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オリオン座映画館にて

我が家はアウトドアな父と、インドアな母の両極端な構成の家族なのだが、映画と読書は両親の共通の趣味でもあった。

静岡市内には映画通りなるものがあり、街中から少し離れると紺屋町という町がある。そこには当時いくつもの映画館が軒を連ねていた。

紺屋町は、全館シアタールームの東宝会館と、信号を渡るとミラノ座1.2.3、ピカデリー、有楽座、オリオン座というおしゃれで夢のある名前の映画館が集合している地域で、常にカップルや家族連れで賑わっていた。とにかくその場所に行くだけでもう映画気分を味わえる素敵な空間だったのだ。

うましお家が映画を見に行くのは、だいたい決まって休日の午後3時ごろだった。
ちなみにチケットは映画館では買わずに、近くのホッタテ小屋のような自転車置き場(有料だが、ここに自転車を置きにくる人など見たこともない)で買うのが定説だった。しかも売っているチケットは決まって前売り券(優待券かも)だ。

私は映画のチケットとはそうやって買うものだとばっかり思っていたが、よくよく考えるとおかしな話である。前売り券なのに当日買える…しかも映画館の中でもなく、明らかに誰かの民家の軒先…。
もしかしたら映画関係者が横流しをしているのか、はたまた大株主の自宅なのか……真相はいまだ藪の中だが、とにかく、その店は上映中の映画のポスターが、薄汚い車のガレージのようなところに所狭しと貼ってあるような店だった。
そしてその奥に座敷があるみたいで、父が奥に向かって「すいませーん」というと、レースのカーテンをめくっておばちゃんが顔を覗かせ、ガレージに乱雑に貼ってあるポスターを指差し、

「オリオンでやってる映画は、これ」

と言うのだ。それを聞いて父が「じゃあ、それ。大人二枚」と言ってチケットを買う。いつもそんな感じのやり取りで前売り券を買っていたが、父もちょっと怪しいと思っていたのか、いつもそこでチケットを買った後に母と「あの店は何なんだろうね笑」と話していたのを覚えている。
そしてこの店の存在は大人になって周囲に確認するも誰も知らないと言うのだ。

閉館してしまったオリオン座


ちなみに私が初めて映画館に連れて行かれたのは赤ちゃんの頃なので、何を見たのか全く覚えていないが、物心ついた頃(5歳)に観た映画は「ポルターガイスト(82)」だった。

スティーブン・スピルバーグ監督作

今観れば大した怖さもなくファンタジーホラーなのかもしれないが、当時1番怖いトラウマ映画といえば「エクソシスト」だったので、本作も結構怖い部類の映画だったと思う。が、当時の映画館は全く子供に優しくなく、椅子も大人用しかないのでスクリーンは半分ぐらいしか見えないし、前におじさんが座ればそれはそれで見えないし…という感じで、内容はほとんどわからなかった。(後から金ローなどで散々見たので今では大好きな映画だが)

そんな映画館だが、素敵な思い出がある。それは座席に座り、映画が始まる頃になると「ほら、これ」と言って母が手渡ししてくれる助六ずしが私はとても大好きだった。
折詰の蓋を開けるとかんぴょうとカッパ巻きが2個ずつ。甘すぎるぐらい甘い味つけのお稲荷さん。そして大好物の卵焼き。
それらを吟味しようとするこちらの気持ちなどお構いなしに鳴り響く開始のベルと、あっという間に暗くなる映画館の中で、どうすることもできずとにかく割り箸を割り、そしてあわてて頬張るかんぴょう巻き……。

そんな慌てふためく瞬間なのだが、私はあの瞬間がとにかくたまらなく大好きで、映画館で食べる助六ずしほど思い出深い食べ物はない。
今でも助六ずしを見るたびにあの頃の古き良き映画館オリオン座と、怪しげな前売り券屋のおばちゃんを思い出すのだった。


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