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#19 ヨッシャマンと15日間の冒険


前回のあらすじ。
は、前回を読んでいただけると分かります。


さて。
禁断の書を手に入れた私は、これまで表に出ることのなかった大いなる秘密を知ってしまったのである。
17年も前の話だ。
当時の私はまだうら若き30代前半で、大して鋭くもない直感を頼りにアクセルを踏んでしまうような青年だった。
ただ「面白そう!」というだけの理由で不食へと駆り立てられてしまったのだ。
しかし、ある意味ではこれほどお手軽な冒険はないだろう。
何しろ、ただ「食べない」というだけなのだから。
お金もかからない。どころか、食費が浮いて節約になるという奇跡的な冒険である。

タイトル通り、これは2週間の冒険譚だ。
例えばこれが断食だったならば、すごい!と言われるだろう。
しかし、不食となると鼻で笑われる。うまくすると、へそで茶を沸かすという特殊能力さえ拝めるかもしれない。
もし私が「2週間の禁酒に成功しました!」と胸を張ったところで、
「は?だから?」と冷たい目で見られるだけだ。そのレベルの成果ではあるのだけれど、それでもダイナミックな2週間だったことは間違いない。

鷹師匠は、不食は段階的に進んでいくのがよい、と言っておられる。
が、私は血気盛んな冒険者。早く結果を出したくていきなり全力で走り出した。初心者とは、概してそういうものである。
ルールは簡単。口にして良いのは水と素敵な言葉だけ。
未知なる挑戦に心は踊るばかりで、おそらく断食者が遭遇するであろう「苦痛」は一切なかったように記憶している。
その時には詳細な記録をつけていたのだけれど、何しろ生まれた子供が高2になるくらいの昔である。さすがにメモは出てこないだろう。
記憶の限りで書いていく。

空腹が苦しいという感覚はなかった。
むしろ、空腹感が気持ち良くなってくる。
もしこれが、健康のための断食だったらそうは思えなかったのかもしれない。
あるいは苦行と思って取り組んでいたら、苦行だったであろう。
けれど、私の頭にあったのは、
「一体どんな変化が起こるのだろう」というワクワクと、
「あわよくば超人的な能力を手に入れたい」という野望であった。

食べないと便が出ないと思われるかもしれないが、ちゃんと出る。驚いたのは、不食数日目に植物みたいな色のうんこがでた事。歌わないリトルグリーンモンスターだ。

もちろん、体重は減る。
ただでさえ気を抜くとすぐに目減りしてしまう私が何も食べないのだから、それはもう坂道を転がるどころか、バンジージャンプなみの直下降だ。
42キロになった。
計算上の理想体重は58キロ。
その辺の女子より軽い。当然新記録。悪い方の。
しかし不思議なのは体調は万全であるということだ。体が軽いのはもちろんだけど、スタミナもあるし、むしろいつも以上に仕事がこなせる。
一番は頭がスッキリしていること。思考がクリアというか、多分これが聡明というやつなのだろう。
睡眠も少なくてすむし、寝起きも良い。
良いことだらけにように思えるが、いよいよこの後、最大のミステリーが起きる。

続きは次回に。

とは言わない。
なんと、42キロまで落ちた体重が、まるでストップ安の株価みたいにそれ以下になることなく横並びに推移したのである。
そして反転。
不必要なものはそぎ落とし、新しく再構築でもするみたいに。
信じられるだろうか?
体重が増え始めたのだ。
重ねて言っておくが、私は一貫して水しか飲んでいないにも関わらず、だ。

これはどう説明をつければいいのだろうか。
例えば、牛は入れ替わった古い細胞を、再びタンパク源として吸収するらしい。
同じほ乳類なのだから、そういう機能が目覚めてもおかしくないのかもしれない。
ミクロの視点で考えれば、人間の体も空気も、成分的には大して違いはない。空気中から栄養を取り入れた、という事なのかもしれない。空気太りなどという言葉もあるし。
仙人がかすみを食べるという話もある。
あるいは光合成?
なんか宇宙エネルギー的なものを取り込んだ?
一周回ってただの水太りなのか?

いよいよ面白くなってきたぞ!

そんな矢先だった。


「お願いだから、もうやめて」


当時付き合っていた彼女に懇願されてしまった。

いいところだったのに……と正直がっかりしたし、ここまでやったのにもったいない、と悔しくもあった。お金を突っ込みすぎて後には引けないギャンブラーみたいに。

しかし、悲しいかな私は女性の言葉には逆らえないのである。
こうして私の冒険は、ドクターストップならぬカノジョストップにて強制終了したのであった。


それでも、私はいつかリベンジしたいと思っていた。
誰も邪魔の入らない環境で。
老後は山にこもる予定でいたので、その時になら出きるな、と薄らぼんやり考えていた。
今度は40日は少なくともやりたい。
キリストが荒野で断食したのと同じだけはやってみたかったのだ。偉人と肩を並べるなんてなかなかないことだ。
とにかく、奥さんも子供も恋人もいない状況になったら………

あれ?


この間振られたんじゃなかったっけ?


今できるじゃん!


口うるさいのはネコぐらいである。
なんで思い付かなかったのだろう。
そんな経緯があって、私は再び鷹師匠の本を読み返した。
発行日を見てみたら、ちょうど20年前の本だった。なんとなく、キリがいい。

「機は熟した」
そう言われたような気がした。
穏やかな日常を過ごすのは良いことだと思う。断じて悪くない。
しかし、私が求めているのは冒険だった。それを思い出した。
だからと言って、今すぐ秘境に探検にいく必要はない。
それは、日常にいくらでもあるからだ。
ただ胸の内ポケットに「冒険心」を忍ばせておくだけで。

冒険の女神が私を呼んでいる。
あるいは勘違いかもしれないけれど、そういう事にしておく。
それが人だろうが、天使だろうが、女神だろうが、悲しいかな私は素敵な女性の言葉には逆らえないのだから。




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