見出し画像

置いて帰った『「続」のTシャツ』

体の疲労が抜けきった頃、私は何をしていたのだろうと振り返り出す。
RPGの勇者たちはこんな気持ちだったのだろうか。そんなことを思いながら自分を勇者扱いしていることに少しだけ嫌気が差すが、まあその程度の肯定感を心の内に秘めていたとしても、そういうことを考えても良い年頃なのではないかと鏡を見る。
老けたのだろうか。僕はもう30歳になっている。
不思議なことだが、老けた気がしない。でもきっとそんなことはない。
大人になれていないのか、大人とはこんなものなのか。
あの時の理想はどこか遠くへ行っていて、僕は違う理想へ向かっている。

あの時の理想は理想だけだった。今向かっている理想は、不安が常にいる。
これが大人になるということだろうか。
果たしてこれで合っているのか。
これが楽しいということなのだろうか。

体から抜けた疲労は、財布の薄さや支払いを患うことを戻してくる。
金がないのは仕方がないことなのだろうか。
ものは何で測るのが適切なんだろうか、と揺れに揺れる生活を繰り返している。

RPGの勇者をしていた時の話を少ししよう。
HPとMPを最大値に上げて臨む。攻略本は無い。
ゲームメーカーが、プログラマーが、デザイナーが、ゲームを作ってくれている。
そこには色んなアイテムや経験値が隠されていて、それをどう生かすかは主人公の勇者次第だ。気付かぬところに製作者たちの意図した以上のものが現れてくる。

一つ目のボスは、優秀な逸れ者だった。あっちに行けばこっちに向かってくる。
こっちに行こうと言えば明後日にあくびをする。ヒリヒリした。
二つ目のボスは、耳を傾けて音楽を聴かねばならなかった。静かさにもリズムがある。
三つ目のボスは、気合いだった。根性、気合い、度胸、愛嬌。
恐ろしさに飛び込んだのだった。
ざっとこんな感じだった。

アイテムをいっぱいもらった。
経験値もいっぱいもらった。
RPGから降りると、知らないふりをしていた現実がもっとハードなゲームがやってくる。
このゲームから降りたら、と思うとゾッとする。
そういう瞬間を何度も目撃したし、それが悪いとも思わなくなっている。

何を持ったか。何を進化させたか。経験値はどこに振ったのだろうか。
まだ実感していないものが沢山ある。
装備は何を手に入れたのだろうか。手にした実感は何なのだろうか。
分かりやすく目新しい防具があった。
「続」のTシャツ。
一度装備したが、一旦外した。
なぜか、『「続」のTシャツ』を装備するのはまだ早い、そう勇者が告げた気がした。理由は分からない。
そっと置いて、これを再び装備する時を待っている。

籾木の作品読んでくださってありがとうございます。次の作品のための制作費、取材費、そして僕の心の支えになります。サポート本当に嬉しいです。頑張ります。