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「キリンの首は、星を喰むための――」(第102回聖翔祭 #2)

劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライトまで見終えての二次創作です。
自分が次の駅に進むために作りました。

卒業から1年、初めて再会する西條クロディーヌと新国立組のお話です。主にむすっとする天堂真矢を取り巻く物語です。
一部フランス語で書いていますが、フランス語は全く勉強したことがなかったため、誤った文章・訳があれば御指摘ください。以下本編です。



 卒業して最初にいわゆる「主役」を張ったのはクロ子ということになる。
「チャントリーマァムのCMだけどね。」
 聖翔の頃から再出演のオファーが来てたのを学業に専念したいとずっと断っていたのに卒業したとたんフランスに行ったもんだから、FUJITA製菓の営業さんも意地になって去年の夏、卒業して半年も経たずにクロ子のバイト先へ押しかけてきたらしい。
 その撮影がようやくできたのがこの三月で、それでもおととい来日してきょうの夜に羽田を発つという強行スケジュール。
「ついさっきまで撮影だったんだろ。そんな弾丸でCMって撮れんのか。」
「CMだとこんなものよ。むしろ時間はとってもらった方かも。」
 そんななので、こうやって会って話せるのもあたしたち新国立組だけになった。
 稽古場から歩いてこれる銀座の端っこの喫茶店でクロ子とは落ち合った。
「むしろ悪いわね。せっかくの空き時間なのに私の都合で。」
「ううん、クロちゃんに会ったってみんなに自慢できるよ。」
 隣でまひるがホットのレモンティーに口をつけた流れでそう答える。お世辞抜きで嬉しそうなのがよくわかる。
 それを見るクロ子も嬉しげではあるけど、相変わらずの落ち着き払った雰囲気で――なんならそのままCMの衣装なんじゃないかというかっこいい私服に、嘘みたいに大人びた空気をまとっていて――その感情を裡にしまい込んでいる感じがある。別にそんな控えめにすることないのに。
「ま、先に主役の座を射止めたわけだし、天堂真矢には挨拶の一つくらいしとかないと、バチが当たるかもってね。」
 コーヒーカップを手に取るクロ子が、流し目であたしの右側、天堂の方を見やる。久々のクロ子のこの感じについ苦笑しつつ、天堂も多少は悔しそうな表情を浮かべてるのかと思って振り向いたが、違った。
 怒ってる? いや、不満そう?
 クロ子に視線を戻すと、こっちはこっちで意表をつかれたって顔をしてる。まひるも同じく。
 ――こんなので不機嫌に、ってかこんな感情の出し方する奴だったか?
 そう思いながら振り返ったら、既にもうさっきの感情が姿を消していた。
「西條さんには、ライバルとして更に高みへ上っていただかないといけませんから。」
 すっかりいつもの天堂だ。前に置かれている食べかけのダブルのスフレパンケーキが似合って見えるようになっていた。
 クロ子がふうとため息をつく。
「あんた、そんな余裕そうなのはいいけど、さすがにそのケーキは何なの?」
 天堂はちょうど、めいっぱい口を開けてようやく、ってサイズの一切れを口に運ぼうとしていた。
「いけませんか?」
「いけないっていうか、これからまたレッスンなんでしょ?」
 あっ、とまひるが間に入る。
「今日はもう終わりなの。この後は自主練で。」
 確かに稽古用のスウェットの上にとりあえず有り物を羽織ってきた格好では、稽古の合間を抜けてきましたと言ってるようなもんだ。
「天堂のフランス語講座の時間、だよな!」
 調子良く天堂に振ってみると、天堂はいつもの様子で「ええ」と微笑んで頷く。
「若手のお披露目公演があって、その原典がフランス語だから――」
「聞いたわ。Ionescoでしょ? "La Leçon"、あれでよく講師なんてやるわね。」
「これもまた、見方によっては主役の座です。」
「そんなこと言って。それの教材、大半は私がネタ元じゃない。」
「そうだったんだ! え、じゃあさ、あれも?」
 まひるが少し身を乗り出す。どことなく力の入った様子に、ピンと来る。
「『キリンの首は、星を喰むための――』」
 クロ子も合点がいった様子で小さく吹き出して、軽く頷いてみせた。
「びっくりした?」
「するよー! しかも真矢ちゃんの口から出てきたら……」
「またオーディションか、ってちょっと思ったよなあ。」
 天堂の講座では、色々なテキストを持ち寄ってそれを訳して勉強している。ある日、そのテキストとして天堂が持ち出してきたのが、アラン・ボスケの、あの詩だった。

  La trompe de l'éléphant, 象の鼻は、
  C'est pour ramasser les pistaches : ピスタチオを拾うためのもの。
  Pas besoin de se baisser. しゃがまなくていい。

  Le cou de la girafe, キリンの首は、
  C'est pour brouter les astres : 星を喰むためのもの。
  Pas besoin de voler. 飛ばなくていい。

 それから、カメレオンの皮膚と亀の甲羅について述べた後、こう締めくくられる。

  Le poème du poète, 詩人の言葉は、
  C'est pour dire tout cela 幾千ものあらゆることを
  Et mille et mille et mille autres choses : 語るためのもの。
  Pas besoin de comprendre. わからなくていい。


「あいつの口癖って案外、こういうのから来てんのかね。」
 同じような表現は世界中を探せばいくらでもあるんだろうけど、初めて読んだ瞬間は、あのキリンの声と面構えがついよぎってしまった。
「この詩、フランスだと小学校で教材にしてるくらい有名なのよ。出てくる動物を変えて、自分なりの『なくていい』を考えてみましょう、ってね。」
「そういうの、ちょっと面白そうだな。」
 そう言って、あたしが手元のカップを手に取って、クロ子もまたコーヒーに口を付けたところで、天堂が不意に言った。
「La membre de la star, c'est étinceler sur scène : pas besoin de……」
 耳にした者を惹きつける朗々とした語り口。けどそれとは対照的に、天堂はクロ子の方に首を向け、妙に鋭い目でその姿をとらえてる。いや、鋭いっていうか、じとっと半目で見上げてくるような感じ。ナイフとフォークを握り続けてる両手だけが、二人とその周りの空間とをつなぎ留めている。
 言葉の意味が上手くとり切れずにいると、また急に天堂が、今度はなんだか芝居がかった調子の声色で続けていった。さっきの半目が見上げる形なら、今は見下げる形だ。
「Oups, dans ce cas-là, ce n'est pas "pas", mais "t'as".」
 ヒアリングが間に合わなくてパスパスタスタス言ってる音しか聞き取れなかった。
 すると今度は、向かいから耳に馴染みのある言葉が飛んでくる。
「……Méchante va.」
 そう言い放つクロ子の顔も、どことなくあの時みたいに赤くなって……
 え、なんで?
「だいたい、FUJITAの人にカフェの場所教えたの、アンタでしょ。」
 えっ。そうなの。
「ええ。日本でクロディーヌが見られる機会をなくすなんて。私にはできませんから。」
「……それならせめてアンタ自身も来たらどうなのよ?」
「Ah, c'est étinceler sur scène : pas besoin de――」
「TU AS besoin de……N'est-ce pas!?」
 というような二人だけの会話が更に十五分ほど続き、結局クロ子はコーヒーを飲み終える暇もなく(天堂はパンケーキをしっかり食べ切って)時間切れとなった。帰り際にはほとんど天堂を引き剥がすような形で、一年ぶりのクロ子との再会は幕を閉じた。


 新国立の稽古場に帰る頃には真矢ちゃんはいつもの様子に戻っていて、それが私と双葉ちゃんにはなおさら困惑の種でした。だから、フランス語講座の後に話をしようと思ってたのだけど、終わった途端一目散に飛び出して行ってしまって。
 なので、これから双葉ちゃんとフランス語の補習、というか復習です。
「まひる先生、よろしくお願いします。」
「お願いします。」
 さすがにこんなことに稽古場を使うわけにはいかないので、エレベーターホールのそば、自動販売機に併設されたベンチに二人並んで腰かける。
 さて、まずは真矢ちゃんたちが喫茶店で話していた内容を思い出します。
「あれって、あのキリンの詩のもじりなんだろ。」
 きっかけとなったあの真矢ちゃんの呟き。例の詩の形式に入れ込むとこんな感じ。

  La membre de le star, スタァの肢体は、
  C'est étinceler sur scène : 舞台できらめくためのもの。
  Pas besoin de…… ……なくていい。

 キリンが喰む「星」の"astre"は「天体」と訳すのがより正確だと、真矢ちゃんの講座で教わった。キリンの長い首が目指す先といったら、確かに実際に夜空に浮かぶ「星」です。
 それに対してここに出てくる"star"は、いわゆる舞台の上の、文字どおりの「スタァ」。
「うーん、訳せはしたけど、結局その" pas besoin de"の続きがないと意味がわかんないよなあ。その次のパスパスタスタスっての、聞き取れた?」
「自信はないけど、それの後にクロちゃん、言ってたでしょ?」
 ――"TU AS besoin de"
「あっ。天堂の講座でやったな。"tu as"を略して"tas"って。」
「うん。ちょうど"you are"が"you're"になるみたいに。それがたぶん対になってて……」

  Ce n'est pas "pas", mais "t'as".   "pas"ではなく、"t'as"です。

「これって、あの詩の"pas"を"t'as"に置き換えろってことか?」
「じゃないかな。置き換えて訳してみると、」

  T'as besoin de……  あなたには、……が必要だ。

「んー、だからその"besoin de"の先がわからないとなあ……」
 と、双葉ちゃんは口をとんがらせている。そう思うのは私も同じ。
 けど同時に、私はここまでで良いのかもしれないと思っている。
 なぜ真矢ちゃんもクロちゃんもその先を言わなかったのかというと、言えなかったんだろう。特に真矢ちゃんは今なお、ほかの人の世界に不用意に自分が入り込むことも、またその逆も、良しとしていない。(聖翔の頃ならフランス語で言われたらわからなかったけど、今の私たちならわかってしまう。)
 それは、言うなれば、

  Le bavardage du duo, 二人の言葉は、
  C'est pour dire d'eux 二人のあらゆることを
  Et mille et mille et mille autres choses : 語るためのもの。
  Pas besoin de comprendre. わからなくていい。

 という感じだろう。それは別に、真矢ちゃんに限ったことでもない。
 この間双葉ちゃんが、運転の練習といって京都からバイクを走らせてきた香子ちゃんと会ってした話もそうだったり、あるいは、最後の聖翔祭の打ち上げが終わって星光館に帰る道すがら、二人っきりになった私と華恋ちゃんがした話がそうだったり。
 ……ということで、きっと解決しない話だから、
「よしっ、双葉ちゃん。明日の朝、真矢ちゃんに突撃してみよう!」
「突撃って、何する気だよ。」
「あんな調子のままでいたら心配だから、話を聞いてみるの。」
「そりゃいいけど、けどだったら今から乗り込むっていうのもありか。」
 自動販売機の隣の掛け時計は午後八時を指そうとしている。
「あー、でもこんな時間だとさすがに申し訳ないよ。」
 というのは、半分ホントで半分ウソ。真矢ちゃんが飛び出して向かった先はきっと羽田だろうから今夜はたぶん会えない。
 それに、話を聞くというよりはお願いをしに行く。せっかく久々に会えたのに二人の言い合いで時間がとれなかったから、また話せる場をセットしてほしい、というもの。
 双葉ちゃんのこだわりようを見せながら伝えたら、真矢ちゃんとクロちゃんなら、この解決しない話をいったん落ち着かせる段取りを上手いこと作ってくれるでしょう。
双葉ちゃんも私の提案にしぶしぶながらOKしてくれたので、その日はこれで無事お開きとなりました。


 さてさて、そうは言ったものの、双葉ちゃんのわかりたい気持ちはよくわかります。
 それでいうと、人に説明できるほど上手く整理できてないけど、あの時の二人の様子を思い出しながらさっきの訳を反芻すると、なんとなく見えてくる景色がある。
 今日のお昼のクロちゃんは、CM撮影という仕事の後だったからかもしれないけど、演者としての「西條クロディーヌ」というよそ行きのカバーをまだ身にまとっている雰囲気があった気がする。それこそせっかく久々に会えた真矢ちゃんとしては良い気はしなかったのかもしれない。
 だから、あのフレーズは、ちょっとした意地悪だったのではないか。
 ――「それ」は、スタァには必要ないですが、貴女には、、、、必要ではないのですか?
 そして、幸か不幸か、ちゃんと「それ」が何かはクロちゃんにも伝わっていたらしい。

 では、「それ」と何なのか。
 わからないけど、わかる気はします。例えばヒントは、クロちゃんのあの恥ずかしがっていた表情。
 けど、きちんとわかろうとすると、きっとうひゃーとなってしまう直感があるのでうかつに近づけません。

 さすがにもう、とっさに振りかぶっていい歳じゃなくなりました。



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