母とQueen - Queenに夢中になる母と、それを見守る息子の一年

書いてきた音楽文のなかでもこちらはかなり気にいっているやつで、こういう質感のある文章をもっとうまく書けたらなと思っています。
音楽文掲載日:2019/12/17


母はさだまさしが好きで、とくにロックを聴いたりすることはなかった。

そんな母が、あんたQueenって知ってる? と訊いてきたのは今年の三月、僕の部屋に遊びにきたときのこと。
もちろん知ってるし映画も観たよ、Queenがどうしたの。と返すとなんでもテレビの特集を観たとかで気になっているのだという。母とQueen、意外な取りあわせだと思いつつも、それならばとQueenのベスト盤『Greatest Hits』をかけながらふたりで料理をし、母のQueenに対する所感なんかを聞いた。
最初はフレディの容姿に抵抗があったこと、でもドキュメンタリーにて人柄やその歌にふれてなんだか気になってきたこと、映画も観てみようか悩んでいるということ。

Queenの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』はとてもおもしろかったから、観た方がいいんじゃないかなと思った。それに、猫もいっぱいでてくるし。
母がQueenに興味を持つなんて、なんだかおもしろいことになってきたなと思い近くの映画館を調べてみたのだけれど、ちょうど公開終了が近くてその日のチケットは売り切れてしまっていた。でも実家の八王子に近い立川でもまだすこし上映していることがわかったので、そちらで観たらどうかとすすめると、ほなこんど立川で観るわ。と乗り気なようなのだった。
 

むかしから母と音楽の話をするのが好きだった。
ふたりでミュージックステーションや紅白歌合戦なんかを観ながら、僕が出演者に対するかんたんな説明をし、母がコメントをする。というようなことをよくしていた。
母は時折さだまさしを聴くものの音楽に詳しいというわけではなかったけれど、これは売れるで、この歌詞はええな、またその逆なストレートで辛辣なコメントなど(これがまたおもしろかった)、それらの感想は僕とは視点がかなりちがっていたのでとても新鮮で、いちいち話を聞くのがたのしかった。
僕がよく聴いていたバンドで母が好意的な目を向けていたのはスピッツだったから、いつかの誕生日にはスピッツのベスト盤をプレゼントしたりもした。

あと、こんな話もある。まだ僕が十代だったある日、母が僕の部屋にやってきては机に置いてあったBUMP OF CHICKENの『THE LIVING DEAD』の手書きのジャケットをみて、あらなにこれ素敵な絵ね。と云うのでこのバンド、泣けるんだよ……と説明をしたところ、あんた音楽聴いて泣いたりするんかと茶化してくる。いいから歌詞を読みながら聴いてみてくれよとそのアルバムから「K」を聴かせたら曲が終わるやいなや泣きそうになりながら、なんて曲やの……とつぶやくのだった。
我が家は猫を愛する家だったから、猫の物語でもある『K』がよけいに響いてしまうのだ。
そのときの母によるバンプ評はよく憶えていて、それは「とてもいい曲やと思うけど、こんなに繊細な歌は、すごくヒットしたりはせえへんと思う」というものだった。
それを聞いてなるほど、と思う。でもこれは2001年の話で、その評はよろこばしいのか、はずれたことになる。

こんなふうに母は、ロックが好きな息子につきあって音楽を聴いたりすることはあったけれど、でも日常的にすすんで音楽を聴くようなことはなかったようにみえた。
それが急にQueenを気になりだして、息子のすすめもありひとりで映画を観にいってしまう。しかもレイトショー、帰りみち気をつけてくれよ……。
 

母とは月にいちどくらい電話をする。電話をしないと姉や弟から母が心配しているから連絡するように、と注意をされるからだ。
そしてそこでの母と息子の会話も、Queenのことばかりになっていった。映画をきっかけに、本格的に好きになってきたらしい。

「あんな、Queenの映画のDVDかベスト盤のCDか、どっち買おうか悩んでんねん」
「そんなの俺が両方買うよ」
「いやいやそれはわるいやんか」
「わるくないよ最高だよ」
「じゃあ片方だけ買うてくれる?」
「わかった、ゴールデンウィークには帰るからそのときはQueen祭をしよう」

今年のながいゴールデンウィークには約束どおり、母の所望したベスト盤『Jewels』を買って実家に帰り、ふたりで『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。
母の熱はおとろえることなく、どんどんQueenにのめりこんでいく。
英語を調べ、楽器に興味を持ち、YouTubeの存在に気づいていった。

「フレディが亡くなるまえあたりの歌詞がほんまに深いねんな……」
「ああ『The Show Must Go On』とかかな、胸を打つよね……」

「ギターとベースってどうちがうん?」
「たとえばギターがピアノの右手で、ベースがピアノの左手かな」

「YouTubeがすごいねん、勝手に成長すんねん」
「あはは、YouTubeみつけたんだね」

音楽につよい興味をもってはいなさそうだった母をこんなに夢中にさせるなんて、Queenはすごいなと思う。いや、すごいバンドだってことはまえから知っていたけれど、でも間近で身近でこんな例をみせてくれて、ほんとうにすごいなと思う。

 
Queenの魅力っていったいなんなんだろうか。こんなことがあったから、あらためて考えさせられてしまう。
まず思うのは音楽性の幅のひろさ、間口のひろさ、そして懐のひろさ。
Queenの楽曲はロックの中の細分化されたジャンルをめまぐるしくいったりきたりしているのに、どう転がっても最後にはポップでキャッチーで聴きやすいところに曲をまとめあげてしまうセンスがこのバンドにはある。代表曲である『Bohemian Rhapsody』も『We Will Rock You』も冷静に考えるとすごく異様な編曲だったりアレンジだったりするのだけれど、そんな異様な曲が、どうやっているんだろうか、大衆性を得てしまう謎の力がある。

つぎにバンドとしての、メンバー四人の集まりであるロックバンドとしてのかっこよさ。
音楽の話からすこし逸れてしまうけれど、ボーカル、ギター、ベース、ドラムのシンプルかつ王道の編成がライブにて(もちろんそれは過去の映像でしか観たことがないのだけれど)それぞれ楽器を構え、立ち位置にたつその絵がもうかっこいい。見栄と色気をふんだんに湛えたかつてのロックバンド像の、そのど真ん中にいるような単純なかっこよさがある。
圧倒的な求心力を有するボーカルを擁しながら、ギターのブライアン・メイもベースのジョン・ディーコンもドラムのロジャー・テイラーもその存在感やバンドへの音楽的な寄与にて、すこしもひけをとらず、四人全員がそれぞれに輝いているようにみえる。

そして、フレディ・マーキュリーというボーカルがいること。
かっこつけていてかっこいい、まるで命ぜんぶで歌っているかのような、フロントマンという言葉が最高に似合う、最強のボーカリストがこのバンドにはいる。
出自や選択できないところでの複雑な背景を抱えながらも、発する表現は勇ましく陽性のエネルギーに満ち満ちていて。このひとを観ていると僕はなんだか元気になってしまう。

さんざん語られていそうなこのバンドの魅力についてざっと綴ってみると、だいたいこうなるだろうか。
個人的にはエレキギターを弾く人間のはしくれとして、ブライアン・メイの異端でもあり王道でもあるギターについて語りつくしたいと思いがあるけれど、これは母にも話せないところなので自重し割愛するとして、いうまでもなく世界中で愛されてるQueenは、2019年になっても日本のとある親子をファンにして、共通の話題になってしまっている。
 

秋を迎えもう周りのお友だちにQueenの話をふっても(ふってるのか……)、まだQueenの話? という反応になってしまっているらしいけれど、母は依然としてまいにちベスト盤を聴きつづけている(お盆に帰省したときプレゼントした『JewelsⅡ』もそこに加わっていた)。
目立たないけど実はベースが一番大事なんやないん? と音楽の核心に触れてしまうようなおそろしいことを云い、果てにはあんたU2やDavid Bowieは知っとるか、なんて目の覚めるようなことまで訊いてきて、どんどんバンドへの理解や想いを深いものにしていく。
関連するバンドやミュージシャンに興味を持つなんて、これはもうただの音楽ファンのやることじゃないか。ちなみに来年来日するQueen + Adam Lambertは観てみたいか? と訊くとこれには即答のできない葛藤があるとのことで、ちょっとおかしかった。

 
ロジャー・テイラーと同い年の、先日古希を迎えた母がQueenを好きになったことは僕にとってもとてもうれしいことだった。
ある日こんなことを云ったことがある。

「やっとわかったわ、あんたもみんなも、外でイヤホンしているひとは、こうやっていつも音楽をたのしんでたんやな」

この言葉を聞いて、僕はよくわからない感情におそわれて泣きそうになる。勝手な解釈だけれど、母がじぶんのことを理解してくれたように気がしてしまったからだ。
そうだよ、音楽はとてもすばらしいものだから、四六時中聴いていたいんだよ。

 
僕はこれからも実家に帰るたんびにQueenのアルバムを一枚ずつ買っていって、いつかオリジナルアルバムを全作揃えさせてやりたいなと思う。それにはちょっと時間がかかるだろうけれど、ずっと母には元気でいてもらわないといけない。
オリジナルアルバムを聴かないとみえてこないものがあると、全作聴かないとみえてこないものがあると、ロックファンの先輩として教えてやらなきゃいけないからだ。

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