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父のこと

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私の父は、高品格という俳優でした。最初から最後まで、映画・テレビで脇役を演じました。没後30年になりましたので、忘れないうちに、ちょっととぼけたユーモアのあった父とのエピソードを… もっと読む
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記事一覧

父のこと13 日活現代劇について

先日、1966年の日活現代劇の第1回の公演について書いたところ、多くの方が読んでくださり、た…

向後善之
3週間前
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父のこと12 演劇と父

高品格と言えば、「ボクサー上がりのコワモテの悪役」というイメージの映画俳優でした。 でも…

向後善之
3週間前
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父のこと 梶芽衣子さん

梶芽衣子さんが書いた「真実」(文芸春秋社)という本を読みました。 当時トップ女優だった浅…

向後善之
1か月前
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山本迪夫さんのこと

「父のこと」は終わりましたが、番外編として、父が、そして僕自身が大変お世話になった山本迪…

向後善之
1か月前
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父のこと11 信頼する勇気

僕の中で今でもはっきりと覚えている「最初の冒険の記憶」は、小学校に上がる直前のできごとで…

向後善之
1か月前
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父のこと10 マラカスとソンボレロ

結果的に最後となった父との電話からしばらくして、変なことが起こりました。僕は、1週間ほど…

向後善之
1か月前
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父のこと9 旅の行き先

入社以来、僕の勤務地は岡山でした。入社時の面接で、本社の人事課長から「向後くんは、ずっと首都圏だから、そういう人は少しの間、水島製油所に勤務してもらうことになっています」と言われました。僕は、もともと実家を出て一人暮らしをしたいと思っていたので、「少しの間」岡山に行くのは、むしろ願ったりかなったりだったのです。 ところが、結果的に12年岡山の水島製油所に勤務することになりました。当時はプライバシーもなにもなく、僕が高品格の息子だと言うことが社内で知れ渡っていたので、そこから

父のこと8 麻雀放浪記

静脈瘤の手術の後の12年間は、父の役者として絶頂期になりました。NHKの大河ドラマや朝のテレ…

向後善之
1か月前
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父のこと7 父の臨死体験

僕が子供の頃は悪役ばかり演じていた父だったのですが、石原裕次郎さんの映画「夜霧よ今夜もあ…

向後善之
1か月前
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父のこと6 東寺が呼んでいる

小学校時代、僕の学業成績はイマイチでありました。2歳下の弟と同い年のいとこはとても成績が…

向後善之
1か月前
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父のこと5 空回りの中2病と泰然自若

父との外出は、小学校の高学年あたりからあまりしなくなり、中学以降は、滅多になくなりました…

向後善之
1か月前
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父のこと4 ロケ現場と撮影所

僕が子供の頃、家の近所で映画のロケーション撮影があり、父が、その現場に連れて行ってくれま…

向後善之
1か月前
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父のこと3 嵐を呼ぶ男

「嵐を呼ぶ男」 僕が5歳の時のことです。 ある日、父が突然、僕を映画に連れて行くというの…

向後善之
1か月前
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父のこと2 壇ノ浦から銚子まで 

「壇ノ浦から銚子まで」  僕が小学校三年の頃だったと思います。僕は、自分の苗字のことで友達からからかわれていました。「向後」と言う苗字を「後ろ向きだ」とか、囃し立てられたいたのです。 ある日、僕は、日本間で横になってタバコを吹かしている父に、なんで向後と言う苗字なのかと尋ねました。 父は、僕の様子から、何事か察したのかもしれません。僕の問いにはすぐに答えず、ハイライトに火をつけ、気持ちよさげに一服した後、僕にとって一生忘れることがないであろう大切な話を語り始めました。