三島由紀夫「真夏の死」

「真夏の死」は短編集のタイトルでもありますが、短編集内に表題作が収録されていたので、その一編についてつらつらと感想を述べたいと思います。

そもそも、なぜ感想文を書こうと思ったか。それは、最近になって物忘れがはげしいからです。いや、最近ではないかもしれません。物忘れがはげしくなったなあ、と思ったことすら忘れているかもしれませんから、ずっと以前からこうなのかも……。本を読むのは好きですから、時間があれば本を読んでいますが、読んだ本の内容について思い返したり、読了した本をもう一度読んでみたいなあ、と思って読み返したりなどはあまりしません。基本的に読み捨てです。今までは本を読んでいる、まさにその瞬間が楽しければそれでいいかな、と考えていましたが、少し、考えが変わりました。読書体験を、本の内容を自分の糧にしたいと考え始めたのです。文章の練習にもなるし、読書をより有意義なものにできるのでは?対象の小説への理解をより深いものにできるのでは??と考えたのです。この背景として年々、齢を重ねているにも関わらず自分の手になにもスキルがないことを憂慮していることが関係しているかもしれませんし、1週間に1回はUPしようと思っていたショートショートを1ヵ月もUPしていないから、読書感想文で埋めちゃえ!と思ったからかもしれません。とにかく、読書感想文を書きたいと思ったから書きます。私は、その場の勢いは大事にしたいと思っています。

三島由紀夫の著作に対しては苦手意識がありました。私は本が好きですが、基本的に読んでいるのは大衆文学です。まあ、個人的には純文学も大衆文学も娯楽として読んでいるのでジャンルにはこだわりませんが、本を読んでゲラゲラ笑いたい、とか、自分の新たな感性や思想を築きたい、とか、単純にストーリーという概念が好き、とか思って読んでいますので、なんとなく手に取る本は大衆文学に偏っていました。特に三島由紀夫は私の中でザ・純文学、でしたので敬遠しておりました。しかし、一度も読んだことがないのに自分には合わないと決めつけるのはいかがなものか、読んでみたら意外によいかもしれない、芥川龍之介とか中島敦とかも純文学だけど好きだし、文学とかをテーマにした小説とか漫画とか読んでるとよく三島由紀夫の名前が出てくるし、とか思って図書館で探してみました。すると、ずらーっと本棚に並べられた三島由紀夫の文庫本の中で「真夏の死」が目に付きました。一時期、タイトルに「夏」が入っているしばりで本を読んでいたのでその名残りでしょう。篠田節子の「夏の災厄」は面白かったなあとか思いながら「真夏の死」を手に取りました。

読んでみた結果、面白かったです。文章の表現力がすげえ、と思いました。文学についてはアカデミックな知識は皆無ですし、真面目に本を読んでいる人に申し訳ないくらいテキトーに読み進めていく読書スタイルですので偉そうなことは言えませんが、小説って、通常、その人物の感情を表現するときに、「Aは怒った」とかあんまり書きませんよね? 「Aは顔を真っ赤にして肩をわなわなと震わせた」とかなんとか間接的に表現しますよね? そのときの言葉を選ぶセンスとかが優れていると思いました。風景描写のとき、ありのままを写実的に表現するんじゃなくて登場人物の感情を表現するのに風景を利用したりするんですが、これもセンスが良いと思いました。

具体的に……、朝子が水難事故によってもたらされた「実の子供が行方不明」という事実を夫の勝に知らせるとき、電話ではなくて電報を使おうと決めた場面がよかったです。重大時であるに関わらず、勝に叱られたくない、という子供らしい感情によって連絡をためらう朝子。やっと決心した結果、勝と直接話すことをおそれたために、結局、電話を使わずに電報を使います。以下、本文から抜粋。

……「おやすみにならなくちゃいけません」と年嵩の一人が言った。「見つかったら、起こして上げるから、あとは私共にまかせておやすみなさい」「そうなさいまし。そうなさいまし」と夜を徹して赤い眼をした番頭が言った。「こんな不仕合せの上に奥さんが病気にでもなりなすったら、東京の旦那様はどうなりますか」朝子は良人に会うのが怖ろしかった。この事件の審判者に会うような気がするのである。しかしいずれはあわなければならない。その刻々が近づいていることは、まるでもう一つ不仕合せな事件が近づいて来るかのようである。漸くにして電報を打つ決心が朝子についた。宿へかえる言訳が成立った。というのは勢い立った気持ちから、自分に大ぜいの潜水者たちの指揮が委ねられているような気がしていたからである。……

抜粋のタイプしていてあらためてすげえと思いました。朝子の、良人にこの事件を知られたくない(叱られたくない、日常を壊されたくない)という想いと徹夜で子供を捜索していた疲労が、間接的だけど生々しく伝わってくるようです。本文では「朝子は疲れていた」とか「良人に叱られたらどうしよう……」とか直接的な表現はほとんどしていないのに、間接的な表現を用いて、むしろ、くっきりと心理描写されているように思います。

純文学=私小説のイメージが強かったのですが、本作は純文学でもストーリーや生々しい心理描写を楽しめるんだな、と私にまじまじと感じさせてくれました。これからは純文学もそれほど抵抗なく読み始められそうです。三島由紀夫の著作で「潮騒」という恋愛小説があるらしいので次はそれを読んでみようかな……。この文体で恋愛小説を書くとどうなるのか、楽しみです。

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