相談

 彼がサナギになって、もう3日が経つ。
調べてみると、アゲハ蝶はサナギになってから10日間から14日間で蝶になるらしいから、まだまだサナギの状態は続きそうだ。

 彼と出会ったのは職場の図書館だった。彼は、閲覧者用の長机に数十冊の本を山積みにして、熱心にノートをとっていた。見た目はまだ10代かとも思えるほど幼かったけど、学生ではないようだった。平日でも開館から閉館まで、ずっといるのだ。
彼は異質な存在だったが、特に害があるわけでもなさそうだったので、図書館の職員たちは彼を黙認していた。開館から閉館までずっといるのは気になるが、彼は本を読んでメモを取るだけで、無害な存在だった。そのときはそう思っていた。

 ある日、図書館の利用者からクレームがあった。貸し出した本の一部ページが破り取られているとのことだった。そのこと自体は特に珍しいことではなかったが、クレームの件数が問題だった。今月だけで、すでに50件以上のクレームがきている。いずれも違う人からのクレームで、その本の貸出履歴から直前の貸出者をみても、それぞれ別な人物だった。小さな街の図書館でこれは異常事態ではないか。
しかし、職場の同僚たちはこの状態を不思議がるものの、特に何をしようというわけでもないようだった。職員に責任のあるものでもないし、甚大な被害というほどでもない。それに、できる限りの調査はしているのだ。

 それでも、私は気になってしまう。誰がなんのためにこんなことをするのだろう。いや、正直に言うと、誰が、というのは白白しい。十中八九、彼の仕業だろう。なぜ、こんなことを?

昼間に照明をつけていても、どことなく薄暗く、人気のない館内を歩く。床には防音マットが敷かれているものの、あまりにも館内が静かだから、足音をたてないように忍び足になってしまう。やはり、今日も彼はいつもの机で本を読んでいた。
彼の背後にある書架を整理するフリをして、こっそりと彼の様子を伺う。はじめは、特に変わった様子は見えないようだったが、すぐに気づいた。彼は本を読んでなどいない。私が作業をするフリをしている数十分の間、彼がページをめくることはなかった。

閉館作業をしているとき、彼が机で眠りこけているのを見つけた。
「もう、閉館時間ですよ」
遠くから声をかけるが、全く反応がない。
近寄って彼の前で開かれている本を見ると、ページが破り取られていた。
捕まえた!現行犯だ!
小さくガッツポーズをとってから、その本を手にとってタイトルを確認する。
フランツ・カフカの「変身」だった。
本の損傷を確認していると、小さく、あ、という呻くような声が聞こえた。彼は目を覚ましてこちらを見ていた。自分の窮状を悟っているようで、怯えた様子だった。上目遣いで黙っている彼を見ていると、なんだか幼児がしょげているようで愛らしく、少しおどかしてやろうかと、むくむくと意地悪な気持ちが湧いてきた。
どんな言葉で責めてやろうかとうずうずしている間に、どんどん彼の顔色が悪くなってきた。彼は目をつむり、天をあおぐように椅子にもたれかかるとそのまま椅子ごと床に倒れてしまった。
私はあわてて彼を抱き抱え、仰向けにして声をかけるが反応がない。気道を確保しようと彼の首を右手で支えたときに、彼の口内に目がいった。白いものが詰まっている。私は彼の背後に周り、彼を抱きかかえて膝立ちになり、彼のお腹に右拳を当てて思い切り圧迫する。フン!フン!

おぅうぅえあ!と、彼がトドのような低音で呻き、くしゃくしゃに丸まった紙を吐き出した。ふー、ふー、と彼は荒い息をたて、その後に再びトドボイスで呻いた。大量の丸まった紙を吐き出す。1,2,3,4,5‥‥‥14個。……ちょっと、多くね?私はえずき続ける彼を後目にバケツとモップとゴム手袋を求めて事務所へ向かった。

 清掃用具を手に戻ると、彼はいなかった。私はどこかほっとしていて、ため息をついてからテキパキと片づけ、事務所で閉館処理をしてから帰宅するべくエントランスへ向かうとそこに彼は立っていた。再び、ため息をついてから、ほっとくわけにはいかないだろうと、相変わらず困り顔の彼に声をかける。

「黙っといてあげるから、今日はもう帰りなよ」

けれども、彼の困り顔は変わらず、おどおどするばかりだった。

もういいや、と彼をスルーして帰路につく。わざと早足で歩くことで拒否の意思を示した、つもりだった。

自宅のアパートに着き、外付けの階段をカツン、カツンを登ってゆくと、続けて後ろからカツン、カツンと音がする。振り向くと彼がいた。困り顔で。

「困ります。なにか用があるなら……!」

言いかけて、彼の顔がまた真っ白になっていくのに気付いた。え、また?彼はフラフラと階段を後ろ向きに下ってゆき、そのままパタンと倒れた。

仕方なく、気絶した彼を部屋にひきずっていく。さながら、殺人犯の様相だけど私は善良な一般市民だ。

女の一人暮らしに見ず知らずの男性を連れ込むのは抵抗がなくもなかったけど、彼がかなり中性的で若い見た目だったのと、なんかもう仕事で疲れてそのへんの神経が麻痺していたので、ま、いいかと思っていたが、その日の真夜中にやはり後悔することになる。

 彼をベッドに寝かせて、クッションとブランケットでつくった即席の寝床でうつらうつらしていると、見慣れないシルエットが見えた。ベッドの上になにかいる。彼ではない。彼はそんなに大きくはない。

部屋の灯りをつけると、ベッドの上に大きな緑色の塊があった。形状は複雑で、どこか戦国武将の兜を思わせるような鋭角の起伏もあれば、優美な曲線もあったが、いずれの部分も共通して硬かった。カチンカチンだ。

 そういうわけで、彼はサナギとなった。調べてみるとサナギが蝶となるまでには10日間から14日間かかるそうだ。悩ましい。つまり、私はその間、ベッドが使えないのだ。新しくベッドを購入するのは経済的にも部屋の狭さを考えても無理だが、せめて布団は購入するべきだろうか。

以上が相談の内容です。
Yahuu知恵袋の皆様、どうかアドバイスをお願いいたします。 

※追記1
Yahuu知恵袋に投稿するために書いていたメモを誤ってnoteに投稿してしまいました。しかしながら、削除するのはポリシーに反するのでこのままにいたします。

※追記2
思ってたよりも早く彼が羽化しました。今後は回答不要です。すでにご回答いただいていた皆様、ありがとうございました!

最後まで読んでくれてありがとー