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【詩】アデルの願い

「かなしみを変質させないで」
アデルが言った

知ってるかい?
純度の高いかなしみを
そのままの純度に保っておくのは
とてもむつかしいんだ

なぜならひとは
純度の高いものに耐えうるように
できていないんだ
脆くて揺れ動きやすい

それに、
と少し間を区切って
アデルは続けるのだった

おのおののフィルター越しに
世界を見ているからね
入力時の情報は
出力時の情報と
そっくりそのまま
おんなじでなどあり得ないんだよ

それならば僕たちは
公平に世界を見ることなど
できないっていうのかい?

僕の質問に
アデルは困ったふうに
肩をすくめて続ける
それは少し
むつかしいかもしれないね

だけど、
なるだけフィルターの曇りを
払っておくことなら
できるんじゃないかな
窓を磨くみたいにさ

僕たちはみんな
自分の見たいように世界を見る
あらかじめ
色づけられた世界だ

そのフィルターを通ったものが
どれくらい歪んでいるかは
おのおの違うと思うんだ
ある程度純度を保って出力されるものと
まるっきり歪んでしまうものとは
あるよね

「君が」
僕にまっすぐな光を放って
アデルは語る

僕の大切な君が
たやすくかなしみを変質させて
無自覚に純度を失ってゆくのが
耐えられないんだ

だから君は
かなしみをなにか他のものに
置き換えないでほしい

これはアデルが直接
心に語りかけてきた願い

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