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【ニュース解説】退職金課税見直しと構造的賃上げ対応の関係を解説します


こんばんは、退職金・企業年金コンサルティングチャンネルの講師をしております大森祥弘です。

先日、税制調査会から退職所得控除に関して委員の方から意見が出されました。退職金課税の見直しということでメディア報道されていましたので、退職金をまもなく受け取る世代やiDeCoに加入している方は心配になった方も多いかと思います。

本稿では退職所得控除は勤続年数に関係なく一律にといった税制調査会で出された意見、新しい資本主義において岸田総理から発言のあった構造的賃上げこの2つの関係性を解説してみます。

YouTubeでも語っておりますので、なんとなく知りたいという方はYouTubeをご覧頂いて、より詳しく知りたいといった方は本稿を最後までご覧頂けますと幸いです。

YouTubeもあわせてご覧ください。

*11/4(金)19時〜公開です。
【ニュース解説】退職金課税見直しと構造的賃上げ対応の関係を解説します


退職金は税金が取られにくいが、勤続20年を超えるか、勤続20年以下かで扱いが異なる。

まず、基礎知識としておさえて頂きたいのが退職金はそもそも税金が取られにくいが、勤続年数が20年を超えるとさらに取られにくくなるということです。

これは退職金の性質が終身雇用の雇用慣行により退職時に支給される後払い賃金であり公的年金を補填する老後の生活資金という側面があるので優遇されています。

*iDeCoに加入されている方は受け取り時非課税といった加入時のチラシやFPの先生が書いたネット記事などを見たことがあると思います。なぜ受け取り時非課税といえるかというと、iDeCoを一時金で受け取る場合には受け取った後の用途が老後の生活資金といえるだろうから税制優遇されています。

その上で、税制調査会で出された意見を確認してみますが、要するに次のような意見です。

「退職金は税金がかかりにくいけど、勤続年数が20年を超える超えないにより退職所得控除の額が変わる。これは転職をためらう要因になるのでは?」
注 筆者意訳。なお、本稿を書くにあたり審議中継は視聴しています。

意見だから、数字の裏付けなし。でも賛成。

税制調査会の意見について、転職をためらう理由に「今、勤続18年で退職金に税金がかかってしまうから勤続20年まで勤務して退職しよう」といった個人課税の話が出てくるのであれば、もっともな話です。

ただ、私は退職金・企業年金コンサルティングチャンネルというYouTubeを個人で旗揚げし2年近く経ったのですが、視聴者の方々とコミュニケーションの機会を得て600件のコメントを頂いていますが、退職金が課税されるのが嫌でもう少し長く勤めようといった視聴者に出会ったことがありません。

税制調査会での意見は特にエビデンスはなく、一意見として出されたというのが私の考えです。
(むしろ委員の方からすれば新しい働き方に対応する所得税に関する会議で、退職所得のことを少し話したら日経に書かれてしまったという感覚では?と思えます。メディアも決まったかのような勢いで書くから、品位に疑問を感じます)。

とはいっても、エビデンスかないからこういった意見を否定するといったものではなく、私はむしろ賛成です。

理由はいくつかありますが、企業年金、iDeCoの法改正で加入年齢が引き上げられたりしたことで、不整合、不公平な状態が生まれているからです。

不整合、不公平な状態の例を1つ具体例に解説してみます。

退職所得課税の不整合、不公平な例


<ケース1>
42歳で入社。60歳まで企業型確定拠出年金に加入、定年退職時に一時金で受け取り。iDeCoに65歳まで加入。

企業型DCは18年加入していた。
18年×40万=720万円

iDeCoは定年の60歳から5年加入した。

5年×40万円=200万円

退職所得控除額は計920万円

<ケース2>

42歳で入社。60歳まで企業型確定拠出年金に加入、定年退職時に一時金で受け取らず、iDeCoに移換。65歳まで加入。

企業型DC18年+iDeCo5年=23年加入

退職所得控除は 1,010万円

ケース1とケース2では退職所得控除額に90万円差が出る。定年時に企業型確定拠出年金を受け取らず、iDeCoに移換し5年運用し続けると定年時に企業型確定拠出年金を受け取るのと比較して税金が有利に計算される。

1つ例を解説しましたが似たような話はいくつかあって、上記で紹介したケースは65歳までiDeCoに加入できるようになった2022年10月以降に生まれている事例です。

この例について考えれば、私は不整合、不公平だと思うのです。
*もし国税が退職金課税に手を入れるのであれば、このあたりを解消したいはずで、勤続年数に限らず一律にすれば、この不整合は解消されます。

退職所得の課税に関する意見と構造的賃上げはどう関係するか?

これまで税制調査会の意見、退職所得控除の不整合、不公平に関して具体的なケースを紹介しました。勤続年数によらず一律で退職所得控除額を計算することをなぜ国が求めている(方向性を作りたいか)イメージできたかと思います。

次にこの税制調査会の意見が報道されるのと同時期に岸田総理が「構造的賃上げ」と発言したことがヤフーニュースで報道されていたことも気になったので少々解説してみます。
*特に、構造的という表現に私は引っかかりました。

賃上げの手法は人事コンサルタントに委ねたいですが、退職金や企業年金と関連した手法だと退職金や企業年金を減らし、在職中の賃金を上げるという手法があります。

この構造的賃上げは国にとってはメリットです。

例えば、厚生年金保険料や健康保険料、雇用保険料といった収入に応じて徴収できる保険料が増えます。

厚生年金保険料率は18.3%で引き上げ上限に至ってしまっているので引き上げられないのですが、保険料率をかける報酬月額が上がれば、保険料は増えます。
*保険料を計算するうえでそもそもの賃金を上げれば社会保険料も増えるということです。

また、退職金ではなく、毎月の賃金になると給与という扱いになるので所得税が課税されます。

結果、今、退職金を減らす分、賃金は上がるけども税金も増えます。国からすると、収入が増えるという図式になります。

これを追い風にするのが、退職所得控除の計算方法の変更(前述の勤続20年以上でさらに優遇しない)だと私は考えているのです。

構造的賃上げによる負の影響

構造的賃上げというのは、賃上げではありません。メリットはわかりやすいので(要するに今の給与が増える)、ネガティブな面をいくつか考えてみます。

児童手当の所得制限の問題が再燃する

所得制限のある給付(児童手当等)も支給停止になるケースが出てくるでしょう。理由は簡単で、所得が増えるから所得制限に引っかかりやすくなります。

2023/4/30追記
児童手当の所得制限は少子化対策として、廃止される方向のようです。

これにより、構造的に賃上げしても児童手当の所得制限に引っ掛かり、児童手当が受け取れないといったケースはなくなります。

退職金に税金が取られるケースが増える

具体的には勤続20年を超えて勤続する終身雇用制の企業の社員と家族に影響が出ると予想します。退職金制度がそのままであれば、退職所得控除の勤続20年以上の計算式が変わるので退職所得控除が減り、税金が取られるケースがこれまでより当たり前に出てくるでしょう。

おわりに

私は2022年10月に解禁されたiDeCoと企業型確定拠出年金が縛りなく同時加入できるようになったことに伴い、退職金課税について、退職所得はもはや企業の退職金という性質ではなく、個人の権利が優先される時代に突入することで社員個人の権利であり、邪魔しないことが企業に求められるようになっていく(結果、退職金や企業年金といった企業から社員個人に与える後払い賃金は余計なお世話になるだろう)と1年前にYouTubeで提言しました。

あれから1年の時が流れて、これまで議論のテーブルにさえ上がらなかった退職所得控除が個人課税の見直し論点としてフォーカスされようとしています。

今後は退職金という個人の退職所得控除を不用意に圧迫する性質である企業の退職金制度や企業年金制度はマネーリテラシーの高い社員から歓迎されず、より個人型確定拠出年金、iDeCoにシフトしていくと私は考えています。

退職金や企業年金コンサルティング業界の末席にいる私としては、少し寂しい気もしますがこの2年、企業向けの仕事から個人向けの情報発信に戦場をシフトしつつあるのは先見の明があったのかも知れません。

今後も応援よろしくお願いします。最後までご覧頂きありがとうございました。