかけてくれていたカメラマンから
いただいた写真、96年の新井秀也選手ですね…カッコいい。

 「モリワキ」はレースをするためにマフラーや様々な部品を開発・販売している会社で自らを「レース屋」と称していました。あるオートバイ販売店が母体でホンダから門外不出のファクトリーマシンをリースし、世界GPを闘う有名ライダーを擁して参戦するチームと競った場面になったとき、メカさんの一人が発した
「向こうはバイク屋、うちはレース屋、負けませんよ!」
という言葉を聞いて、そのプライドの高さに痺れたのは未だに忘れられません。「オレがテーピングを巻いたライダーが走らせている、負けるわけにはいかない!」と鼻息を荒くしてピットのモニターを見上げていたっけ…。

決勝前日、ピット作業を練習するメカニックたち
ガソリン給油と前後のタイヤ交換を10秒とかで…

 そして、チームスタッフが特に意識していたのは
「人(ライダー)が乗る」
「生死がかかっている」

ということ。中学時代からの憧れの現場に初めて足を踏み入れて「大ファンなんですけど、大ファンなんですけど!」と舞い上がっていた私も、10分もたたないうちに、
「あ、コレ俺がやらかしたら、この選手死ぬこともあるんだ…」
とその張り詰めた空気の意味を理解しました。そして、その空気を読めない「お客さん」な同業者(自称トレーナー)たちをみて…。

競技レベルに関係なく、最悪のケースを頭に入れてそこにいる、という姿勢が大事です

 最初の現場が最も死亡率の高いスポーツ、ということもあり、留学して(アメリカン)フットボールの現場をみても、そのほかのスポーツに関わっても、例えば野球なら
「デッドボールでの頭部外傷や、ピッチャー返しでの心臓震盪でも選手は死ぬこともある」
と最悪のケースも想定して現場に居るようになりましたし、それに近いことが起きたときもその時できるベストを尽くした、と(胸を張って、とまでは言えませんが)言えるキャリアを築いてきたつもりです。

オートバイレースの二人の巨星のうちの一人、
森脇護さんの現場に居させてもらえたことは一生の誇りです…

 最高峰で働く人達の共通点、思い切り短くまとめると
「人と人の信頼関係」
「仕事が仕事を呼ぶ」

自分が通ってきた道も同じだったことに少し安堵した次第。ただ彼らのレベルにはまだまだ…ということも分かりました。 

 私の思春期に起きた大ブームとは違って、今やオートバイのロードレースはマニアックな世界になってしまいましたけど、もし興味があるなら私たちセラピストやアスレティックトレーナーも手に取ってご一読されるのをお勧めします。意外とメカニックさんの世界と我々の世界、近いですよ。


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