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コナとリムとヨギ

 コナはどこまでも落ち続けた。
 くぐもった声をあげてうなされていた。
 目が覚めるとそこは、自分のベッドの中だった。
「夢でも見たの?」と母親のリム。
 手に耐油ランプをかかえてコナの部屋のドアのすき間から中の様子をうかがっていた。
 薄い麻生地の寝間着姿のリムは隣の部屋から起きてきたのだ。
「うん、さいきん、よく夢を見る。ほとんどが落下する夢。目が覚めるまで落ち続ける」
「あしたドクターキリに診てもらおうか」
 家の周囲をとりまくフラ麦畑に朝日がさしこんだ。きらきらと黄金色がまぶしい。
 地元の山で伐採される五百年は持つといわれるクルキ材でできた家が陽光に包まれる。
 太陽が大小ふたつ。親子の様に仲よくならんで東の空にあらわれた。早朝の空気はピンとしまっている。
 リムが珈茶をたっぷりとマグカップにそそぐ。フラ麦のパンをかまどで器用に焼き上げる。香ばしいかおりが部屋中に立ちこめた。すぐに空腹を呼び起こすかおりだ。
 コナとリムはたっぷりの朝食を済ませると、キリの診療所へ向かった。コナが子どものときからのかかりつけ医だ。そういえば母親のリムは子どものころドクターキリの父親に診てもらったことがあった。
 家から診療所までは、フランボで片道三十分くらいの距離だ。リムが運転する。短髪の黒髪が向かい風になびく。リムは四十歳。まだ若い。
 フラ麦畑が広がっていた。まもなく収穫期を迎えるので黄金の絨毯が無限と思われるほどに続く。大小ふたつの太陽がまぶしい光線を空高くからフラ麦畑にあびせている。天空をおおう青い空はどこまでも深い。
 フランボは旧式自動艇で全長五メートル、幅は二メートル。中古だが、拾速エンジンを搭載した四噴駆動艇だ。耐油が燃料で、三メートルほど浮遊して時速二百キロで滑るように飛ぶ。ボディは、あちこちにへこみがあるが、ガンメタリックが渋く光沢を放つ。燃料の耐油は、地下から原油をくみあげ、製油して作る。原油はここターラの地では比較的容易に採掘できた。
丘の上にぽつりと診療所が建っていた。
 集落でただ一軒の診療所だ。木造の平屋で壁がペンキで白く塗られていた。「キリ診療所」とクルキ材の板看板がドアにかかっていた。看板は端が削れて右に少し傾いて、ときおり風に揺れていた。
 ドクターキリは、全身を診ることのできる医者だ。白髪白髭で長身の初老の男だ。ひとり息子がとなり町の医学大学で勉強している。あと五年もすれば、ドクターキリのあとを継ぐことになっている。
 診察台にコナはあおむけに寝た。
 ドクターキリはコナの顔を見る。頬を両手で押さえたり、まぶたを裏返したり、また細いペン状の診断機を顔に近づけたり。ブーンと蜂の羽音のような音を発している。キリは診断機を顔に触れるか触れない程度に近づけ、やがて、のど、胸、腹、そして下腹から左右の太ももを経て、足先にまであてていった。ときどきピーンと高い音を診断機が発した。
「いたって健康だな。悪いところは見当たらない。あえていうなら頭がちょっと」
 ドクターキリが笑みを浮かべる。
「やめてよ、冗談は」とリム。
 コナとリムは顔を見合わせた。
 コナが口の端をあげてにやりとすると、リムも両手を広げて「帰ろうか」と合図した。
 お昼までにはまだ間があった。
 コナたちのフランボが家に帰り着いた。母屋のとなりに建つ納屋を改装して作った修理工場の脇にフランボを停めた。
 リムは昼食の支度のために台所へもどった。
 コナがフランボの近くに大きなドラム缶を転がしてきた。ドラム缶からポンプで耐油をくんでフランボに給油を始めていると、庭の方からキュルキュルと金属音が聞こえてきた。
 コナは、何だろうといぶかしく思い、給油の手をとめて音のする庭の端にある井戸の方へ歩み寄った。
 コナは井戸の中をのぞいてみた。
 いた。
 全身が黒光りする機械人が底に一体いた。ブリキの缶詰に長い手足をつけたような形態だ。
 機械人は気配を感じ取ったのか、円錐形の頭を動かして透きとおった青いひとつ目をこちらに向けた。
 コナと目が合った。機械人は頭だけを上に向けて、うずくまっていた。
 機械人は、井戸から上がれずにいた。エネルギーを消耗しているのかもしれない。
 コナは長いロープを修理工場からもってきておろした。機械人は両手でロープをつかんだ。つかまる力は残っていそうだった。
 表が騒がしいのでリムが台所の窓をあけていちどは顔をのぞかせたが、すぐに関心を失って窓をしめた。
 機械人の重量がありそうだったので、コナはフランボにロープをつないだ。耐油が原料のポリアラミド製ロープがギシギシいってちぎれそうだったが、何とか引っ張り上げることができた。
 コナはふと、さいきん見る夢がこの井戸に落ちる夢だったのかもしれないと思った。事実、機械人を井戸から引き揚げたこの日から、コナは落下の夢を見ることがなくなった。
 コナは、機械人をリヤカーにのせて修理工場へ運んだ。
 修理工場へ様子を見に来たリムは、機械人の登場にそれほど驚いてはいなかった。ターラで数十年も暮らしていれば、変わったことはしょっちゅう起こるので、多少のことで騒いだりしないのだ。
「修理は食事してから始めてね」
 そういうと母屋に帰っていった。
 昼食は、甘いミルクをかけたフラ麦のフレークだった。四時にフラモロコシのスコーンと珈茶をいただくので昼は軽めだ。
 昼食を終えたコナは、修理工場の大きな工作台に機械人を寝かせてゆっくりと診察を始めていった。
「キミはどこから来たんだ?」
「・・・・・・」
 機械人はこたえない。
 コナは、ドクターキリが自分にあてたようなペン状の装置で全身を診ていった。機械専用の診断機だ。
 右足の付け根のネジがゆるんでいた。あとは、腹部から異常音が聞こえた。機械人は自分の意思で腹部をブリキのふたのようにパカッと音を立てて開けた。腹の中で、さまざまな内臓器官がうごめいていた。機械人は生命体でもあった。
「いい仕事してるな」コナはうなった。
 どの器官もぬらぬらと鮮やかな色を放っていたが、ひとつの小さな内臓器官だけは色がくすんで見えた。
「オウナのエキスをチュウニュウしてほしい」
 突然コナの脳にことばがフラッシュした。
 機械人がコナの脳に話しかけてきたのだ。
 オウナとは、この惑星ゾラでは炭岩を採掘した時に副産物として取れる鉱石のことだった。オウナの利用法はこの世界では開発されていなかったので、オウナ自体は価値を持たなかった。この惑星でのエネルギーの主役はあくまで炭岩および地下からくみあげる耐油だった。「きみが話しかけてるのか?」とコナ。コナは両手で左右のこめかみをおさえた。
 機械人は、コナのやさしさを感じ取ったのか、コナの脳に続けて語りかけてきた。
「わたしの名前は、ヨギ。ここと次元が隣接するWo界からやってきた。なぜやってきたかというと、そのわけは、こちらのオウナがわたしの世界では貴重品だからだ。わたしの世界の文明はオウナのエネルギーが支えている。しかし、今まさにオウナが枯渇寸前の非常事態を迎えている。わたしは、オウナを持ってWo界へ帰ろうと思う。Wo界を救いたいのだ」
 炭岩は集落を見下ろすコダキ山の今は廃坑となっている鉱山で過去によく採掘されていた。二十年前に落盤事故があって、それ以来、廃坑となっていた。
「わかったよ。ヨギ」
 コナは、コダキ山の廃坑へ行くことを決めた。リムがやめさせようとするが、リムもコナの頑固な性格をよく知っていたので、それ以上に押しとどめることはなかった。
「私に似ちゃったんだね」とリム。
 機械人のヨギも休息が取れたらついていくという。内臓器官が不調なので、歩きは遅いだろうが。
 翌朝、リムが運転するフランボで、コナとヨギは、コダキ山のふもとまで送ってもらった。家から五十分かかった。フラ麦の握り飯をリムが用意してくれた。コナはリュックに握り飯を三食分押し込んだ。
「元気で帰ってくるんだよ」とリム。
 ヨギがふらふらと力なくコナのあとをついていく。
 コナは十五歳。十代の若さゆえ足取りが軽い。
 ときどきヨギを振り返りながらも、たまに岩がくずれてくる登山道を三時間ほどかけて登り、ようやく廃坑にたどり着いた。
 廃坑のはずなのに、グオングオンと機械音が外まで響いていた。
 コナは不審に思ってゆっくりと坑道の入り口へ近づいた。
 そして用心しながら中をのぞいた。
 坑道の奥は明るかった。
 コナとヨギは足音を立てないように気を配りながら、ゆっくりと坑内を進んだ。
 三メートル近いヨギの頭が天井に触れそうになる。
「気をつけて」とコナがささやく。
 奥の方がさらに明るくなって。
 二十体ほどの自動機械人たちが廃坑の奥で働いていた。彼らは炭岩を採掘していた。背が二メートルほどの自動機械人たちは、それぞれ手の先がドリルになっていたり、ハンマーになっていたり、スコップ状になっていたり、掃除機のような吸い込み口になっていたりした。
 彼らは炭岩を叩いてくずしてかけらを吸い込んだ。その割れ目から紫の鉱石が、それがオウナの原石だがときおりのぞいた。だが、オウナの塊には目もくれず、機械人たちはひたすら炭岩を拾っては吸い込んで背負っている袋へためていった。
 炭岩は、この世界では、発電所の燃料に主に使われていた。
 この自動機械人はいわゆる人間が労働用に作ったものだ。
 ガラガラとときどき坑道の天井がくずれた。
 だが自動機械人たちは平気だ。埋もれてもすぐに岩をはらって起き上がり採掘を続けた。
 どうやら二十年前の落盤は偽装だったようだ。
 自動機械人のそばから監督官たちの会話が聞こえてきた。彼らは人間だ。「監督官、来る日も来る日も炭岩掘りであきますね。そろそろ配置換えをお願いしたいです」「そう言うな。俺たちの組織はここの炭岩を裏ルートで売りさばくことで資金を得てるんだ。俺たちの組織でいちばん要の仕事をしてるんだぞ。あと一、二年もすりゃ、俺は組織の大幹部さ」
「監督官が大幹部になったら、俺らのことも頼みますよ」
「わかってる、わかってる」
 ターラの闇組織が、炭岩を独占するためにわざと二十年前に落盤事故を仕組んだのだ。
 落盤以降、闇組織は、役人を買収し炭岩を裏ルートで電力会社に売りさばいて資金源にしてきた。そうやってターラの闇組織は拡大していった。
 この話は初耳だった。コナは足元の岩に足を打ちつけた。
「痛!」
 岩がゴロッと動いた。
「誰かいるのか」
 監督官たちに気づかれた。
「そこか」
 コナは監督官たちから拾速起動銃の攻撃を受けた。火の帯が目の前を通り過ぎる。耐油を原料とする火炎弾をあびたらあっという間に燃え尽きてしまう。
 自動機械人たちに命令がくだり、彼らも襲ってきた。
 逃げようと走るコナ。もともとふらついていたヨギが転倒した。もうだめかと思われたその時、ヨギは目の前にオウナの原石が転がっているのを見つけ、ひとつ目玉のほかに見えなかったはずの顔が真ん中から突然パカッと大きく開いて、原石ごとのみ込んだ。口があったのだ。
 しばらくすると、ヨギのひとつ目が輝きだし、活力がよみがえってくるようすが見てとれた。ヨギに大きな口があったのがショックで、コナは驚きのあまり目が点となった。
 ヨギは攻撃能力が高いらしく、ズワアーッと、ひとつ目から発した青い光線の一撃で目の前の自動機械人たちをなぎ払った。ヨギは、こちらの世界には存在しないオーバーテクノロジーを搭載していた。
「な、何者だ」
 驚いた監督官と部下の男たち数名が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
 監督官だけは、グライダーで飛び立った。グライダーとは、モーターのついたパラグライダーで、扇風機のようなプロペラ付きの小型エンジンを背負い、それを動力にして飛ぶ。時速六十キロが出た。
 コナは持参したリュックにオウナの原石をつみこめるだけ押し込んだ。
 自動機械人たちは全滅して監督官たちもいなくなったので、坑内は小石ひとつ転がしても音が響きそうな静けさとなった。倒れた自動機械人たちから放たれた耐油の焼けたようなにおいが坑道にただよった。
 コナは、歩いて帰るつもりだった。しかし、突然、ヨギの背中がパカッと開いて、そこから二本の推進器が長くのびて青い光を放ち始めた。
 ヨギはコナを背中側からかかえて飛び上がった。
 坑道を抜けて数秒後、ふたりは一気に高度千メートルに上昇した。グライダーとは比ぶべくもないスピードだ。ほとんど動力音も発しない。
 親子のようにふたつの太陽が仲良く西に沈み始めていた。夕闇迫る中、ターラの土地が無限に広がっていた。はるか遠くに海も望めた。
 ヨギとコナは、数分後、あっという間に家の庭に降り立った。
 あたりは闇に包まれ、リーリーリーと虫の音が聞こえてきた。
 夜も更けたころ、コナの家は襲撃を受けた。ターラの闇組織に襲われたのだ。廃坑の上空を飛んでいた闇組織の監視ドローンに追跡されたのかもしれない。
 背が二メートルほどの自動機械兵たちが十体ほど庭にあらわれた。作業用の自動機械人と異なり、より人間の形に近いが、顔がなくて不気味だ。彼らの後ろに廃坑の監督官と数名の配下たちが控えていた。機械兵たちは指先から拾速起動弾を放った。
 火炎弾を数発、修理工場のシャッターにお見舞いされた。しかし、コナの家は要塞の構造を持っている。カーボンスチル製のシャッターはひしゃげたり焦げたりすることもなかった。
 リリリリリ。
 侵入者を察知して、警報が家の中に鳴り響いた。
 リムとコナは飛び起きた。ヨギは、ひとつ目を静かにに点滅させながら居間のかたすみでじっとしていた。
 リムが居間の壁のスイッチ群をつぎつぎに押していく。
 ヴィーンという音とともに、カーボンスチル製の壁がせりあがり母屋の周囲を取り囲みはじめた。厚さ五十センチ、高さは十メートルに達した。
塀がそびえ、機械兵たちを取り囲み、彼らを脱出不能とした。
機械兵たちは右往左往し始めた。
 玄関ドアを押し破って入ろうとした機械兵たちは、玄関前にあらわれた深い落とし穴に落下した。底で待ち受けていた鋭利な電磁槍が機械兵たちを串刺しにした。ここで二体が破壊された。ジジジと最後の喘ぎ音を発しながらやがて静かになった。
 また窓を突き破ろうとした機械兵たちには、頭上から電磁網がふってきて、全身を麻痺させた。ここで機械兵は三体やられた。
 ほかにも、家の壁のあちこちから円形の小窓があき、拾速自動機関砲が現れて、火炎弾の嵐が機械兵たちをことごとく焼き払った。庭のそこかしこに火柱が上がり、あたりに耐油の焼けるにおいが充満した。
「おぼえてろよ」
 監督官だった。男は背中のプロペラを回転させて飛び上がり、配下の数人とグライダーで逃げ帰った。
 数日後、食料と燃料を仕入れに、ターラの市街地にコナとリムとヨギがフランボでやってきた。
 街で唯一の酒場の奥にこの地区を仕切っている闇組織のボスと、その周りに、先日逃げ帰った監督官の男と配下がいた。
 ボスは、スマイリーといった。若い頃のけがだろうが、口の両端が大きく裂けて、そこが雑に縫い付けてあるので怒っていても笑っているように見える。腹の出た巨漢だった。前歯の金歯が醜く光った。
 スマイリーはコナたちを見つけると取引をもちかけてきた。
「ここにいる機械人をそいつと闘わせてみたい。こいつは最近おれの用心棒になった。勝てたらこないだのことは見逃してやろう」
 スマイリーの少し後ろに控えていた三メートルほどの巨人は、機械人だった。
 その機械人は、ローグと呼ばれていた。ひとつ目だった。血の色のような赤い光を点滅させて黒光りするボディによく映えた。
「きょうは買い物に来た。闘う気はない」
 コナが拒否するが、聞き入れるはずもなく、ローグがヨギをめがけて突進してきた。
 すかさずヨギは店の表へととびだし、通りは決闘場と化した。
 ヨギとローグが対峙した。決闘に慣れているのか、住民は通りの左右に別れて二体を見守った。不気味な沈黙があたりをつつんだ。
 ローグはヨギと同じ構造を持っていた。ローグがヨギの脳に呼びかけてきた。
「おまえはヴルンだな。生かしてはおかないぞ」
 Wo界には二つの勢力があるそうだ。ヴルンとレッヅである。
 二大勢力は覇を競っていた。枯渇寸前のオウナ獲得競争をくり広げており、そろってこちらの世界へ侵入してきた。レッヅは惑星ゾラを植民地化してオウナをすべて手に入れるつもりだった。一方、ヴルンはゾラと友好関係を築いたうえでオウナを輸入するつもりでいた。
 ローグは、ヨギの敵対勢力レッヅの戦士だった。
 ローグが赤い光線を発射する。その光線をかわすヨギ。その動きはまるでスローモーションのように人々には見えたが、それは二体のあまりに早い動きのために人々の脳内で作られた残像のようなものだった。人々は二体の動きの影をとらえていた。
 勝負は、お互いの光線の放ちあいとなった。
 二体のそれぞれの背中から推進器がとびだし、勝負は空中戦となった。
 推進器から青い光を放つヨギ。赤い光を放つのはローグだ。
 上空三十メートルでの死闘が展開した。下からその様子を詳しく見ることはかなわなかった。
 一進一退を続けたが、ヨギが勝った。
 ローグが酒場の屋根を突き破って落下してきた。
 酒場の床にころがったローグは頭部が蒸発していた。首からこぼれた内臓の一部がぬらぬらとした光沢を放っていた。肉の生焼けのようなにおいがたちこめた。
 転がるローグのかたわらで、フラ麦酒のジョッキを手にしているボスのスマイリーは、持つ手が怒りで震えていた。
 リムは、コインをスマイリーに投げてよこした。
「これで店の修理をすませておくれ」
 コナたちは、フランボで帰っていった。
 日は落ち、あたりはすっかり暗くなっていた。
 納屋を改造した修理工場で、コナはヨギを点検した。ペン状の装置をあてながら、ローグとの闘いで負ったあちこちの傷を修復する。へこみや傷をコナがコテのような道具を使って合金で埋めていく。ゆるんだネジもしめなおす。さいわい内臓器官の損傷はなかった。コナは修理を終えると、背のびとあくびをしながらヨギを置いて外へ出た。
 ヨギはふだんは見せない口を大きく開けて、工作台の横に積んであったオウナの原石をあるだけのみ込んだ。あっという間の早食いだ。
「ぐぷ」
 腹いっぱいになった。ひとつ目が青く輝きだす。
 ヨギは修理工場の外へと歩き出した。
「どこへ行くの」修理工場の表でコナが呼び止めた。
 コナを無視するようにヨギは井戸の方へと向かった。
 オウナの原石をのみ込んで元気になったヨギ。
「そうか」
 かかったままになっていたロープを伝い、ヨギは井戸の中へ入っていった。「さよなら、ヨギ」
 井戸の底が淡く光りだし、ヨギが消えた、かに見えた。
 一瞬の間があり、そして突然の爆発音が起こった。グワッ。
 何事かと井戸に近寄ったコナの顔の近くを赤い光線が走りぬけた。
「う」
 さらに光線がとびかう。青い光線、赤い光線。
 すこし離れたところから井戸をながめれば、井戸の中から花火が上がっているようにも見えたろう。
 光線の撃ち合いのあと、ヨギが勢いよく井戸の底から飛び上がってきた。背中からのびた推進器が青く発光した。
 続いて三メートル近い大きさの機械人が二体追いかけてきた。その二体も背中から推進器がのびて赤い光を放っていた。ヨギの敵対勢力レッヅの戦士のようだ。ヨギよりも少し身体が大きくていかつい。
 ヨギと二体との死闘が、コナの家の上空四、五十メートルで展開した。
 赤い光線と青い光線が上空に無数にとびかった。シュッという音がするだけで、激しい戦闘音はとくにない。叫び声もなく静かな闘いだ。
 ときどき下に向かって放たれた光線がフラ麦畑をジュワッと焼いた。
 下からは上空の闘いの細かいところはうかがうことができない。
 十分くらいの戦闘ののち、二体の機械人たちがフラ麦畑に落下してきた。
 一体は首が蒸発し、もう一体は胴体に大きな穴があいていた。
 内臓器官がとびだし、生焼けの肉のにおいがあたりにただよった。
 二体が落下した周囲は十メートル四方にわたってフラ麦畑が焼けた。
 ヨギが背中に推進器をたたみながら庭に着陸した。ヨギからも肉の焼けたにおいがしてきた。ヨギは右腕が蒸発していた。
 ヨギは何とか勝利したものの、ひとつ目の光の点滅が弱くなっていた。
 ヨギはさきほどせっかくオウナを腹いっぱい食べたが、かなり消耗してしまったようだ。
 コナが近寄る。
「お腹すいたでしょ。もう少しぼくと一緒にいるか」
 ヨギがひとつ目を点滅させた。
「またオウナの原石をとってこないとね。向こうの世界へ帰るのはそれからだね。腕の手当てもあるし」
 コナとヨギは母屋に向かった。
 コナは、ヨギの背中に腕をまわした、つもりがヨギは背が高いのでコナの腕はヨギの臀部あたりにとどまった。
 玄関先ではエプロンで手をふきながらリムが口の端をあげてにやりとして待っていた。
 三人をふたつの満月が隣り合ってこうこうと照らしていた。風もなくおだやかな夜だった。
「すっかり畑が荒れてしまったね。ヨギ、明日からおまえもフラ麦の刈り入れを手伝うんだよ。作業が終わるまで帰れないからね」
 リムはヨギをすこしにらんで言った。
「・・・・・・」
 ヨギの表情は読み取れないが、思わず頭を垂れた姿には、
『リムにはさからえないな』
 神妙な様子がうかがわれた。          〈了〉

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