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カンヌ映画祭2024予習「特別上映」編

カンヌ2024予習の3回目は、「特別上映」などの「その他の公式部門」を予習します。「公式部門=Selection Officielle」には、「コンペティション」と「ある視点」に加え、その他のサブ部門が細分化されて存在します。その他の部門の違いはなかなか分かりにくいのですが、「その他」という呼び方は完全に不適切で、超重要作が入っているので絶対にチェックが必要なのです。

「公式部門」のうち、ここでは「野外上映」と「クラシック」は割愛します(とはいえクラシックは現在とても重要な市場であり、本音としては取り上げたいのだけど時間が足りず無念)。 
 
【アウト・オブ・コンペティション部門】
「コンペティション」部門だけど賞の対象ではない「アウト・オブ・コンペティション」。分かりにくいですが、大作/メジャー系を中心にした特別上映部門くらいの意味で押さえておけばいいかと思います。
 
〇『The Second Act』カンタン・デュピユー監督/フランス
『The Second Act』(扉写真/Copyright Chi-Fou-Mi Productions)は、カンヌ映画祭のオープニング作品でもあります。それにしても、あのB級でへんちくりんな映画ばかり作っていたカンタン・デュピユーがカンヌのオープニングを飾る日が来るとは、感慨深いものがあります。ホン・サンス並みにハイペースで作品を作っていますが、昨年も画家のダリを複数の役者が演じる『Daaaaaali!』や、演劇界に一石を投じる『Yannick』などのケッサクを連発し、絶好調です。
 
「フロランスは心から愛する男性ダヴィッドを父親に紹介したい。しかしダヴィッドはフロランスに惹かれておらず、友人のウィリーに押し付けて厄介払いしようとしている。フロランス、父、ダヴィッド、ウィリーの4人は、人里離れたレストランでテーブルを囲むことになる」
 
ああ、なんとシンプルで素敵な設定であることでしょう。フロランスにレア・セドゥ、ダヴィッドにルイ・ガレル、父親にヴァンサン・ランドンという、悶絶の超豪華キャスト。ああ、これは、やばい。
 
〇『Furiosa: A Mad Max Saga』ジョージ・ミラー監督/アメリカ
出た!全世界が楽しみにしている、2024年最大の話題作の1本、カンヌに降臨です。まあでもカンヌで無理して見るよりは、日本公開時にシネコンでゆっくり見ることを楽しみにしようかな、という感じですね。

"Furiosa: A Mad Max Saga" Copyright 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

〇『Horizon, An American Saga』ケヴィン・コスナー監督/アメリカ
ケヴィン・コスナー監督、久し振りの表舞台。南北戦争と西部開拓を背景とした壮大な西部劇、ということで、2部構成です。カンヌでプレミアされるのは第1部のみかな?主演もケヴィン・コスナー。こちらも、日本でジリジリと待つことにしましょう。

"Horizon, An American Saga" 

〇『She’s Got No Name』ピーター・チャン監督/中国
ピーター・チャン監督、『中国女子バレー奪冠』(20/大阪アジアンで上映)以来となる長編です。

"She’s Got No Name" 

「中国における女性の権利を巡る革命的な動きの源には、ひとりの女性の苦しみがあった」
 
前作にもその要素は伺えたかもしれませんが、中国におけるフェミニズムを主題にした作品のよう。主演はチャン・ツィイー。ああ、2019年のカンヌで、チャン・ツィイーにその年の東京国際映画祭の審査員長就任についてコメントをもらったのだった。懐かしい。それはともかく、本作のチャン・ツィイー、とても楽しみです。
 
『Rumeurs』エヴァン・ジョンソン、ガレン・ジョンソン、ガイ・マッディン監督/カナダ
鬼才ガイ・マッディンも監督の一人として名を連ねるカナダのプロジェクト。これはかなりそそられます。

"Rumeurs" Copyright Bleecker Street Media

「G7を構成する7ヵ国の指導者が、年1回のサミット会議に集う。世界的危機への声明をまとめねばならないというのに、彼らは森の中で迷ってしまう」
 
風刺政治コメディーということですが、ガイ・マッディンのことなので一筋縄ではいかない仕上がりでしょう。ドゥニ・メノシェがフランス大統領、ケイト・ブランシェットがフォンデアライアン欧州委員長を連想させる人物に扮しているとのこと。他にも、アリシア・ヴィキャンデルや、カナダのスター俳優ロイ・デュピュイら。ああ、これは見たい。
 
『Le Comte De Monte Cristo』アレクサンドル・ドゥ・ラ・パテリエール&マチュー・ドゥラポルト監督/フランス
「モンテクリスト伯」あるいは「巌窟王」の物語ですね。デュマによる、フランスの国民的物語。つまりは今年のフランスの最大のメジャー話題作であり、夏休み前公開(日本と違って夏休み中でなく、その前後がフランスの公開期としては重要)の目玉です。主演はピエール・ニネ、共演にアナイス・ドムスティエ。これは日本で見られるかな…。見られますように…。

"Le Comte De Monte Cristo"


【ミッドナイト・スクリーニング部門】

アクション系や、ジャンル系が上映されるのが「ミッドナイト・スクリーニング」。見たい作品だらけなのですが、翌日に響くのでなかなか行けないジレンマ部門であったりします。
 
〇『Twilight Of The Warrior: Walled In』ソイ・チェン監督/中国
ソイ・チェン監督新作。カンヌのミッドナイトでソイ・チェン。いいなあ。シノプシス見つからないけど、なんとサモ・ハン・キンポーとルイス・クーのダブル主演!ああ、これはたまらないですねえ。

"Twilight Of The Warrior: Walled In"

〇『I, The Executioner』リュ・スンワン監督/韓国
『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)で韓国トップクラスの実力を改めて見せつけたリュ・スンワン監督、待望の新作。な、なんと、あの『ベテラン』(15)の続編!ぬおーー!!

"I, The Executioner"

主演はもちろん、ファン・ジョンミン。カンヌ来るのかー。ちらっとでも拝みたい。
 
〇『The Surfer』ローカン・フィネガン監督/アイルランド
フィネガン監督は『ビバリウム』(19)がカンヌ「批評家週間」に出品され、そのシュールな世界観が評判を呼び、日本でも劇場公開を果たしました。本作が4本目の長編です。

"The Surfer" Copyright 2024 THE SURFER PRODUCTIONS PTY LTD AND LOVELY PRODUCTIONS LIMITED

「男が少年時代に愛したビーチに戻り、息子とサーフィンを楽しもうとする。しかし地元の半グレ集団が海への接近を禁じてくる。男は屈辱にまみれ、脅かされる。もはや息子の信頼と海を取り戻すためには、戦わねばならない。息詰まるビーチの空気の中、闘いは激しさを増していく」
 
ああ、なんともミッドナイト向きですねえ。そして父親は、我らがニコラス・ケイジ!日本の快適シネコンでビールとポップコーンで見たい!とはいえ、クセ者フィネガン監督がこの素材をどう料理しているのかもとても気になります。
 
〇『The Balconettes』ノエミ・メルラン監督/フランス
ノエミ・メルランといえば、『燃ゆる女の肖像』はじめ、『パリ13区』や『TAR/ター』など、いまやフランスを代表する女優のひとりですが、監督も手掛け、今作が長編2作目です。

"The Balconettes"

「灼熱のマルセイユ。3人の女性がマルセイユのアパートで暮らしている。向かいの部屋にはミステリアスな隣人がおり、3人はあらゆる妄想を抱く。彼女たちの唯一の望みは自由であるが、気が付くと恐ろしく錯乱した事態にとらわれていた」
 
ミッドナイト部門にあるということは、ジャンル映画的な激しい展開があるのでしょうか。自ら出演もしているメルラン監督の演出も、とても気になるところです。

 
【カンヌ・プレミア部門】
21年に新設された部門。コンペから漏れてしまった有力監督作品を「ある視点」部門に入れるのを止め(その結果「ある視点」部門は大幅に印象が刷新された)、その受け皿として設けられた部門です。確かに、これはコンペでないのか!と嘆きたくなるような、騒ぎたくなるような、そんな気になる作品だらけです。
 
〇『Miséricorde』アラン・ギロディー監督/フランス
アラン・ギロディー監督、前作『Nobody’s Hero』(22)はベルリンのパノラマ部門に出品され、クレールモンフェランの町を舞台に中年娼婦に恋した男性を中心にした傑作ダーク・ヒューマン・コメディーでした。相変わらず開けっぴろげなセックス描写を含め、ギロディー健在!と快哉を叫んだものですが、新作はカンヌ。しかし「カンヌ・プレミア」部門。微妙だなあ、というのが、この部門に入ったことに対して業界人が抱く目下の印象ですが(ヴェネチア狙ったらコンペもあるかも?)、さて、どうでしょうか。

"Miséricorde" Copyright Xavier Lambours - Les Films du Losange

「ジェレミーは、パン屋の師匠の葬儀に出席するべく故郷のサン・マルシアルに帰る。師匠の未亡人マルティヌの家に数日泊めてもらう。しかし、不可思議な失踪事件や、攻撃的な隣人や、意図の不明な司祭の存在により、彼の滞在は予期せぬ事態を迎える」
 
ああ、めちゃくちゃ面白そうじゃないか…。
 
〇『C’est Pas Moi』レオス・カラックス監督/フランス
な、なんと、レオス・カラックスの新作が、コンペでもアウト・オブ・コンペでもなく、「カンヌ・プレミア」!どうして!?と一瞬嘆きたくなりますが、どうやら本作の上映尺は40分で、ジャンルは「フリーフォーム」(笑)らしい。ジャンルはともかく、40分でコンペは無いわけで、となるとこの「カンヌ・プレミア」部門も悪くないというか、存在価値が見えてくるというものですね。ちなみにタイトルの意味は、「It’s not me」。

"C’est Pas Moi" Copyright Jean-Baptiste Lhomeau

「結局は開催されることは無かった展示会において、ポンピドゥー美術館はレオス・カラックスに尋ねた。『レオス・カラックスさん、いまはどこまで進んでいますか?』彼は返事を試みた。たくさんの疑問とともに。彼について。彼の作品について。分からない。しかし、分かっていたら、こう答えていたはずだ…」
 
というのがシノプシス。かなり実験的な内容なのでしょう。主演は、ドゥニ・ラヴァン。刮目しましょう。
 
〇『Everybody Loves Touda』ナビル・アユシュ監督/モロッコ、フランス
アユシュ監督は現在のモロッコを代表する存在のひとりであり、その多数がアカデミー賞のモロッコ代表作品に選ばれています。ストリートの暴力や、パレスチナ難民や、宗教過激派や、娼婦たちなど、アユシュ監督の取り上げる主題は様々ですが、常にアクチュアルな現象に向いている。日本公開も果たした『青いカフタンの仕立て屋』(22/マリヤム・トゥザニ監督)ではプロデューサーのひとりに名を連ねていますね。近年の監督作としては、カンヌ出品の前作『Casablanca Beats』(21)が、カサブランカのアートセンターで若者にラップを教える青年の姿を通じて、イスラム教の戒律で許されるリリックの範囲や、イスラム圏の女性ラッパーの存在を論じる秀作でした。新作も音楽が柱になるようです。

"Everybody Loves Touda" Copyright Les Films du Nouveau Monde / Ali n'Productions

「トゥーダはチェイカになることを夢見ている。チェイカとは、抵抗や愛や解放についてストレートに歌う、モロッコに代々伝わる伝統的なアーティストのことだ。トゥーダは、田舎の小さなバーで毎夜男性客に見られながら踊っている。自分と息子のより良い未来を思い描くが、手荒く扱われ、屈辱を味わう。トゥーダは村を離れ、光輝くカサブランカへと向かう」
 
いいですね。音とリズムと喧騒が伝わってくるよう。監督の過去の作風から、おそらくは厳しい中にもポジティブな面が伝わってくる作品なのではないかと予想します。
 
〇『The Marching Band』エマニュエル・クルコル監督/フランス
57年生のクルコル監督は演劇の俳優として活動し、2010年代に入って映画演出を手掛けています。脚本家としてもセザール賞にノミネートされていますね。前作『Un Triomphe』(20)がカンヌに選出されていますが、20年のカンヌは実質的に開催されなかったので(「ノミネート作品」は発表された)、今回は仕切り直しのカンヌ参加、という感じでしょうか。

"The Marching Band" Copyright Diaphana Distribution

「チボーは有名なオーケストラ指揮者である。白血病を発症し、骨髄のドナーを探し始める。その過程で自分が養子であることと、北部に実の兄が存在することを知る。その兄は質素な労働者であり、解散寸前の町の楽団でトロンボーンを吹いていた。地域で唯一の工場の閉鎖の際にふたりは出会い、新たな社会的、音楽的、そして兄弟愛の冒険が始まる」
 
カンヌにしては穏やかな、ウェルメイドなドラマのように思えます。個性派揃いのラインアップの中で、清涼剤的作品となるかどうか。
 
〇『Rendez-Vous Avec Pol Pot』リティ・パン監督/カンボジア
リティ・パン監督新作。前作『Everything Will Be OK』(22)はベルリンコンペでした。ジオラマと人形を撮影する独自のスタイルに、僕はいささか退屈してしまったのですが、新作はドラマ。しかもポルポト時代をストレートに描く内容であるようで、これはリティ・パンとしては新展開であり、俄然注目です。

"Rendez-Vous Avec Pol Pot"

「1978年のカンボジア。3人のフランス人のジャーナリストが、クメール・ルージュを率いるポルポトに独占インタビューをするよう招待される。カンボジアは理想的な状態に見えた。しかし、ポチョムキン村の裏ではクメール政権は崩壊しつつあり、ヴェトナムとの戦争は国を危機に陥れていた。ポルポト政権は犯人探しを始め、密かに虐殺の準備を進めた。ジャーナリストたちの眼前で、美しい映像に亀裂が入り、恐怖が露わとなる。彼らの旅は次第に悪夢に転じていく」
 
アメリカのジャーナリストのエリザベス・ベッカーによる著作「When the War Was Over: Cambodia and the Khmer Rouge Revolution」をベースにしているとのこと。主演がイレーヌ・ジャコブとグレゴワール・コランという点も見逃せません。
 
〇『Le Roman de Jim』アルノー・ラリユー&ジャン=マリー・ラリユー監督/フランス
ラリユー兄弟監督新作、嬉しいですね。前作はパンデミック中のフランスをマチュー・アマルリック扮する音楽家がブラブラする痛快作『Tralala』(21)で楽しませてくれましたが、順調に新作が届きました。

"Le Roman de Jim" Copyright Pyramide Distribution

「ジュラ山中の、サン・クロードという町。エメリックは、かつての職場の同僚のフロランスに偶然再会する。彼女は妊娠6ヶ月で、独身であった。やがてジムが生まれ、エメリックは出産に立ち会っている。3人は幸せな年月を送るが、ジムの実の父、クリストフが現れる…。メロドラマの始まりでもあり、父性をめぐるオディッセイの始まりでもある」
 
面白くないわけがないと思うのですが、ぎりぎりコンペに届かなかったのはどうしてか、などの思いを抱きながら臨むことになりそうです。
 
〇『Vivre, Mourir, Renaitre』ガエル・モレル監督/フランス
ガエル・モレルがアンドレ・テシネ監督『野生の葦』に出演して注目されたのが1994年。以後は主に監督として活動を続けています。日本での紹介はとても限られていますが、男性の肉体に焦点を当てるなどクィア映画作家としての面も重視され、東京レズビアン&ゲイ映画祭(現レインボーリール)で上映の実績があります。タイトルの意味は、「生きる、死ぬ、復活する」。

"Vivre, Mourir, Renaitre"

「エマはサミーを愛しているが、サミーはシリルと相愛関係にある。20世紀末のラブストーリーとなるはずだったが、エイズの登場が全てを変えてしまう。最悪の事態を彼らは覚悟するが、それぞれの運命は予期せぬ展開を迎える」
 
出演の一人が、ジャン=ポール・ベルモンドの孫のヴィクトル・ベルモンド。80年代の激しい愛の物語が、現在の文脈でどのように描かれているのか、注目したいです。
 
〇『Maria』ジェシカ・パリュ監督/フランス
パリュ監督は、長編1作目『Revenir』(19)がヴェネチアの第2コンペ「オリゾンティ」に出品され、脚本賞を受賞しています。本作が長編2作目です。ならばヴェネチアのコンペを狙えばいいのにと思ったりもしますが、フランスの若手の映画祭戦略は難しい…。

"Maria" Copyright Haut et Court

「イタリアの有望な若手監督の映画に抜擢された時、マリアはもはや子どもではないが、大人でもなかった。その映画は、アメリカのスター俳優とともにセックスと暴力を描くものだった。彼女は時の存在となり、セレブリティとなるが、栄光にもスキャンダルにもまだ準備は出来ていなかった」
 
なんと、『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)に抜擢されたマリア・シュナイダーを描く伝記映画です。撮影では同意の無いセックス・シーンがあり、シュナイダーはレイプを告発しています。巨匠ベルナルド・ベルトルッチの汚点であり、映画史に暗い影を落とす事件でもあります。その映画化が進行していたことは知りませんでした。ヴェネチア映画祭を避けたのは、そういう事情もある?いや、分かりませんが、俄然必見の1本に急浮上です。
 
マリア・シュナイダー役には、『あのこと』(21)のアナマリア・ヴァルトロメイ。前述の国民映画『Le Comte De Monte Cristo(モンテクリスト伯)』にも出演しており、いまやフランスのトップ女優のひとりと呼んでよさそうです。そして、なんと、マーロン・ブランド役にマット・ディロン。こ、これは見たい…。
 
以上が「カンヌ・プレミア」部門ですが、全てフランス映画だ。そういう部門だったっけ?
 

【スペシャル・スクリーニング部門】
文字通り「特別上映」部門ですが、例年、社会派のドキュメンタリーはこの部門に集まっていることから、僕はカンヌで最重要部門のひとつと位置付けています。
 
〇『La Belle De Gaza』ヨランド・ゾーベルマン監督/フランス
ドキュメンタリーを手掛けるゾーベルマン監督は、超正統派ユダヤ人コミュニティーで激しい性的虐待を受けた過去を持つ男性を描いた前作『M』(18)でロカルノ審査員賞、フランスのセザール賞の最優秀ドキュメンタリー賞など受賞が続き、高い評価を受けています。新作は、ガザ。

"La Belle De Gaza" Copyright Pyramide Distribution

「彼女たちは夜の一瞬の幻影でした。その一人は、ガザからテルアビブに徒歩でやってきたと聞きました。私は頭の中で彼女を『ガザの美女』と呼びました」
 
ガザを逃れてテルアビブに向かったトランス女性たちの姿を描く作品であるようです。彼女たちの危険な旅を通じ、紛争と抑圧の中で自己を肯定しようとする闘いに新たな視点がもたらされる。本作は今年のカンヌの最重要作品の1本となるでしょう。
 
〇『Apprendre』クレール・シモン監督/フランス
僕が映画祭をいま企画するとして、最も特集を組みたい監督のひとりが、ドキュメンタリー作家(フィクションも手掛ける)のクレール・シモン監督です。映画学校を含む各種教育施設に注目したり、自らの病気と向き合ったり、取り上げる題材は自在で、ワイズマンスタイルを採用し、ドキュの王道を歩んでいる割には日本での紹介が少ない監督でもあります。デュラスと最後の愛人ヤンとの会話を再現した『I Want To Talk About Duras』(21)も実に見事でした。

"Apprendre" Copyright Condor Distribution

「教師と子ども達の関係に焦点を当てるドキュメンタリー。献身的な専門家の日常生活を詳しく紹介し、将来の世代を育成するという重要な職業の課題と報酬を描く」
 
仏題は「Learn」という意味で、スチールを見る限りでは、幼児教育に関わる教員に焦点を当てる内容と思われます。これは決して逃したくない1本。
 
〇『The Invasion』セルゲイ・ロズニツァ監督/ウクライナ
ロシアによるウクライナへの本格侵攻以来、一挙手一投足が注目されていると言っても過言ではないセルゲイ・ロズニツァ監督の新作が届きます。ウクライナ情勢において、いかなる切り口をロズニツァが見出し、表現するのか。全世界待望の新作です。

"The Invasion"

「2013年のマイダン革命を描いた『Meiden』から10年、セルゲイ・ロズニツァは、ロシアの侵攻に対するウクライナの闘いを記録することで、ウクライナの年代記を再開した。2年間にわたって撮影された本作は、ウクライナ全土の市民の生活を描き、野蛮な侵略に直面したウクライナの唯一無二の抵抗力の究極の表明である。ロズニツァは、生存権を守る決意を固めた国家を描く」
 
現在のウクライナを描く映画の決定版であることは間違いないでしょう。今カンヌに限らず、2024年最大の注目映画です。
 
〇『Ernest Cole, Lost And Found』ラウール・ペック監督/ハイチ
ラウール・ペックは53年にハイチで生まれ、61年には独裁政権を逃れるためにコンゴに移住、その後ベルリンで勉学を収め、やがてハイチ独裁を映画で描くようになります。コンゴのベルギーからの独立を描いた『ルムンバの叫び』(00)がカンヌでプレミアされて注目を集めたのちに、ハイチの文化大臣に就任していた時期もありました。アメリカの差別と暗殺の歴史を描いた強烈な『私はあなたのニグロではない』(15)は各地で映画賞の受賞が続き、アカデミー賞ノミネートを果たしています。ドキュメンタリーばかりでなく、『マルクス・エンゲルス』(17)ではドラマも手掛け、その実力はとても幅広い。

"Ernest Cole, Lost And Found" Copyright Condor Distribution

新作は、アパルトヘイト下の南アフリカ共和国において、アフリカ初のフリーランス写真家として活躍したアーネスト・コール(1940~1990)の生涯を描く伝記ドキュメンタリー。スチール写真のまなざしが、強く、暖かい。
 
〇『Le Fil』ダニエル・オートゥイユ監督/フランス
名優ダニエル・オートゥイユによる、長編監督4作目です。

"Le Fil" Copyright Julien Panié

「男が妻の殺害容疑で起訴されている。絶望的な状況の中、弁護士は男を守らねばならない。弁護士には別の事情もあった」
 
情報が少ないのですが、刑事事件の有名な弁護士の事件簿を元にした作品のようです。容疑者の男に、出演作を決して逃したくない俳優のひとり、グレゴリー・ガドボワ。弁護士役のオートゥイユとがっぷり四つに組むには最適の配役だ。現実の事件を元にしていることから、現代社会のあり方に切り込む要素が強いのか、こちらも楽しみです。
 
〇『Spectateurs!』アルノー・デプレシャン監督/フランス
デプレシャン監督新作がこんなところに!コンペでないのは、「通常の映画」とは少し異なる面持ちの作品であるからかもしれません。

"Spectateurs!" Copyright CG Cinéma

「映画館に行くとは、どういうことでしょう?
100年以上にもわたり、私たちはなぜ映画館に行くのでしょう。
私は映画館とその魔法を祝福したいと思いました。
同時に、観客が学んで成長する物語に、若きポール・デダリュスの道を重ねてみました。
思い出とフィクションとリサーチを混ぜ合わせました…。
私たちを連れ去るイメージの奔流」
 
デプレシャンによるものと思われるメッセージです。ポール・デダリュスというのは、デプレシャン作品に登場する人物の名前で、デダリュス3部作とも呼ばれたりしますが、マチュー・アマルリックがデプレシャンの分身に扮していることで知られています。とはいえ本作にマチューの名前はクレジットされておらず、少年時代のポールを子役が演じ、映画館の物語に重ねていくのだろうと想像します。
 
フィクションや個人的な想いを交えた、フィルムエッセイ的作品でしょうか。インティメイトな逸品が期待されます。
 
〇『Nasty』テュドー・ジュルジュ監督/ルーマニア
72年生のジュルジュ監督はプロデューサー/監督として20年来のキャリアを重ねています。メジャー映画祭での上映は多くないものの、世界各地の映画祭で受賞歴を誇り、89年の独立革命時の衝突を描いた『Liberate』(23)はサラエボやソフィアといった重要映画祭で紹介され、好評を博しました。新作は、ドキュメンタリー。

"Nasty" 

「1972年はイリ・ナスターゼのキャリアのターニング・ポイントとなった。全米オープンを制し、ウィンブルドンとデビスカップの決勝に進出したのだ。ナスターゼの勝利や、彼を巡る論争、反抗的な態度を描き、テニスの常識に挑み、抵抗の象徴としてのテニスヒーロが与えた影響に迫る」
 
なんと、ルーマニアのスポーツ・ヒーロー、ナスターゼのドキュメンタリーです。ビヨン・ボルグが天下を取る前、確かにナスターゼの時代があったと懐かしく思い出します。彼はとにかく反逆児として知られ、おかげで「ナスティ・ナスターゼ」との異名を取り、それでタイトルがNasty、なのですね。ルーマニアという国が当時置かれていた状況と、ナスターゼの行動は無関係ではないでしょう。そのあたりを掘り下げているドキュであると期待します。
 
〇『Lula』オリヴァー・ストーン監督/アメリカ
またここにも超大物が。『JFK/新証言 知られざる陰謀』(21)などのドキュメンタリーで気を吐き、相変わらず精力的なオリヴァー・ストーン。新作は、タイトル通り、ブラジルのルラ大統領を取り上げたドキュメンタリーです。

ルラ大統領とオリヴァー・ストーン監督(作品の写真ではありません)Lula with Oliver Stone, in 2021 | Photo: Reproduction / Instagram

左派のルラ大統領は貧困対策に実績を上げ、支持率も高いまま退任し、やがて収賄疑惑で収監されたのち、右派のボルソナロ大統領を破って23年に大統領に再選を果たしたことは、記憶に新しいところです。最近ではイスラエルのガザ虐殺を正面から非難する発言も報道され、さらにその動向に注目が集まっています。果たして、オリヴァー・ストーンはどのような切り口で現役のブラジル大統領を描くのか。写真は映画の一場面ではないですが、友好的関係を築いているように見えます。
 
〇『An Unfinished Film』ロウ・イエ監督/中国
ロウ・イエ監督新作。ヴェネチアのコンペでプレミアされた前作『サタデー・フィクション』(19)は、日本公開が23年だったのでつい最近な気がしますが、実は5年振りの新作です。そして新作はこの5年間に何があったのかを描く作品であるようです。

"An Unfinished Film"

「2020年1月。映画のクルーが武漢市の近くのホテルに集まり、10年前に中断した映画に取り掛かろうとしている。しかし予期せぬ事態の発生が映画の準備を妨げ、クルーは部屋に隔離されて小さな画面だけが唯一の外の世界のとの接点となった」
 
パンデミック下を改めて振り返る作品、ということでしょうか。時代の刻印ということで、スペシャル・スクリーニングなのかなと推測します。
 
【スペシャル・スクリーニング部門/ヤング・オーディエンス向け上映】
今年のカンヌはスタジオ・ジブリにオマージュを捧げており、これを機に、「公式部門」全体で6本のアニメーションがプログラミングされています(「監督週間」と「批評家週間」は別カウント)。「コンペ」に1本、「ある視点」に1本、野外上映に2本、そして「ヤング・オーディエンス向け上映」というくくりで「スペシャル・スクリーニング部門」内に下記の2本が入りました。2本とも単なるキッズ向けアニメでないことは明らかなので、このくくりは余計なような気がしますが、少しでも目立たせるためなのかもしれません。
 
〇『Sauvages』クロード・バラス監督/スイス
あの大傑作『ぼくの名前はズッキーニ』(16)のクロード・バラス監督新作!8年振り!ストップモーションアニメは、やはりこれだけ時間がかかるのだよな…。

"Sauvages" Copyright Haut et Court

「ボルネオ島の熱帯雨林の端っこ。ケリアは、父が働くパーム油のプランテーションでオランウータンの赤ちゃんを見つける。ケリアの家には、いとこのセライが身を寄せており、遊牧民であるセライの家は森の伐採会社と揉めていたのだった。オシと名付けた赤ちゃんと、ケリアとセライは、力を合わせてあらゆる障害に立ち向かい、かつてないほどの脅威にさらされている先祖伝来の森の破壊と闘う」
 
もう、間違いないですね。世界中を巡る作品になるでしょう。「ヤング・オーディエンス向け上映」の枠に収まらない作品であることは明らかです。それにしても今年のカンヌはアヌシーから目玉となったであろう作品をことごとく奪っている!あ、ただし、カンヌとアヌシーの両方で上映は可能なので、必ずしも「奪った」ことにはなりませんね。カンヌのアニメのほとんどはアヌシーでも上映されるようです。
 
ちなみに、フランス語の原題のSauvagesは、野生、とか、野蛮人、などの意味。ヘアスタイルの「ソバージュ」の語源であるというのはよく知られていますね。
 
〇『Into The Wonderwoods』ヴァンサン・パロノー&アレクシ・デュコール/フランス
海外アニメーション史上、最重要作品の1本と呼んでも過言ではない『ペルセポリス』(07/同年カンヌコンペで審査員賞受賞)を、原作者のマルジャン・サトラピと共同監督したヴァンサン・パロノー監督新作。いや、もう、なんというライアップでしょう…。今作の共同監督のアレクシ・デュコールは、人気バンド・デシネ「ゾンビレニアム」のアニメ版を監督しており、これはかなりの最強コンビなのでは。

"Into The Wonderwoods" Copyright Je suis bien content

「冒険心に溢れ、動物学に熱中しているアンジェロは、家族とともに、最高にイカしているけど重病の祖母を訪ねるべく車で向かっている。しかし、高速のサービスエリアで家族はアンジェロを忘れて走り去ってしまう。パニクったアンジェロは森を抜けようと決心するが、完全に迷ってしまう…。肥満のホタルから恐ろしい鬼まで、魅力的な生き物たちとの出会いが、彼のユニークな旅を素晴らしい冒険に変えていく」
 
こちらは3Dアニメかな。2016年に出版されたバンド・デシネの劇場用アニメーション化であるようで、脚本はヴァンサン・パロノー監督が単独でクレジットされています。キッズから大人まで楽しめる内容であるように見えますが、バロノー監督が劇場用にいかなる工夫を凝らしているのか、とても楽しみです。
 
 
以上が「その他公式部門」の作品でした。いやあ、もう注目作が多すぎて、めまいがしますね。
 
次回は「監督週間」を予習します!

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