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『熊夫人の告白』を読んで【読書感想文】

日本でHIVのゲイに関する書籍ってあんまり無いように思います。

アメリカだと「エンジェルス・イン・アメリカ」という有名な戯曲があります。
「エンジェルス・イン・アメリカ」は自分がHIVに感染するよりずっと前に見て、「HIVは怖い」という非常に薄い感想を持った記憶があるのですが、
今見たらまた違った感想になりそうだし、また今度見てみたいなと思っています。

アメリカほど社会的な問題にならなかったことだったり、差別を助長する可能性があるセンシティブな話だったりするので、日本ではあまりそれをテーマに取り上げるものが無かったのかもしれません。
もし、そういった作品をご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけると嬉しいです。

『熊夫人の告白』という本との出会い

noteを始めて、HIVについて改めて色々と考えるようになったのですが、
そういえば日本のゲイでHIV感染者の人が書いている本があったな、と思い出しました。

新宿二丁目に「ルミエール」というゲイ向けの書籍やDVDや雑貨を売っているお店があるのですが、
僕が東京に出てきて間もないころに、そこへゲイ雑誌やエッチなDVDを物色しにいった時に、本棚にひときわ目立つ、ピンク色の枠の中に髭が生えた女装(?)の人が表紙に書かれた本を見つけました。

帯には『エイズウイルス感染を知ってから、むしろ私の人生は自由だ!』とでっかく書いてあって、
まだ自分が将来HIVになるなんて思っていなかった僕は、
「なんだこれは…怖い」と思った記憶があります。

表紙といい、帯の言葉といい、とにかく強烈なインパクトがあったけど、
なんとなく”怖い”感じがして手に取ることはありませんでした。

『熊夫人の告白』を読んで

noteを書き出すようになったから、ふと思い出し、Amazonで調べてみるとkindleで読むことができたので購入してみました。

表紙の印象から、生々しい性的な描写とかがあるのかな、と一抹の不安とたくさんの期待を抱きながら読んでみたのですが、
性的な意味での生々しさは無くて、どちらかというと当時まだ日本でHIV感染者が少なかった頃に、HIV感染を知った時の気持ちだったり、熊夫人の生い立ちやゲイとしての自覚やゲイライフに関する内容が自叙伝的な内容でした。
あと、途中で挟まれる詩は綺麗な描写と悲しみやグロテスクさを感じるような不思議な魅力を感じました。

僕よりも数十年前、今の日本のゲイカルチャーを作ってきた世代の人のお話として面白く読めました。
また本を読んだ後で知ったのですが、著者の長谷川博史さんはHIVの啓発活動などをされている一方で、
有名なゲイ雑誌をいくつも立ち上げた編集者でもあったことを知りました。そして今年2022年3月に享年69歳で亡くなったことも知りました。

BadiやG-men等のゲイ雑誌は僕にゲイの世界のことをたくさん教えてくれた存在であり、本当にお世話になりました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

気づき

長谷川博史さんは、HIV予防啓発の一環としてベアリーヌ・ド・ピンクという名前で女装してゲイイベントに出演して詩を朗読されていたそうです。
その活動をする理由について以下のように書かれていました。

(略)これをエイズの文脈に当てはめるならば「コンドームがエイズの予防には有効です」とか「エイズに対する偏見・差別をなくしましょう」という官製メッセージがそれに近いのかもしれない。こんなモンで予防が出来ればとっくにこの世の中からHIVの問題は消えているはずだよね。最近の疫学研究の中で「知識だけでは性行動をより安全なものに変容させることができない」ことがさかんに言われ始めた。それは当然のことで、身体感覚として実感できない「コトバ」で誰がHIVやエイズの現実に思いを巡らせ、自分の習慣や考えを変えることができる?

熊夫人の告白,長谷川博史 (著), ベアリーヌ・ド・ピンク(著)

これを読んで、共感するとともに、自分の行動の辻褄の合わなさに合点がいく気がしました。
僕はHIV感染予防に関する知識は持っていたけど、不十分な予防しかできなくて、結局感染してしまいました。
以前の僕は、たぶんHIVのことを身体感覚として実感できていなかったんだろうと思います。
『エンジェルス・イン・アメリカ』を見ても「HIV怖い」という程度の感想しか抱かなかったり、『熊夫人の告白』を見ても「怖い」という印象で手に取らなかったり、HIV関連の問題について直視して、実感するのが怖くて避けてきたからこそ、しっかりと行動を変容することができなかったのではないかと思いました。

また、2016年の長谷川博史さんの記事では、糖尿病を患ったが透析センターがなかなか見つからなかったという苦労を話されていました。
このあたりの問題は、まだ解決されていなくて、今でもHIV感染者の透析を受け付けてくれる病院は少ないと聞きます。
それ以外の病気でもHIVであることで治療のハードルが上がることもあるように思います。
しかし、こういった方が問題提起をしてくださることで、世の中が良い方向に行くわけで、僕らは上の世代の方が作ってくれた道があるからこそ、
今のような暮らしを出来ているのだな、と実感しました。

僕は実名を出して公表するほどの勇気はありませんし、多くの人に発信できる力もありませんが、
少しでも、何か皆さんの役に立つものを発信できたらな、と思いました。

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