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「ウイグル法廷」~誰も殺さないジェノサイドとは?~

 昨年の12月に新疆の人権侵害に関して、ウイグル法廷[1]が話題になった。例えば産経新聞の記事[2]のタイトルは「英民衆法廷、ウイグル人権侵害をジェノサイドと認定 習氏も追及」である。この話題に多くの右派がやはりかと盛り上がったのだけど、彼らはタイトルしか読まないので、その具体的な内容を知らない。例えば判決文[3]には「大量殺戮の証拠は無い」といきなり出てくる。結局はまたいつものこじつけであって、本noteではその無理筋な判決を解説していく。
 また、判決にはポイントである習近平の関与について大きく取り上げられていないが、ZenzのXinjiang Paperで取り上げられており、判決の解説の後に説明を行う。

【判決のまとめ】

ウイグル法廷とは

 ウイグル法廷は新疆での人権侵害の疑いを調査する英ロンドンの非政府組織であり、弁護士や人権専門家計9人から構成され、亡命ウイグル人の主要団体「世界ウイグル会議(WUC)」の要請を受けて設立された[5]。
 ウイグル法廷は民間組織であるので、いかにも権威の有りそうな名前であるが、その判決に何の拘束力も無い。また、資料提出も強制力は無く要請するしかないが、各国政府の協力は得られていない様である。
 では何に基づいて判決を行ったかといえば、おなじみのAdrian Zenz、「Uyghurs for Sale」の著者であるASPIのNathan Ruser、強制収容所等での経験を証言するMihrigul Tursun、Zumret Dawut、Qelbinur Sidikらの報告書、証言などである。

判決内容

判決は大きく3つの項目について述べられている。
拷問:
 中国に起因するウイグル人の拷問は合理的な疑いを超えて立証される
人道に対する罪:
 中国に起因する人道に対する罪は、以下の行為によって合理的な疑いを超えて立証される:
・強制送還または強制移送 
・投獄またはその他の厳しい身体の自由の剥奪
・拷問、レイプおよびその他の性的暴力
・強制不妊手術、迫害、強制失踪、およびその他の非人道的な行為
ジェノサイド:
 中国が新疆ウイグルの重要な部分を破壊する目的で出産制限措置を行った事はジェノサイドと認定する。但し、大量殺戮の証拠は無く、今後産まれてくる筈の将来の子供が産まれないという意味である。また、これは通常の産児制限と何が違うのかという疑問が有るかも知れないが、この様なジェノサイドが予測される時は即時対応する事が肝要である。

以上、特にジェノサイドに関して、産経新聞の記事のタイトルから受ける印象と全く違う判決であることが分かる。また、この言い訳がましい判決に呆れるだろう。

【判決の詳細】

 ここからは、上記の判決に至った検討過程を、以下の判決構成に従って解説していく。

【判決の構成】

  1. 公聴会などで得られた証拠の解説

  2. 大量殺戮は証明できなくてもジェノサイドは成立する根拠

  3. 法廷に提出された資料の検証 ~目撃情報~

  4. 法廷に提出された資料の検証 ~報告書~

  5. 法廷に提供されなかった資料

  6. ジェノサイドの定義

  7. 国家としての関与は有ったのか ~新疆文書~

  8. 国家としての関与は有ったのか ~産児制限~

  9. 判決 ~拷問~

  10. 判決 ~人道に対する罪~

  11. 判決 ~ジェノサイド~

  12. ジェノサイド関する判決について

【各項目の解説】

1.公聴会などで得られた証拠の解説
 冒頭で21年の6月、9月に行われた公聴会での証言を法廷は受け入れるとして、いくつかの事例が列挙されている。

  • 数十万人のウイグル人(推定100万人以上)が、中国当局に拘束され、非情な残虐行為、卑劣行為、非人道的行為に晒されてきた。

  • 束された人々の多くは、理由もなく、爪を引き剥がす、棒で叩く、足と手を何時間も何日も休みなく固定し拘束するなどの方法で拷問を受けています。

  • 拘束された人々の多くは、足元に重い金属の重りを付けられ、時には足と手がつながった状態で、何ヶ月も動けなくされました。

  • 拘束された女性-そして男性-はレイプされ、極度の性的暴力にさらされている。ある20~21歳の若い女性は、100人の観客が見ている前で警官に集団レイプされた。

  • 女性被拘束者は、電気ショック棒や鉄棒で膣や直腸を貫かれたことがある。

  • 被拘禁者の食事は、生命を維持するのにかろうじて十分

  • 被収容者は、恒久的に暗いまたは恒久的に明るい独房に閉じ込められた。

 しかしながら、先述の通り証言者は「お馴染みの役者」であり、この証言を素直に信じる訳にはいかない。と言うのは、これらの証言は以前からされている証言と変わらず裏付けの客観的な証拠は無く、また中国が証言者の家族から得た証言は嘘だという反論にも答えられていない為である(詳細は過去にまとめたnote参照[5])。

2.大量殺戮は証明できなくてもジェノサイドは成立する根拠
 上記のように拘束や暴力等については証拠が有るとしながら、命を奪うというレベルの大量殺戮の証拠は無いという記述が出てくる(fig. 1)。産経はジェノサイドを認定と記事のタイトルで書き、多くの人はジェノサイドの一般的イメージである大量殺戮をイメージしたであろう。しかし、判決はこの後、新疆で起こっている事はナチのホロコーストと違い、拘束された人たちは社会に復帰していると続く。そして、法律上のジェノサイドは誰も殺さずに終わる行為によって法律上成立すると説明する。この時点で普通の感覚の人ならば、この判決の妥当性に疑問を持つのでは無いだろうか。因みに、この部分の産経の記事は(fig. 2)の通りであり、この記述から逃げている。

fig.1 大量虐殺の証拠は無い
fig2.産経の記事

3.法廷に提出された資料の検証 ~目撃情報~
 判決はここからはなぜか話が飛んで、資料の解釈に移る。最初は目撃情報が列挙される。一部の事例を以下に示す。

  • 抑留者は、女性の生殖機能に影響を与える薬や、場合によっては男性の生殖機能に影響を与える薬、あるいはその他の精神に影響を与える未公表の薬を口や注射で摂取することを強制されました。

  • 被拘禁者は、明らかにされていない理由で、血液サンプルの提供を強制され、その他の医学的検査を受けました。

  • 妊婦は、拘置所内でも外でも、妊娠の最終段階であっても中絶を強要されました。中絶を試みる過程で、赤ちゃんが産まれた後に殺されることもありました。

  • 組織的な出産抑制策が確立され、女性は自分の意思に反して子宮を摘出され、外科的手段によってのみ除去可能なIUDによって効果的な不妊手術を受けることを余儀なくされた。

4.法廷に提出された資料の検証 ~報告書~
 同様に法廷に提出された報告書の解説が続く。

  • 「新疆ウイグル自治区のウイグル人に対する人道に対する罪と大量虐殺に対する国際刑事責任」
    (The Essex Court Chambers Opinion)
    中国からの制裁を受け、削除した模様

  • 「ウイグル人虐殺-1948年ジェノサイド条約に対する中国の違反の検証」(ニューラインズ報告書)[6]
    ジェノサイドの定義を示しつつ、中国の少数民族に対する産児制限厳格化は集団を破壊する意図が有るとしている。また、大量殺害の報告があるとしながら、根拠は証言のようである。

  • 「Like we were Enemies in a War」
    (アムネスティ・インターナショナル報告書)[7]
    人道に対する罪があったかもしれないと示唆しているが、本文では大量虐殺については何の見解も示していない。

  • 「The Architecture of Repression Unpacking Xinjiang's governance」
    (the ASPI Report)[8]
    新疆政策に対する中国政府の構造について論じている様に見えるが、時間不足のため深堀りは出来ていない。

  • 「Yael Grauer Intercept Report: Massive chinese police database」[9]
    拘束や拷問についての証言集で、検証を行っている訳ではない。そして、情報の出所は新疆公安局等からのハッキングによるものとの事で、新疆の人権侵害を批判する側の情報入手手段に疑問を感じてしまう。

  • 「To Make Us Slowly Disappeared」[10]
    (ホロコースト記念館報告書)
    中国政府の新疆に関する人道に対する罪を記載しているが、出典はZenzやASPIである。また、大量殺戮は無いとしつつ、そのリスクを定量化しており、大量殺戮が始まる可能性は 3%との事(fig.3)。また、その要因は人口の多さ、男性の移動の自由の欠如、そして大量殺戮の歴史との事だが、この分析は検証されているのだろうか。

  • ‘Absolutely No Mercy’: Leaked Files Expose How China Organized Mass Detentions of Muslims
    (ニューヨーク・タイムス)[11]
    新疆政策に関する中国政府の400ページ以上に亘る内部資料のリーク。

  • The Karakax List: Dissecting the Anatomy of Beijing’s Internment Drive in Xinjiang
    ( Adrian Zenz)[12]
    これもリークに基づくZenzの資料であり、再教育施設に送られた生徒で海外に行きKarakaxに戻っていない者の家族に送られたリストを基に、多くの人が強制収容所に収容されているとした資料。この生徒たちは再教育センターに行ってはいないとして中国政府に否定されている。

  • Xingjiang Paper (Adrian Zenz)[13]
    概ねThe New York Timesの資料と同じだが、Zenzの元に資料が預けられ分析された。詳細は後半にて解説する。

fig.3 大量殺戮リスク

5.法廷に提供されなかった資料
 本法廷は資料提供を強制する権限は無い事から、各方面に要請を出しているが悲しい状況になっている。

  • 米国、英国、日本政府、中国政府に対して具体的な情報提供の要請を行ったが、いずれも応じていない。

  • ポンペオ前国務長官の中国による大量虐殺の主張を採用したブリンケン国務長官に対し、その主張を裏付ける証拠と根拠を求める要請。要請を正式に認めることはなく、非公式に否定。

6.ジェノサイドの定義
 大量虐殺の証拠が無いのにジェノサイドが成立する根拠の説明が改めてここから始まる。まずは学者の見解から。

  • 一般的に、ジェノサイドは必ずしも国家の即時的な破壊を意味しない

  • ジェノサイドとは、他の人々によって相当な集団やカテゴリーが組織的に迫害され、破壊される過程と見なすことができる

  • ドイツ国家社会主義者によるユダヤ人殺害の場合、彼らの反ユダヤ主義がユダヤ人を殺すべきだという決定に至るまでには7年以上掛かった

兆しが有ればジェノサイドと認定できるという論理である。そして、その条件として

  • 拷問には証拠が必要である

  • 人道に対する罪については、以下の証明が要求される
    市民集団に向けられた広範な又は組織的な攻撃の一環として行われる特定の犯罪又は禁止行為の実行

  • ジェノサイドのためには、以下の証明が必要である
    保護される集団の全部又は一部を破壊する意図をもって行われた一定の禁止行為。

  • ジェノサイドの基礎となる禁止行為は以下
    (それぞれ意図的であることが要求される)
    - 集団内の構成員を殺害すること。
    - その集団の構成員に身体的又は精神的に重大な損害を与えること。
    - 集団に対して物理的破壊をもたらす生活条件を意図的に与えること。
    - 集団内での出産を阻止することを意図した措置を課すこと。
    - その集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
    - これらの内、殺害・損害・児童の移送は証明が必要
    - 破壊をもたらす生活条件・出産制限は証明不要

7.国家としての関与は有ったのか ~新疆文書~
 判決では新疆における産児制限、不妊手術、強制労働の移転、モスクの破壊、集団抑留などの政策はインフラおよび人員の面で多大なコストが必要であった事から、中国政府の最高レベルで計画が認可され、政府の各層によって実行が命じられたのでなければ、この広大な国家抑圧装置は存在し得ないと結論付けている。そして、この判決を補強していると説明されるのがAdrian Zenzの「Xinjiang Paper」である(後述)。

8.国家としての関与は有ったのか ~産児制限~
 話題は新疆の人口に移る。資料提供者がお馴染みのメンバーのせいもあり特に目新しい話は出てこないが、2017年以降中国政府の政策が激化したとある。お約束の強制避妊と、そこで使われる出生率、IUD装着数等の数値を見ると出典はZenz氏の論文のように見えるが、この論文は中国の学者に論破されており([14])、判決に用いることの妥当性に疑問を感じる。
 そして、ポイントは2017年に有った少数民族に対する漢族並みの産児制限の適用の事実を一切書かない事である。死亡率低下に伴う人口増加により大々的な産児制限行われ、出生率が低下するのは当たり前であるのに、判決では「2017年、政府が地域全体のキャンペーンに乗り出すと政策は激化し」というネガティブな記述であり、事実に不誠実である。
  この国家政策による出生率低下に関しZenz氏は、「2040年までに生存していたであろうウイグル人の人口が260万人から460万人、20~34%減少すると控えめに推定する」とした。即ち、新疆における死亡率低下に伴う人口増対策としての産児制限政策、及び産業振興策の奏功による出生率低下をこの法廷は数百万人のジェノサイドと呼んだという事で、無理やりのこじつけと言うしかない。

9.判決 ~人道に対する罪~
 判決は最後にまとめられている。まずは拷問についてであるが、これは証言と中国はすべてがトップダウンで管理されるという理由で「拷問が行われた事に合理的疑いを超えて納得する」との判決が出ている。
 しかし、証言は先述した通り客観的な裏付けが無い状況であり、この判決は妥当ではないと考える。

10.判決 ~人道に対する罪~
 人道に対する罪は、以下の行為によって合理的な疑いを超えて立証されるとの判決である。
・強制移送 ・投獄 ・拷問 ・性的暴力 ・強制不妊手術 ・迫害等
詳細は以下の通りである。

  • 殺人:拷問、レイプ等による死亡があったが、意図的との証明は出来ない

  • 絶滅:大量殺戮の証拠がないので、絶滅の人道に対する罪は証明されない。

  • 奴隷化:個人に対する所有権の行使の証拠はない。

  • 強制移送:証拠を入手し、合理的疑いを超えて証明される。

  • 監禁:証拠を入手し、合理的疑いを超えて証明される。

  • 拷問:上記の通り、合理的疑いを超えて納得する。

  • 性的暴力;法廷は性的暴力が立証されたことを合理的疑いを超えて納得する。

  • 迫害:迫害の罪が立証されることを合理的疑いを超えて納得する。

  • 強制的失踪:複数の行方不明者証拠を入手し罪が立証されたことを納得している。

  • アパルトヘイト;検討せず。

  • 非人道的行為:モスクや墓地の破壊、強制結婚などの証拠を入手し罪が証明される。

11.判決 ~ジェノサイド~
 ジェノサイドに関する判決は、中国が新疆ウイグル自治区のウイグル族のかなりの部分を破壊することを意図した産児制限措置の実施により、合理的な疑いを超えてジェノサイドを行ったと納得するというものである。だが、非常に回りくどい言い訳が続き歯切れが悪い。読み解くに、まだ産まれていない人を対象にする事、通常の政府による出産管理と何が違うのかという点がポイントの様であるが、将来予想される最悪の事態を避けるためにジェノサイドを認定したという事のようである。
 また、大量殺戮の証拠がない為に認知度が低下するのではという懸念も示しているが、新疆の人権侵害に付与される「最も重大な犯罪」等の表現で世界の注目を惹くだろうとしている。
 という事で、これをジェノサイドと呼ぶのだろうか?法的な解釈は分からないけれど、少なくとも当時流れた「ウイグル法廷によって中国のジェノサイドが認定された」という大量のニュースに、このような実態を想定した人はいないのではないか。
 
 尚、ジェノサイドに関する5項目の検証結果は以下の通りである。

  • 殺害;
    集団の破壊を脅かすような規模で行われたことを示す証拠ではない。

  • 集団の構成員に身体的または精神的に重大な危害を加えること;
    国家が危害により彼らを破壊する意図があったと結論づけることができない。

  • 集団の破壊をもたらすと想定される生活条件を意図的に与えた;
    法廷はこれが集団の破壊を脅かすと結論づけることができなかった。

  • 集団内での出産を阻止することを意図した措置を課すこと;
    これはジェノサイドの証明に必要な禁止行為を満たす。

  • 子供を強制的に移送すること;
    法廷が意図的破壊行為と結論づけるには、法律が十分に整備されていない。

12. ジェノサイド関する判決について
 以上見てきたように、ジェノサイドの認定に関して、この判決にはメディアが伝えない2つのポイントが有る。

  • ジェノサイドと聞いて多くの人は大量虐殺を想定するが、この判決では産児制限を指している

  • 拘束、強制移送を本判決は認定しているが、ZenzやASPIの資料にその根拠となる客観的な証拠は見い出せない

【習近平の関与について】

 Xinjiang Paperは流出した中国政府の新疆政策についての内部資料であり、極秘資料とされる。本資料は11本の内部資料と報告書からなる。内容としては従来の知見に新しい洞察を与えるものではないが、国家トップの関与が示されていることが重要というのがZenz氏の見解である。
 内容はいくつかの項目に分かれて説明されており、これに従い以下に解説していく。
①強制収容所への拘束
 リークした2014年の習近平の演説の抜粋が以下である。
文書no.1、p.8(2014年4月30日)
私たちは、法の支配の旗を高く掲げ、問題解決のために法に基づく考え方や方法を用いることを得意としなければならない。国家レベルでは、テロ対策法の制定を加速させなければならない。新疆はまた、宗教過激主義などの顕著な問題に対応して、いくつかの地方法令を制定し、テロ対策と安定維持作業の段階的な正常化を促進することができる。

資料no.2 p.9 (2014年5月28日)
法を犯した者は逮捕されるべきで、判決を受けるべき者は判決を受けるべきであり、法の上に立つ者はいないはずである。国家レベルでは、テロ対策法の制定プロセスを早める必要があり、新疆でも関連する地方条例を起草し、テロ対策と安定維持作業の正常化を促進する必要がある。

読めば分かる通り、ごく当たり前の事しか言っていない。しかし、Zenz氏によると、この呼びかけが「陳全国の「検挙すべき者は検挙する」という超法規的収容施設への要求へと論理的に発展したことを理解することは難しくない」という事になるらしい。

②人口政策
 流出した新疆ウイグル自治区文書から得られた新たな資料は、避妊の言説、異なる民族間の人口増加の均等化、新疆ウイグル自治区南部の民族人口構造を変えるための漢族入植者の配置、新疆ウイグル自治区南部に民族的に組み込まれた社会環境を作る必要性、そして人口比率、人口安全保障、国家安全保障の間にある重要な関連性を示している。これらの中国トップの意図に基づき、具体的な政策が展開されて効果を上げているけれど、Zenz氏によると

「人口最適化という微妙で複雑なテーマについて、習近平自身が実際にコメントしたかどうかは推測の域を出なかった。今回、習近平が新疆南部の人口最適化に関する「重要指示」を実際に出した可能性が高いと考えられる。もしそうであれば、習近平自身が、国家が支援する組織的な出生防止による大虐殺に直接関与していることになる」

という解釈になる。ウイグル法廷の判決と同じく産児制限をジェノサイドと呼びたいようだが、結果として出生率は下がっているが人口は増加し、所得も増加するなど産児制限による悪影響が見られない中で、これをジェノサイドと呼ぶのは無理が有るのではと思う。

③強制労働
 習近平は文書no.2(2014年5月)の中で、民族を企業の仕事に就かせるべきだと述べ、大量の失業者が「問題を引き起こす」(无事生非;p.20)と主張している。一方、企業での雇用は、「民族間の交流、交換、融合を助長する」(有利于民族交往交流融)ため、民族が「宗教的過激思想に抵抗する」(抵制宗教极端思想、同書)のに役立つとしている。同様のことは、その後の李克強首相や余正勝首相のスピーチでも繰り返し述べられている。文書no.2では、李克強首相(中国第二の政治家)は、新疆の重要な生活上の苦境であると認識し、十分な雇用機会の欠如に焦点を当てている(p.39)としている。
 一方で、李克強は「故郷を離れて仕事をしたり起業したりすることに対する意識が弱いことを示している。この状況を変えるには、忍耐と時間が必要であり、また、新入社員の管理方法や教育方法を改善する必要があります」と言っている。
 という流れから、Zenzは「特に2016年後半から、新疆は特に南部の農村の余剰労働者に対して、労働集約型産業、特に衣服・繊維工場に配置することに重点を置いた、より強圧的な労働力移転のシステムを開発した」とまとめるが、ここも過去の調査の通り、彼らの主張には無理が有る[15]。

その他、宗教や教育等についての分析は割愛するとして、全体のまとめは以下となっている。

  • この地域で行われた残虐行為のさまざまな側面に関する我々の既存の知識を裏付けるものである。

  • これらの行為は、単なる地域的なものではなく、ほとんどの場合、習近平自身を含む中央政府の直接の要求に沿ったものであることを確認する。

  • これらの行為は、「一帯一路構想」や「二つの百年の目標」などの重要な国家政策を守るために、中国の国家安全保障と中国共産党の長期的な支配を守るという明確な意図を持って、広く追求されていることを確認する。

  • 北京はウイグル人やその他の民族を物理的に排除しようとしているのではなく、彼らを徹底的に同化させ、彼らの社会構造を変え、民族の人口構造と分布を変えようとしているのであり、それは関連する人口最適化目標が達成される為の抜本的な出生防止キャンペーンにつながっているのである(2040年までの出生を防ぐための対策によって、200万人から450万人の命が失われるというものです)

ここまで見て来たように、新疆の安定に関して一大政策キャンペーンを行ったのだから習近平が関与して当然であるが、メディアのウイグル法廷の報道の仕方は
・ジェノサイドが認定された
・習近平の関与が確認された
だけを報道している。その為、習近平がジェノサイドを命令を出したかの様な印象を持つ人が殆どだと思う。この様な報道の仕方は間違いなく改善すべきである。そして、資料を具に確認すれば、

  • 中国トップによる目標設定
    中国の繁栄 の為の 新疆の安定

  • 次にこれを実現する方策として、以下の政策を推し進めた
    人口最適化、産業振興、雇用、教育、宗教、治安維持など

  • これを地方政府の官僚達がより生活に密着した施策に落とし込んだ
    最も安全なIUDの推奨、避妊奨励金、都市間のペアリング、ウイグルの人達が働きに出る都市への新疆職員派遣、労働者の住環境の整備、心理カウンセリングなど

と言うように、中国政府のような巨大な組織であってもトップの意図が末端の地方政府にまで確実に伝わり実現していることが分かる。この一大政策キャンペーンに関してZenzやASPIは私とは素直さがかなり異なるようだけど、個人的には中国の新疆政策に関する資料を多数提供してもらい感謝している。

[1]. ウイグル法廷
[2]. 英民衆法廷、ウイグル人権侵害をジェノサイドと認定 習氏も追及:2021/12/10:産経新聞
[3]. Delivery of the Judgment:9th of December 2021: (pdf)
[4]. 中国のウイグル人口抑制は「ジェノサイド」 英調査報告:12月 10, 2021:世界ウイグル会議
[5]. ウイグル人権侵害に関する資料集  〜日本人の知らない事実〜:2021年5月1日:yota8
[6]. The Uyghur Genocide: An Examination of China’s Breaches of the 1948 Genocide Convention:March 8, 2021:New Lines Institute
[7]. Like we were Enemies in a War:アムネスティ・インターナショナル
[8]. 「The Architecture of Repression Unpacking Xinjiang's governance」:19 Oct 2021:ASPI
[9]. Massive chinese police database:Jan. 29 2021:Yael Grauer
[10]. 「To Make Us Slowly Disappeared」:2021/11/09:Adrian Zenz
[11]. ‘Absolutely No Mercy’: Leaked Files Expose How China Organized Mass Detentions of Muslims:NOVEMBER 16, 2019:The new York Times
[12]. The Karakax List: Dissecting the Anatomy of Beijing’s Internment Drive in Xinjiang:February 2020:Adrian Zenz
[13]. Xinjiang Papers :27TH NOVEMBER 2021:Uyghur Tribunal
[14].
 新疆ウイグルの人口・強制避妊問題に関するゼンツ氏の論文の検証:2021年6月19日:yota8
[15]. 新彊ウイグルの強制労働問題の根拠とされる資料を調べてみたら・・:2021年8月1日:yota8


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