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紫陽花、エクセルシオール( 1 )


彼と出会ったのは、社会人になりたてで通い始めた、とある講座だった。
違う曜日のクラスを取っていたので、合同の飲み会で出会ったのだと思う。
当時はmixiの時代。
きっと飲み会でmixiがつながったのだろう、彼はメッセージをくれた。

「今度飲みに行きませんか?」

シンプルな誘い文句の後に

「大人な感じで返してきなさい」

と続けられていて、クスッと笑えたし、
スマートさを表していていいな、と思った。

yesの返事をして、その時点でかなり体温が上がった私は、
落ち着くために当時実家で飼っていた猫を
ぐいぐいと撫でたのを覚えている。
 
彼は私と同い年だった。
23、24歳の男女が2人で飲みに行くというのは十中八九そういう雰囲気になるのは織り込み済みで、
だけど私はささやかに抵抗してみたりして、
その時点でかなり好きだったのだと思う。
 
その後の経緯は忘れてしまったけれど、
ほどなく付き合うことになり、
毎週末にデートをして、彼の部屋に泊まるのが定番になった。
そのうちに講座の仲間内でも関係が知られることとなり、
平和に付き合っていた。
何も問題はないように思われた。
 
関東のとある県から大学進学とともに上京してきた彼は、
趣味でDJをすることもあり
音楽、映画、文学周辺のカルチャーに詳しくてセンスが良かったし、
頭が良くて会話もおもしろかった。そこが好きだった。
デートで原美術館に行ったことを覚えている。
 
デートは週一回。
メールは一日一往復。
 
恋愛体質、依存体質だった私はデートもメールもどこまでも頻度を上げたかったが、
彼がそれをうまくコントロールしていたのだと思う。
一度、私が「一緒に暮らしたいな」と口にしたとき、
気まずそうに「それは無理だと思うよ」と彼は答えた。
彼の心地いいペースとスペースをしっかり守っていた。
そういう軸のあるところがまた惹かれるところでもあった。
 
彼はセックスもうまくて、私は夢中になったが、
一度、所謂「バック」の体位でしていたとき

「この人は私のことをまったく大切に思っていない」

と雷が落ちたみたいに直感で分かって、ものすごく怖くなった。
すぐに行為を止めて、私は理由も言えず、泣くしかなかった。
いまだに私はバックは怖くてできない。
 
そんな風に、予兆はあったのだ。
 
ある日、同じ講座の友人の一人が「見てられない」と言い始めた。
私が彼に夢中で、浮かれているのが見ていられなかったのだ。

「あいつ、浮気してるよ」

友人が教えてくれた彼の浮気相手は、同じ講座の子だった。

ものすごく腹が立った。
その子はたいへんブスだったのだ。
あの子とできるわけ? じゃあ私と付き合わなくていいじゃん。
理屈も何もない上にその女の子には失礼極まりないが、
とにかく今すぐ別れたい、別れよう、そう決めた。

その日は週末だったけど、彼は仕事があるとかでデートはなしだった。
仕事中でもちょっとぐらいだったら話せるだろう、と
ケータイに連絡を入れるが応答はなし。
もう今日で別れるのだから多少迷惑をかけてもいいや、と
彼の名刺にあった職場の電話番号に直接電話をかけた。
電話をとった人に彼の名前を告げると

「本日は出社しておりません」

と言われた。
今日が仕事というのは嘘なんだ。
知ったばかりの浮気どころか、闇はもっと広いのだと予感した。
 
ケータイも職場の電話もつながらないのなら、家に行くしかない。
血気盛んだった私は友人と別れて、彼の家に向かった。
 



つづく

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