(随筆) 内村鑑三「秋と河」


秋到るごとに余は河を おもう、二個の大なる河を懐う。その第一は石狩川なり。森深く、水静かに、つたは弓形をなして深淵を覆い、赤葉その下に垂れて紅燈の幽暗を照らすがごとし。大魚流水に躍り、遠山その面に映る。余は幾回となくひとりその無人の岸を逍遥しょうよう し、あるいは清砂の上に立ち、あるいはあしの中に隠れて余の霊魂の父と語りぬ。その第二はコンネチカット河なり。これをホリヨーク山上より望んで銀河の天上より地下に移されしがごとし。余はその岸に太古の鳥類の足跡を探り、あるいは楓樹の下に座し、あるいは松林の中に入りて、異郷に余の天の父と交わりぬ。静かなる秋と静かなる河!余はその岸に建てられし余の母校を忘るることもあらん、しかれども秋到るごとに余に静かなる祈祷の座を供せし河を、余は死すとも忘るあたわざるなり。

「内村鑑三所感集」(岩波文庫 青477) 215頁


原文ママ。ルビも原文に則って表記。
但し、六行目の「逍遥」は原文では“遥”が行人偏に羊にあたる漢字(さまよう、の意)だが手元の「角川必携漢和辞典」(角川書店)でも載らないため文脈から「逍遥」に替えた。