F・カフカ「カフカ寓話集」

 一般に「変身」で有名な作者であり、その著作は世界中で読まれていますが、生前はさっぱりと芽が出ず、25歳でデビューしても鳴かず飛ばずで出版にもなかなかこぎつけず、やっと出版できてもほとんど売れなかったようです。役所に勤めるかたわらで小説執筆に集中するために、雑事に煩わされない実家で暮らし、家庭をもたず、勤めが終わると夜遅くまで小説を書いていたという彼の名声がはじまったのは、皮肉にも彼の死後、友人の作家によって遺作が発表されたのちでした。

 さて、そんな彼の短編集ですが全体的に不気味な感じとユーモラスな感じが入り混じった印象でした。ネズミの世界のドタバタ喜劇かとおもいきや、芸術についての深い洞察とある種のナンセンスが語られたり(『歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族』)、巣穴に棲む小動物のユーモラスな葛藤が描かれているかと思えば、生への執着が生々しく描かれていたり、そもそもこいつは小動物なのか? 文中では一度も明確に正体が書かれているわけじゃないし、なにか恐ろしい秘密があるんじゃないか? と思わせたり(『巣穴』)、短いながらもハッとさせられるような怒涛の結末があったり(『皇帝の使者』)、正統派の純文学らしく、物語の起伏はあまりないのですが、特異な状況設定や意味深なメタファー(隠喩)が楽しめました。

 その中でも『断食芸人』が一番印象に残りましたのでちょっと掘り下げて感想書いてみます。主人公はタイトル通りの断食芸人。断食芸人とは文字通り、何日も断食することを芸として、観客から報酬をもらう芸人のことです。具体的には断食芸人が小さな檻の中に入り、決められた日数断食し、(40日間が相場)それを入れかわり立ちかわりやってくる観客と推されて引き受けた見張りが見守るといった芸のようです。当初は好評だったこの芸も何十年かの間にすたれていき、ついには場末のサーカス団のもつ動物たちの檻に紛れて芸を行うようになっていきます。そして、檻の中の断食芸人は人々から忘れ去られて……。

 断食芸人の困窮とは、とても興味深い着想だと思います。断食芸人ならではのジレンマや、場末のサーカスでの不遇な待遇とそれに対する断食芸人の心情は真にせまるものがあり、大変楽しめました。でも、断食芸人とはいったいなんのメタファーなんだろう。

 ところで、本作を読んで、荻原朔太郎の『死なない蛸』という散文詩を思い出しました。この詩もかなり好みなので、檻の中で忘れられてしまう存在というのは個人的にはそうとう好きなテーマのようです。

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