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懲役9年は長いか短いか

「頂き女子りりちゃん」を名乗って恋愛詐欺のマニュアルを販売し、自身も男性の好意につけ込み計約1億5500万円をだまし取ったとして、詐欺などの罪に問われた渡辺真衣被告(25)に、名古屋地裁は22日、懲役9年、罰金800万円の判決を言い渡した。求刑は懲役13年、罰金1200万円だった。

2024年04月22日 18時11分 共同通信

詐欺など罪に問われていた頂き女子りりちゃんに懲役9年、罰金800万円の判決が言い渡された。
なお、罰金は脱税による所得税法違反罪の量刑のようなので(詐欺罪には罰金刑がない)この部分については一旦無視する。


なお、この記事を書いているのは法曹の人間でも、法学部の学生でもない素人である。誤っている点があれば申し訳ないが、そのつもりで読んで頂きたい。

刑法の確認

さて、判決の軽重を問う前に問われている罪について確認したい。
まずは詐欺罪。

第三十七章 詐欺及び恐喝の罪
(詐欺)
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

e-Gov法令検索

りりちゃんは「親と縁を切りたいが、養育費を返さないといけない」「借金を返せば同居できる」と言った嘘を吐き、金銭を騙し取っている。
詐欺罪に該当する。

また、騙される方もおかしいといった論調もあるが、

(準詐欺)
第二百四十八条 未成年者の知慮浅薄又は人の心神耗弱に乗じて、その財物を交付させ、又は財産上不法の利益を得、若しくは他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

e-Gov法令検索

仮に、騙される方が異常に愛情に飢えており、まともな判断ができない状態にあったとしても、準詐欺罪の量刑は十年以下の懲役であり、詐欺罪と変わらない。

幇助犯の量刑は複雑なので、自身で刑法にあたって頂くとして、ざっくり言うと詐欺幇助は五年以下の懲役に処される。
詐欺罪と併せると十五年以下の懲役である。

さて、そんな中で懲役9年というのは長いのか短いのか。

量刑判断

詐欺罪の量刑判断は以下のような点を考慮するらしい。

①結果の重大性

結果の重大性とは被害の度合いのことを指す。
簡単に言うと、どれだけの金額を騙し取ったのか、被害者への弁済は行われたのか、ということだ。
りりちゃんは数十人の男性から計約3億円を詐取したと供述しており、手元に資金の残っていないりりちゃんから弁済は行われていない。

②犯行の悪質性

単純な詐欺なのか、知能犯の意味合いが強い特殊詐欺なのかが問われる。
つまり釣銭詐欺や無銭飲食のような詐欺の場合は単純と見做されるが、組織ぐるみの振り込め詐欺の場合は悪質性が高いと判断されるということだ。
りりちゃんは詐欺のマニュアルを作成・販売しており、悪質性が高いことは疑いようもない。

③被害者との示談

被害者との示談が成立している場合には、処罰が軽くなる可能性がある。
りりちゃんの場合、弁済を行えていないこともあり、示談は成立していない。

④反省の程度

詐欺事件に限らず、被告人の反省の姿勢によって処罰が軽くなることがある。
これは裁判官次第だが、りりちゃんの「お金は少しずつでも返したい」といった発言が反省の姿勢として評価されることは有り得る。

⑤再犯可能性

被告人が再び罪を犯さない環境があるか否かも判断される。
りりちゃんは家族との関係も良好ではないようなので、周囲のサポートという点ではあまり期待できないように思う。
顔が広く報道されたので、同様の詐欺で再犯は難しいかもしれないが、詐欺幇助の方は再犯も十分可能だろう。

⑥社会的制裁

日本の刑罰制度においては、犯罪行為をした者がすでに社会的制裁を受けたと認められる場合、刑事裁判における量刑が減軽されることがある。
りりちゃんは実名報道(渡辺真衣被告)されており、メディアの取り上げ方も大きい。かなり大きな社会的制裁を受けているといえる。
ただし、社会的制裁によって大幅な減刑がされることはほとんどない。

減刑されたのは何故?

量刑の判断基準を踏まえて考えるに、あまり減刑は望めなさそうに感じた。

反省度合いの評価は裁判官次第だが、私見では脱税などで罰金も求刑されている中での「お金は少しずつでも返したい」という発言は、現実味のないポーズに過ぎないようにも思える。

しかし、現実には求刑の13年から30%OFFの9年の懲役という判決が下っている。反省の程度が大きく、再犯可能性が小さく評価されたのだろうか?

他の判決との比較

今回のりりちゃんに似た詐欺犯として、福岡の結婚詐欺師がよく挙げられる。

 3人の女性に結婚を持ち掛けるなどして金品をだまし取ったとして、詐欺罪などに問われた福岡市東区の無職の男(51)に対し、福岡地裁は21日、懲役5年6月(求刑懲役7年)を言い渡した。被害額は立件分だけで約700万円。被告は6年ほどの間に10人以上の女性から1億円に上る金品を受け取ったとみられている。

西日本新聞

複数の異性から計約1億円を騙し取ったという点は今回の事件に近い。
また、騙し取った金をほとんどギャンブルで摩ってしまい手元に残っていない点も、ホストに貢いでいたりりちゃんに近いものがある。
被害者への反省を口にしている点も同じだ。

一方で、詐欺罪での判決が三回目である点や、ギャンブル依存症の治療が予定されている点などはりりちゃんとは異なるが、再犯可能性はプラマイゼロといったところか。
他に、幇助の罪がないことや、51歳と高齢であることも異なる。

懲役の年数こそこちらの方が短いが、詐欺幇助の分がないため、比較するなら1.5倍にして考える必要がある。1.5倍すると8年3月だ。
りりちゃんの判決とかなり近い。りりちゃんの詐欺幇助の悪質性を考えれば、ほとんど同じか少し長いくらいだろう。

同情の声

今回の判決に同情の声も少なくない。
こちらのめりぴょんさんは、更生のゴールが見えないまま刑務所に入ることになる点に同情を寄せている。
個人的には「自分が快楽を得たくて薬物をした」のと同様に「承認欲求を満たすために金を使った」のであり、刑務所に入ることはホストへの依存症に対して一定の意味があると思う。現代においては配信者のような合法的かつ彼女向きな職業が(不安定とはいえ)存在していることを思えば、何らかの形で社会への適合(≒更生)は可能だと思う。

ホストに騙された被害者でもあるとの意見も散見される。
ホスト狂いについては、ホストの異常な業態に問題があると思うし、規制が必要だとも思う。ギャンブル中毒と違い、治療への導線がほぼない点も良くない。
なお、りりちゃんに貢がれていたホストは詐欺によって得た金銭と知りながら受け取っていたため、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)容疑で逮捕、起訴されている。
彼個人が処罰されたところで何も変わらないので、業界に対する何らかの法規制がされて欲しいところだ。ローランドが売掛を制限するような改革をしているようだが、自浄作用に任せるようなことはせず、これを機会に法規制が欲しいところだ。

9年長いか短いか

ここまでの結論として、個人的には懲役刑については概ね妥当な判決だと感じた。

一方の所得税法違反については、

偽りその他不正の行為により、第百二十条第一項第三号(確定所得申告)(第百六十六条(申告、納付及び還付)において準用する場合を含む。)に規定する所得税の額(第九十五条(外国税額控除)又は第百六十五条の六(非居住者に係る外国税額の控除)の規定により控除をされるべき金額がある場合には、同号の規定による計算をこれらの規定を適用しないでした所得税の額)若しくは第百七十二条第一項第一号若しくは第二項第一号(給与等につき源泉徴収を受けない場合の申告)に規定する所得税の額につき所得税を免れ、又は第百四十二条第二項(純損失の繰戻しによる還付)(第百六十六条において準用する場合を含む。)の規定による所得税の還付を受けた者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

所得税法|e-Gov法令検索

とあり、おそらくは罰金刑のみの求刑だったものと推測される。
こちらのニュースによれば罰金を支払える見込みのない場合は強制労働となるようで事実上+2年の懲役みたいなものと解説されている。

また、罰金刑とは別に膨大な追加徴収があるはずである。

以上を考えるに、1200万も800万も本人にとっては大差ないような印象だ。

出所時には35歳という話もあるが、模範囚ならもっと早く出られるのではないか。女性の若いうちの時間の価値については理解しなくもないが(法的に考慮すべきかは別)、刑務所に入らなくともホスト通いを辞められるのだろうか? ホストに入れ込んで過ごす時間には価値を見出せない。

賛否両論あることも含めて、妥当な判決だったのではないか。
控訴せず、受け入れられるといいが。

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