中島敦「悟浄出世」

本作は中島敦の短編集「山月記・李陵 他九篇」の内の一篇です。

中島敦は「山月記」が高校の教科書なんかに多くとりあげられている関係で有名な小説家ですね。私も大方の例にもれず「山月記」で中島敦を知りました。三十三歳という若さで亡くなったせいなのかなんなのか寡作な作家さんのようです。しかも著作はどれも短編のようです。短編好きな私としては全然かまわないのですが、いままで読んだ中島敦著の本はどの短編も面白かったので、中島敦が書いた長編なら読んでみたいなあ、と思いますが今となっては叶わぬ夢のようです。

察しのよい方はきづかれたかもしれませんが、本作のタイトル「悟浄出世」の悟浄とは、かの有名な中国の4大小説の内の一つ「西遊記」に登場するあの沙悟浄のことです。本作は「西遊記」を原案として中島敦が現代風にアレンジした作品なのです。ちょっと違うかもしれませんが、まあ、そんな感じでしょう。本作は日本ではなぜか河童の妖怪として扱われている沙悟浄を主人公として展開されます。本作の沙悟浄は河童ではなく川に棲む妖怪としか描かれていません。それって河童のことじゃねぇの?とかは言わないでください。

「西遊記」に材をとった本作、登場人物も「西遊記」に準拠しますが、本作では沙悟浄しかでてきません。まあ、悟空、三蔵法師、猪八戒も最後の方にちらっと名前だけはでてきますが……。語られるのは沙悟浄が三蔵法師たちに出会う前の物語です。とにかく暗くて何事にも懐疑的な沙悟浄が心の病にかかり、この病を恢復するために大河の底に棲む数々の哲学者のもとを訪ねて教えを乞い、世界の真理を探究する、というのが本作の概要です。物語の筋書も非常に好みなのですが、大河の底で妖怪が築いている文化、妖怪という存在の解釈、登場する数々の哲学者の語る箴言、悟浄のだした結論、三蔵法師に仕えるようになった経緯など、興味深い設定がユーモラスで平易な文体で語られていて、非常に読みやすく、面白かったです。

どのくらい面白かったかというと……。私の中で日本の短編小説ベスト3が芥川龍之介「地獄変」、坂口安吾「桜の森の満開の下」、志賀直哉「赤西蠣太」だったのですが、この小説を読んだことによって「赤西蠣太」が抜けて代わりに本作がランクインしたのです!! ……いや、うん、まあ、要はすごく面白かったってことです。

最後に作品中にでてくる私のお気に入りの哲学者の教えを抜粋します。

……自己だと? 世界だと? 自己を外にして客観世界など、在ると思うのか。世界とはな、自己が時間と空間との間に投射した幻じゃ。自己が死ねば世界は消滅しますわい。自己が死んでも世界が残るなどとは、俗も俗、甚だしい謬見じゃ。世界が消えても、正体の判らぬ・この不思議な自己という奴こそ、依然として続くじゃろうよ。……

なにが好きかって、この発言を老いたエビの精が弱りきった体で悟浄に語っているというシチュエーションが素晴らしいです。これぞシュールレアリスム!!

ちなみに本作の続編が同じ短編集内に収録されていますが、これも非常にオススメです。

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