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Column #30 音楽配信(とくにリイシュー)のリリースに至るまで

今年はHARCOの配信解禁をたくさん行っている。いずれも過去にCDとして販売していた作品のリイシュー(=再生産・再発売)。ほぼマンスリーで解禁してて、4月は休んでしまったけど3月は2枚同時だったので、ここまで全部で6作品。でもさすがに大変になってきたので、下半期はあまり解禁できないかもしれない。

その代わり来月は久々に、青木慶則名義の新作がある。そのあともある程度コンスタントに、僕や他アーティストの作品を自分のレーベル「Symphony Blue label」から出していけそうだから、今年はなんだかんだ結局、1年通してほぼマンスリーでリリースする形になるのでは。

ところで、ひと口に「配信解禁」と言っても、そこに至るまで様々な工程がある。最終的には「アグリゲーター」と呼ばれる音楽配信の流通業者に、音源やジャケット画像のデータと、必要事項を記入した書類を申請すれば、3週間後くらいに配信ができるように手配をしてくれるのだが、その前にも必要に応じた色々なタスクが存在する。

たとえば3月に配信解禁した「江ノ島ラプソディ」と「スローモーション」。レコーディングに関わる制作費を負担した会社や個人は、「原盤権」というものを保持するのだが、配信の場合はこの権利を持つ者が収入の多くを占める。実は上記2作品に関しては、10年以上前にレーベルからその権利を購入していたので、いつでもCDや配信でリイシューできる状況ではあった。その時期を伺っている間に、配信全盛の時代になってしまったので、やはり配信だけでリイシューを行うことにした。

1999年発売という、かなり以前の作品ではあるので、まずそのときのマスターデータを探すところから始まる。DAT(ダット=Digital Audio Tape)という、今はあまり使われていない録音メディアに、マスタリング済みのデータ、いわゆるプレス工場へ出す寸前の音源があった。

オークションサイトで特殊なケーブルを仕入れ、そのDATのデータをパソコンへ流し込んでみたのだが、どうもうまくいかない。結局はいつもマスタリングをお願いしているエンジニアの竹中昭彦さんが、その作業の環境が整っているとのことでお願いすることに。(DATはデジタルメディアでありながら、テープのため劣化することもあるのだが、自分の音源は問題なかった。これにはホッとした。)

ヴィジュアル面では、20年以上前だとジャケットのデータを保存できていないことが多いので、なるべく未開封のCDを使ってそれをスキャンするところから。個人の印刷も広く請け負う「Kinko's(キンコース)」で自分でトライするも、お店の人曰く限界はあるとのことで、これまた断念。いつもお世話になっているデザイン会社のSKGにスキャニングや色補正をお願いし、限りなく元の形まで再現してもらう。

今後は印刷専門の会社に頼むかもしれないが、ひとまずジャケットも用意できたので、あとは書類とともに申請するだけ。ただその書類をまとめるのにも、当時の登録が曖昧だったら、レコード協会からISRCをあらためて付番してもらったり、必要に応じて出版社と契約を交わし、著作権登録番号を取得する必要もある。

では、つい先日6/29に解禁した「PIANO PIECES」の方はどうだったか。こちらに関しては、当時の歌ものも合わせた12曲入りではなく、ピアノインストだけの9曲入りで再リリースしてみたいという想いが以前から強くあった。理由は単純で、その方がアルバムとしてより統一感が出るので。歌ものの方は、またいつか形にしてみたい。

こちらに関しては、まず実際の楽曲にほんの少しだけ補正を行った。こちらは2010年の作品。個人スタジオを施工した翌年に当たり、自分のアップライトピアノを使った初の本格的なレコーディングでもあったので、今聴くと不完全に思えてしまうところがあった。

さらにこのアルバムはリマスタリングも敢行。当時は自分でミックスとマスタリングを行っていたのだが、配信をするには全体の音量がやや小さかった。それを前述の竹中昭彦さんに依頼。音量も上がり、どこか潤いの感じる瑞々しい仕上がりに。かなり気に入っている。

ジャケットの方は、当時は厚紙をひとつひとつ手で折り曲げて作成した、かなり独特な形状だったのだが、その表の部分に貼っていたステッカーの部分を再現してもらう形で、やはり当時のジャケットデザインを担当してくれた(今は北海道の洞爺湖町に暮らす)drop around・青山剛士くんに依頼。

これまた昔の仕事ということもあり、元のデータは使わずすべて1から再現してくれた。配信で初めて聴いた人にも伝わるように文言も変えてもらったのだが、インクのはみ出したようなレトロな風合いを少しやり直してもらうなど、お互いにこだわった。

この作品に関してはさらに曲順も入れ替えることに。今の自分の年齢に添うような大人の余裕というか、アートの要素が強くて音に適度な隙間もある楽曲を前半に持ってきた。順番が変わるだけで、こんなにアルバムの印象って変わるものなのかと驚く。リイシュー専門のレーベルの人になったようで、独特の充足感。

こんな風に、レコーディング以外の部分でもさまざまな過程があって、今日の楽曲たちがある。そのなかで忘れてはいけないのが、細かい文字のチェックだ。

人間なのでさすがに間違いもある。そんなとき、CDと違ってあとから間違ったデータを修正したりできるのは、配信の利点でもある。音楽配信もこのシステムがある限り永遠に残るメディアではあるので、一層の緊張感を持って取り組んでいたのだが、数年目の油断、ここに来て大きめのミスが発覚。

2月に配信したHARCO「E/NH/WL」と、つい先日の「PIANO PIECES」には、曲のタイトルにすべて「Remasterd 〜」と添えてあるのだが、正しいスペルは「Remastered」なので、27曲すべてに「e」がひとつ抜けていた。実は昨日、そのことに自分でふと気付き、修正依頼をさきほど送ったところだ。先方には余計な手続きをお願いしてしまうことに。

配信にはエラーも多い。サイトによってまちまちだが、HARCO名義なのに青木慶則名義になってしまっていたり、自分のアーティスト・アカウントが複数出来てしまって作品もバラバラになっていたり、名前は似ているけどまったく知らない海外のアーティストが自分と同じアーティストとして表示されていたり。各配信サイトのページを、ときには有料契約もしたうえでチェックし修正してもらうのも、大事な仕事。

今の自分のようにレーベルを運営していると、アーティスト活動のほかにこういったことは常に続けなればいけないし、事務的な業務の方に楽曲制作と同じくらい、いや、それ以上の時間がかかっているとは思う。レーベル所属の他のアーティストに対しても、行わなければいけない。

でも以前も書いたこともあるが、自分の性格には合っているようで、苦に感じたことがあまりない。今まで知らなかった仕組みを覚えていくのも、まるで鍵盤で新しいコードを発見するくらい刺激的だし。だからこの先もう、他のレーベルに所属することは無いようにも思う。実際のところは分からないが。

たまにはこういう実務的なことも書いてみたかった。でも本当は作品の中身(音楽)にも触れながら書きたかったのだが、外枠のことだけでページが埋まってしまった。何に関してもいちいち話が長い、自分らしい......。

とにかく言いたいことは、CDにしても配信にしても、そしてリイシューにしても、膨大な時間がかかっていて、それだけ多くの情熱を注いているということ。曲作りやレコーディングが終わったあとも。

そしてそれはどのアーティストやレーベルにも言える。だからというわけではないが、よければ一度、いや何度でもじっくり聴き込んでほしい。ひとつの音楽のなかにいろんな表情があることはすでに誰もが知っていることだろうけど、もっと深い何かが見つかるかもしれない。