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【植物が出てくる本】『勿忘草の咲く町で』夏川草介

久々に本の紹介記事を書いてみました。
以前から読んでみようと思っていた本ですが、ちょうど勿忘草の咲く季節になったので、思い立って手に取ってみました。
『神様のカルテ』で有名な夏川草介さんは、現役のお医者さんとのことで、この作品も、リアルな医療現場の描写に思わず引き込まれます。

『勿忘草の咲く町で』夏川草介(2019年:KADOKAWA)

長野県のとある地方都市で『梓川病院』に勤務する月岡美琴は、看護師3年目。
ある日美琴は、信濃大学から研修医としてやってきた桂正太郎が、花瓶の水を替えようとしているところに遭遇。実家が花屋で花の名前に詳しいという、風変りな桂に興味を抱く。
高齢者の入院患者が大半で、様々な課題を抱える梓川病院。院長やベテラン医師の流儀と、若い研修医や看護師たちの考えとがしばしばぶつかり合う中で、思わぬ展開が生まれる。そして美琴と桂の関係にも変化が……。

桂正太郎は実家が花屋で、花が好きな研修医という設定。章タイトルが植物の名前になっているなど、植物好きの私にとっては気になる要素が満載の作品です。
桂がところどころで花のうんちくを話すとか、真面目で実直なキャラクターであるところなど、今までご紹介した本に出てくる「花好き」なキャラの特徴との共通点を感じました。
看護師の美琴は、明るくてまっすぐな、仕事熱心な女の子です。全体としては爽やかなお仕事小説という印象でした。

ジャンルとしては医療小説なのですが、テレビドラマのような、人並み外れた技術を持ったスーパードクターや、特殊な状況での緊迫した医療、感動的なエピソードなどは出てきません。

というのも、舞台となっているのは、地方都市の医療を一手に担う小規模病院。患者の大半は高齢者です。
誤嚥に神経をすり減らしながら、食事の介助に追われる看護師。口から食事ができなくなり、胃ろうで栄養を摂りながら一日中ベットの上で過ごす高齢者。認知症が進み、思うようにコミュニケーションをとれない入院患者も多い。
気が重くなるような、高齢者医療の現実がリアルに描かれています。
自分もいずれは行く道……。でも、見ないふりをしてきたのではないかと、ハッとされられます。

そんな病院で、ある日「見舞いの花を禁止するべきか」という議論が持ち上がります(緑膿菌の繁殖などが理由で、実際禁止する病院は増えているようです)。
花持ち込み禁止を推進したい”事なかれ主義”の院長と、反対する若手スタッフ。そして会議が開かれます。
禁止前提で会議が進む中、桂が以前に発したこの言葉が、議論を方向転換するきっかけになります。

「父がよく言っていたんです。花の美しさに気づかない人間を信用するな」

「釣り好きな人に悪い人はいないっていってたし」とか、「動物好きな人に悪い人はいない」等々、どんな世界にもこういった言葉があると思います。
個人的には、花が好きかどうかは、人格とは関係ないと思いますが、”死神”と呼ばれる合理主義の医師が、この言葉を引用してある行動を起こしたシーンでは、思わずちょっと涙が出そうになりました。

作品中ではしばしば、ベテラン医師と研修医・看護師とのぶつかり合いが描かれていますが、どちらが正しい、間違っているということではないと感じました。
これからますます高齢化が進行する中で、誰もが避けて通れない高齢者医療に対して、それぞれが真摯に向き合っている。その姿にとても考えさせるものがありました。

※この作品に出てくる勿忘草は、在来種のエゾムラサキ(Myosotis sylvatica)のようです。北海道や長野県などでみられる植物とのこと。
トップ写真のワスレナグサは、近所の花壇に植えられていた園芸種です。作品中の植物とは違うのですが、エゾムラサキの写真がなかったので……すみません。


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