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ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(第6章)学校要因の影響 【324】

 今回はジョン・ハッティの著書『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』の第6章を読んで、重要だと思ったことをまとめました。著書全ての内容が載っている訳ではありませんので、内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ本書をお読みになっていただけたらと思います。きっと、学校教育に未だに存在する誤解や新しい考え方が身につけられるはずです。


第6章 学校要因の影響

 学校に関する話題として、「学級規模」がよく出てきます。私自身も、1学級の人数がより少ない方がより効果的な教育ができると思っていたのですが、研究ではどのように捉えられているのでしょうか。

「学級規模の縮小」の効果

 現時点では、学級規模を縮小することで効果がでるかどうかははっきりとしていないそうです。これは、学級規模を小さくしてもこれまでと同じスタイルで授業をすることも多くあったようで、はっきりとした効果が測定されていないのです。
 ただ、授業や学習に取り組む条件が変化することで良い影響があるという期待もあります。そのため、効果のある学習につながる要因にはなるものの、そのまま結果に現れるわけではないということを理解しておかないといけません。

大規模学級と小規模学級の指導概念

 大規模学級と小規模学級では、学びの形態を変える必要がありますが、現時点では指導方法をそれに合わせて変えていないことが理由で、学級規模を縮小しても効果が出ていないという結果が出ているそうです。
 大規模学級(80人以上)では、「分かりやすい進め方や教え方」が求められる傾向があるそうです。おそらく、大人数を相手に授業が行われるので、私たちは聞く側に立つことになるので、そのような傾向になると考えられます。
 一方で、小規模学級(20〜80人)はグループ学習ができます。生徒同士の関わりを持たせることができるので、カリキュラムの修正がしやすいと書かれていました。また、大規模学級を「能力別学習集団」に分けて授業を行った時の効果についても述べられていました。能力別でのグループに分けて授業を行うことについて、効果量は小さく弊害が大きいとされていました。特に、この小規模グループに分けて恩恵を受けるはずの低学力の学習集団の多くは意欲が低下し、かえって高学力の集団の意欲は向上することが分かっています。その要因としては、教師が低学力の子どもたちに期待をせず、学習者の矯正を目的とした単調な繰り返しの学習ばかりをさせることが背景にあるそうです。これは、低学力と判断された子たちがそのようなレッテルを必要以上に押し付けられて、そこから抜け出せないような環境を教師が生み出しているということがあります。

能力別・異年齢学習集団編制に関する研究

能力別学習集団の弊害

 学級や学習集団の編成に関する議論が熱く展開される中、「授業の質や教師と学習者、または学習者どうしの関わり方の状況」にもっと目を向ける必要があると書かれています。先述のとおり、学力の違いで分けられた学習集団は、関わり方が大きく異なることが判明してるそうです。低学力クラスには、十分な教育を受けた教師が担当しないことが多いらしく、それがさらに学力格差を広げてしまうのです。仮に、十分に教育を受けた教師が熱心に働きかけることで、学力が高まるというのは明らかだと述べられていました。

異学年・異年齢学級編制

 オルタナティブ教育の一つとして注目される「イエナプラン教育」などが異学年・異年齢学級が有名かと思います。現に、私が住むオランダの学校では、イエナプラン教育の学校でなくてもこのような学習形態を設けている学校はあります。
 異学年・異年齢学級は、子ども同士の関わりが増えて、共同体としての機能が促進されると書かれていました。ただ、こちらもこういった形態に合わせた学び方を実践しなければ効果は得られないとされています。

小集団学習

 小集団学習には一定の効果があるとされています。この学び方は、一斉指導や個別的完全習得学習よりも効果的だと書かれていました。しかし、「単に学習者を小集団に分けたり、同質集団に分けたりするだけでは不十分」であり、「教材や指導方法を多様に用意し、学習者一人一人の能力に見合った適度に困難な課題に取り組ませることが必要」だと書かれていました。つまり、教師が学習環境や学習者の状況を把握し、どのような学習の進め方が良いかを考え実践できることが重要だということです。

学級の状況

学級風土:学級経営的側面

 学級の状況が学力に良い効果をもたらす要因として、「学級経営がうまく行われている、集中して授業に取り組む」「教師の状況認識や注意深さ」だと書かれていました。これは、授業妨害が少なく、問題行動などに対して毅然とした態度で接することが重要だということです。また教師自身が感情に左右されないことも重要なことだと書かれていました。そういった教師の態度が生徒との関係性をより強めていき、教育的な効果が現れるのです。つまり、教師がクラスの秩序を保ち、子どもたちが安心して学べる環境を作ることが重要であることを示しています。

学級風土:集団のまとまりの側面

 クラスのまとまりと成績には正の相関があると書かれていました。確かに、クラスのまとまりがあれば、学習に対する安心感や共同で学ぶことに前向きになれるので、学習効果との関係はあると考えることができます。その反対に、排他的な雰囲気や無関心・無秩序には負の相関があることも書かれていました。Johnson & Johnsonの1987年にはっぴょうされた研究結果によると、ここ数十年にわたって一貫していることとして、「他者と協力しあうグループの方が成績がよく、人間関係が前向きであり、社会的支援が多く自尊感情が高い」ことが分かっているそうです。

 集団のまとまりが強いことのメリットは、以下のようにまとめられています。
「集団のまとまりが強い→クラスメイトどうしの学び合いが起こりやすい→間違うことを恐れずむしろ歓迎する気持ちが高まる→フィードバックが増え、達成目標、到達基準、教師-学習者間及び学習者どうしの良好な関係についての議論が活発化する傾向が高くなる」
 
このような循環を生み出すことができれば自立的に学ぶ場ができます。

妨害行為の減少

 妨害行為を行う児童生徒がクラスにいることは、学力に対して負の影響があるということも書かれていました。この妨害行為を減らすことが、優秀な教師の能力の1つとされるぐらい重要な要素とされています。妨害する生徒を排除するのではなく、生徒の行動を統制する方向へ導くことが重要で、そのために効果的な取り組みが求められます。
 妨害行為への対処としては、該当する教員が行うのではなく、専門的な人員(心理療法・行動療法)の力を借りることが重要です。むしろ、こういったアプローチをしないまま対処せずにいると、クラス全体に負の効果が波及してしまいます。

クラスメイトの影響

 教室や学校が学習者にとって居心地の良い場所になるかどうか、これは学習者にとって非常に重要な問題です。そういった環境要因の中でも大きいのは、クラスメイトの存在です。クラスメイト同士の関係が良いと、「思いやり、支え合い、助け合いの度合いが高く、もめごとの解決を容易にする」とされています。重要なのは、そういった関係が自然発生的に生まれるのではなく、教師が作り出すことだということです。「友人関係が良好であることは学習の機会を増やし、結果的に学力を高める」(Anderman & Anderman, 1999)という結果も出されています。
 最後に、クラスメイトの存在とともに、学習のゴールではなくそのプロセスに目をむけることの重要性について述べられていたので、以下に引用しておきます。

「遂行目標志向の学習者」
学習過程ではなく成果やアウトカム、また他者よりも秀でていることを立証することを重視する学習者
→多くの場合、友人関係における他者との親密さが低いため、社会的比較や他者からの印象を操作することを重視し、自身の能力は低くないということを示すために、自身にとって難しいとはいえない課題にばかり取り組む

「習得目標志向の学習者」
学習そのものの価値や意味を重視し学習内容を身につけることを目的として学習に取り組む学習者
自身の学力の広がりや伸びを重視する。友人関係の質が高いほど、より幅広く友人からの影響をうけるようになる。

Levy-Tossman, Kaplan, & Assor(2007)より

まとめ

 今回の章で、学級の雰囲気、クラスメイト、妨害行為がないことが重要だということがわかりました。さらに、適切なカリキュラムの選択や修正、学習指導の重要性を自覚する校長、能力別や異年齢での編制や学級規模などが効果の大きいものとされていました。

 教師の経験やトレンドだけで判断するのではなく、エビデンスを用いてどのような取り組みが必要なのかを見極めること重要だということも指摘されていました。

 政治などでも同じことが言えると思いますが、「目に見えて違いがわかりやすいもの、学力に対して効果がゼロであったり、意図と正反対の効果をもたらすことの多いものが議論の俎上に載せられることが多い」という問題があります。それによって、「上塗り的な改善が行われて、保護者を巻き込み、規則が増え、その結果規則破りを行う子どもが増える」とされています。つまり、組織の中での対話や安心できる環境を作ることができれば、そういった表面的な取り組みにとどまらない意思決定ができるのではないでしょうか。

 まとめの項目で紹介されていたのが「制服は有害なのか」ということです。制服の導入が生徒たちの学校に対する帰属意識や平等感、気持ちの切り替えというメリットが講じられています。しかし、中学生などにおいては安心感の認知には優位な違いは見られず、むしろ否定的な見方が増える恐れもあると述べられています。また、制服に関する規則の管理も教師の新たな業務として上乗せされてしまうとともに、生徒を管理するという考えが誇張される可能性もあります。本書では、制服の導入や規則は有害になることもあり得ると指摘しています。もちろん、制服の導入自体が悪いかどうかの判断は難しいですが、それによる研究結果を踏まえた上で各学校でどのような運用が求められるのかが重要なのです。

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