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㋐からはじまり㋜でおわる 第二章 アマテラスは麻氐良須(アサクラ)   川崎一水

㋐からはじまり㋜でおわる         川崎一水

第二章            アマテラスとは何者か
 
㈠ アマテラス(麻氐良須)はアサクラ(麻氐良須)

 アマテラスは女神か?

 アマテラスは〝天照〟と書かれることが多いが、それは後の世に充てられた文字であり、元は万葉仮名的に音であう文字が使われていた。もとはアマテラス阿麻氐良須であったと思われる。その後アマテラスは麻氐良須となり、麻氐良布となり、アサクラ麻久良となった。

 アマテラス麻氐良須は草書で書けばアマテラス麻氐良布となり、さらに崩すと左右良布(サユウラフ)となるといわれる。そうしてアマテラスはサユラ(フ)と呼ばれるようになった。実際、摂社を入れると左右神社は結構存在する。つまり、アマテラスは左右良(布)であり、イザナギの左目から生まれたのである。

 そして、アマテラス麻氐良布はサユラ左右良布であったが、アサクラ麻氐良(布)でもあった。アサクラ麻氐良(布)はアサクラ朝昏でもあり、アサクラ朝闇でもあった。また、アサクラ麻氐良(布)はアテラ阿寺でもある。

 今現在、千葉県に天照大神という地名がある。そのほかにはアマテラスという名の地名はないが、アサクラやアテラは全国に存在する。アサクラやアテラはなぜアマテラスと呼ばれないのか。

 その理由は次のことからわかる。山形県に〝左沢〟と書いてアテラサワと読む地名がある。今は〝阿寺沢〟と書かれるらしいが、「左」を「アテラ」と読む。アマテラス麻氐良須を〝左右良サユラ(ス)〟と読むのと同じである。ここでも左眼からアマテラスが生まれたことを表している。

 アサクラ朝倉はたくさんある。とはいっても四国と福岡と島根と千葉にしかない。人名で言えば戦国時代の朝倉は有名で、浅井・朝倉は信長をもう少しのところまで追いつめた。浅井に輿入れしていた信長の妹であるお市の方の知らせがなかったら信長はそこで終わっていたといわれる。

 アサクラ朝闇は仏教寺院であり、朝闇寺や長安寺がある。神仏習合の時代アマテラスを祀る神社と仏陀を祖とする寺院と合体した。そこからによりアマテラス~アサクラは寺になってしまった。


 アマテラスは女神か?そこに大きな謎がある。

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