古民家1

【第1話】来年、たぶん移住します。どっかに。

◇移住シンクロ率400%となった男

 「来年の事を言えば鬼が笑う」というコトワザがありますが、笑っていただきましょう。

――来年、ド田舎に移住します!!

 え、どこにと聞かれましても……、場所はまだ決めておりません。時期も分かりません。仕事の当て? ないっすよ、そんなもん。ないないづくしのフルコース。でも行くのです! 行かねばならないのです!!

 ここまで宣言するからには、よっぽどの熱意があるのだろうと誤解される。大自然に憧れているんだろうとか、都会に嫌気がさしたんだろうとか、おそらくは皆思うはずだ。しかし実際はまったく逆なんである。私はまだ東京にいたい! フリーランスでライターや撮影業を始めて約4年。ようやくおぼろげながらも「自分のカタチ」ってもんが見えてきた矢先だ。まさにこれからってとき。住まいは埼玉だが、活動拠点は95%東京。確かに移住に魅力を感じることも事実だが、少なくとも「今」ではない。まだこっちでやりたいことがたくさんありすぎる。

 しかし、なんて言うか、結婚生活って色々あるんですね。会社員である我が夫が、この3カ月ぐらいで急激に「田舎暮らし熱」を蓄え、突如として大噴火を起こしたのである。忘れもしない、11月28日。一般的にはラブラブモードであろう結婚1年と2日目の夜だった。

 「俺は何と言われようと、島に移住する!! 後は、一緒についてくるのかここに残るのか自分で選んでくれ。以上!」

 青天の霹靂――。あまりの衝撃に、手元のお湯割りを落としそうになったよ。ひょえー。誤解してほしくないのは、夫は普段は知的で思慮深く、非常に思いやりのある人間だということだ。あの日は、私の度重なる身勝手さ(家事しない、遊びすぎ、夫への協力をさぼった等)が彼を激怒させ、ここまで言わせてしまったのだ。ううっ、すまぬ。

 しかし勢いとはいえ、田舎暮らしをしたいのは本気らしい。夫の移住シンクロは率400%、もはやサルベージは不可能なのであった。

 その証拠に、このとき夫はすでに八丈島の町役場に履歴書を送っていた。書類審査に通れば、翌月16日には現地面接で、採用決まれば4月からの着任。3カ月後にはこのマンションを引き払って、八丈島に引っ越さなければならないという計算になる。

 実は、履歴書を送っていたのも、なんとなく田舎暮らし願望があるのも知っていた。だが、夫から正式な相談がなかったのをいいことに「今の会社がツラくて現実逃避をしているか、将来的な移住の予行演習だろう」と高を括っていたのである。いやーん、今思えばそんなワケないじゃん。だって、書類送っちゃってるんだよ。八丈島の職員さんは「結構倍率高くてね、多いときは30人ぐらい応募がありますよ」なんて言っていたが、きっと普段はもっと少ないはずだ。しかも我が夫は、国家公務員Ⅰ種(いわゆるキャリア組)の一次試験を2回もパスするほど優秀なエリート君だ。町役場なんて赤子の手を捻りつぶすようなものだろう。余裕で通っちゃうでしょ!

 マズい、マズすぎる。東京都とは名ばかりの、海を渡って285キロですぜ。船なら10時間。飛行機なら55分で行けるけど、片道15000円もかかる。千葉や神奈川に引っ越すのとは訳が違うのだ。今、島になんて行ったら、4年もかけて築き上げた仕事がすべてゼロになってしまう。照れを恐れず言ってしまえば、これらの仕事は自分の「生きる喜び」とか「自分という存在の一部」なんだ。そんな簡単に捨てられないよ。


◇どうやら大航海時代が始まったらしい

 移住か、別居か――。私は早急に腹をくくらねばならなくなった。

 フリーランスの私と会社員である夫。我々夫婦は、どうやら大航海時代に突入したらしい。海原の先は見えない。マストにあたる風もムチャクチャ。そして船員2名は舵そっちのけで気まずいムードときたもんだ。

 しかし考えてみれば、こんなに面白いことはない。数カ月後にどこで何をしているかすら分からないなんて、ゾクゾクするではないか。この頼りない2人の船は、どんな新天地にたどり着くのだろう。

 というわけで、この連載は我々の記録を兼ねた「ヘッポコ航海」の実況中継だ。私と同じフリーランスで移住をためらっている人、田舎暮らしに憧れたことのある人、はたまた夫婦で何か始めようとしている人の参考になれば幸いである。なんなかったらゴメン。

                              (続く)

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