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【薔薇は青くなくていい?】『植物癒しと蟹の物語』小林大輝

久しぶりに読書記録を投稿してみようと思っていたところ、「読書の秋2021」が開催されていると知り……。課題図書の中から1冊選んで読んでみることにしました。
植物好きな私の目に留まったのが、このタイトルでした。何の予備知識もないまま、Amazonでポチっと。

『植物癒しと蟹の物語』小林大輝(2020年:コトノハ)

植物の話を聞き、枯れそうな植物を元気にする「植物癒し」の仕事をしている「ぼく」。
彼はある日、不思議な夢を見ます。夢の中で目にした看板には「Reason」と「Nothing」の2種類の文字が書かれています。看板の意味とは?
ある日「ぼく」は、「蟹」に出会い、病院に来るよう促されます。病院で、「ぼく」は、青い薔薇を活けた花瓶を抱える、車椅子の少年に出会います。
ぼくと蟹、そして少年の会話が意味するものとは?

ページ数は少なく、優しい言葉で語られる、童話のような物語です。
しかしその中で、生き方を考えさせられるようなテーマが繰り返し提示されます。雰囲気としては『星の王子さま』のような感じでしょうか(?)。

冒頭から「植物癒し」である主人公が登場し、不思議な世界に迷い込んだような感覚に陥ります。

はじめまして。ぼくはヒトのたくさん住む街で植物癒しをしています。

植物が人を癒す、というのはわかりますが、この物語の中の植物は、ヒトの悩みや苦しみを感じ取りすぎるあまり、弱って枯れてしまいます。そうした植物たちの話を聞き、彼らを癒すのが「植物癒し」の仕事です。

そんな「ぼく」はある日、ぷよぷよとした影のような姿になってしまう夢を見ます。
……ここまで読んでもまだ、この本の世界観の全体像は見えてきません。一体どこへ迷い込んだのだろうと、手探りで読み進めていくと、ところどころにヒントが散りばめられています。

それは、看板や、人々の着ている洋服などに記された「Reason」や「Nothing」などの言葉。主人公の「ぼく」は「Nothing」の服を着たいと話します。

「ぼく」がこんなことを語るシーンもあります。

「……ぼくらのなにもかもが無駄だってことがわかったとする。でも、そのあとでもう一度落ち着いて考えてみれば、価値がなにもない以上、ぼくらは、ほかのなにものとも比べ合うことができないということがわかる。すると、今度は逆に、無駄なものがこの世からひとつもなくなってしまうのさ」

物語の中で繰り返し示されるのは「人生は無意味だ」というメッセージです。
いつの間にか物語の世界の中を漂いながら、私は昨年の今頃、noteを始めたころの気持ちを思い出していました。
昨年は自分が病気になったり、その前後に色々なことがうまくいかなくなったりして、心身ともに絶不調でした。その気持ちを整理するために、今年初めには、noteに「人生は登山じゃない」という詩を書いたりもしました。
目標が達成できない、だから目標がないと思えば楽なんだという発想だったかもしれません。

今も植物や動物を見ていると、不思議な気持ちになることがあります。彼らは何のために、毎日必死に生きているんだろう?
植物のことをnoteに書くとき、思わず「喜んでいる」「頑張っている」などと、擬人化してしまうことがあります。
しかしいうまでもなく、植物や動物は何かの意味や目的を持って生きてはいません。人間も同じでしょうか? たまに、同じだったらいいのにと思うことがあります。
きっと本当は同じなんだろうと思います。人間だけに、生きる意味が与えられているというのはおかしいですよね。
でもこの物語に出て来る人々のように、「Reason」の衣服を身に付けなければ生きていけないことも多いのかなと思います。辛くなったら「Reason」の服を脱げばいいし、必要ならば着てもいいのかな……読みながら、そんな感想を持ちました。

後半、舞台は病院に移ります。「蟹」や青い薔薇を抱えた少年との出会い。そこでは、人間と病気との関係が語られます。これに関しては色々考えさせられました。
昨年来、世界中の人たちが、病との戦いに苦しめられてきました。病がなければ……。病のせいで……。と、誰もが感じていたのではないでしょうか。

蟹は、

「本当は、病が人を癒すのさ」

と語りますが本当でしょうか。
自分が昨年病気になって入院したとき、自分が病気の前に無力であることをひしひしと感じました。しかし病気の原因がわからなかったときには不安だったものの、入院してからは、不思議と落ち着いて、どこか安心したのも事実でした。さらには自分に個性が一つ増えたような感覚もありました。
病気になったことを恨んでいるかといえば、そんなこともありません。それは今だから言えることなのかもしれないし、なかなか答えは見つかりません。
でも、理不尽なことがあったとき、戦っても敵わないとわかったとき、どうしたらいいのかという答えの一つを、この本が示してくれている気がしました。

あとがきを読んで、作者がこの物語を生み出した理由がわかります。そこで初めてすっきりと、お話の意味が理解できた気がしました。
この物語は、作者の個人的なエピソードを表現したものだったのかもしれません。でも、自分が忘れそうになっていた気持ちを思い出すきっかけになりました。
困難から抜け出せそうもない状況に陥った時、きっとまたこの本を開くのかもしれません。

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ここからは全くの余談です……。

この本には、具体的な植物名はあまり出てきません。後半、青い薔薇について、少年が、

「青い薔薇なんてものは、自然のどこにも存在しないんだ」

と語ります。
青いバラは、サントリーフラワーズとオーストラリアの植物企業が共同開発したということで有名ですよね。私は、写真でしか見たことがありません。青というよりは紫かな?という感じもします。

白いバラに青い色素を吸わせた「青いバラ」も売られています。少年が持っていたのは、こちらかもしれないですね。
八重のバラは、青だけでなくどの園芸品種も、人間の目を楽しませるという「目的」の元、長年改良されて生み出されてきたもの。そうやって人を癒してきたバラが、後半重要な役割で登場することも、何だか意味深だと感じました。

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