三島由紀夫「潮騒」

 本作を読んで驚きました。完全にラブコメのつぼをおさえた現代ラブコメの基本形といってもよいのではないかというほどラブコメでした。いったいいつの時代の小説なのか。しかも、漁師見習いの若者と海女の娘の恋愛劇です。……海女ときたか!! 数年前に海女をテーマにしたドラマが流行りましたが……。いったいどこまで先取りしているのでしょうか。

 舞台は歌島という離島です。物資の乏しい時代であり、かつ離島ということもあって島民たちは非常に質素でおだやかな暮らしをしています。戦争で父親を亡くして比較的貧しいが特に不自由なく暮らしている漁師見習いの新治は砂浜で休んでいる見慣れない少女と出会います。歌島の人間であれば顔を知らないはずはないのに、どうも見慣れない。しかし、そのたたずまいは落ち着いていてよそ者には思えないので不思議におもった新治は夕闇の海をまっすぐに見つめている少女の真正面に立ちはだかり、その顔をじっと鑑みます。やはり、知らない顔だと判断し、そのまま黙って去りゆく新治はしばらく歩いてからやっと自分の失礼なふるまいに気づき、赤面するのでした。その数日後、道に迷ったという彼女と再会し……。

 本作は読んでいるうちに照れ笑うこと請け合いです。私は何度か「え、なにやっちゃってんの?」とつぶやいてしまいました。ラブコメにはかかせない当て馬である安夫の小物ぶりや、同じく当て馬の千代子のいじらしい感じがたまりません。
ヒロインの頑固親父からの試練、二人を冷やかすお節介なおばさん、安夫のちょっかい、村の噂になり会えなくなる二人、などなどストーリー展開は超がつく王道なので、変化球を求める人には物足りないかもしれませんが、素朴な純愛ストーリ―を求めている方にはうってつけの作品でしょう。

 純文学としてもレベルの高い作品だと思いますので、恋愛小説に不慣れな方にもおすすめです。

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