チョコレートはポケットの中
少しずつ溶け始めている
体温で溶かす憧れの甘い時間
冷たい風が頬を撫でる
形あるものは　常に形を変える
渡さずに持ち帰るチョコレート
急いで家に帰る

盗んだカカオ豆はポケットの中
王族から神への捧げ物
捕まれば拷問
命がけで命をつなぐ
200粒のカカオ豆で
大きな七面鳥を買おう
この国はカカオ豆で取引をする
欲しいものはカカオ豆で買う
人々の目を避けながら
恋人の待つ家に帰る



持ち帰ったままの
ポケットの中のチョコレートを
このまま忘れてしまえたら
いつか化石にでもなるのだろうか
まさか　高値で取引されて
博物館　アンモナイトの横に
並んでしまうのだろうか




盗んだカカオ豆はポケットの中
恋人の前で取り出すことができず
そのまま隠し続ける
カカオ豆で作るショコラトルは
お金持ちの飲み物
その苦い水は万能薬
青年はその味も　意味も知らない
盗んだカカオ豆は金
彼女の命をつなぐための薬　ではなく金

カカオ豆もチョコレートも
化石にはならなかった
けれど　チョコレートの痕跡は
盃に残されていた
博物館に並ぶ盃
古代人は紛れもなく
カカオを消費していた

古代メキシコ　マヤの神は
人々にカカオ豆を与えた
カカオ豆は人を救い生かした

大きく揺れる船　大航海の途中
金のように扱われるカカオ豆を
コロンブスは一粒だけ手に取って
首を傾げながら見つめた
遠い故郷へと持ち帰る

ポケットの中
チョコレートは溶け続ける
小さな後悔も続く
お湯を沸かし
マグカップに入れた
ほんのり苦いココアは
少しだけ情緒を安定し
ヨーロッパ経由のメキシコの風が
冷えた体と心を温めて
心の中　奥の方にある
ほつれた傷にしみ込んだ

（おわり）

◇シロクマ文芸部 に参加させていただきました。
「チョコレート」楽しかったです！
ありがとうございます！
甘い物語が書きたかったのですが、どこを探しても全く出てきませんでした。

昨年、東京国立博物館で開催された「古代メキシコ展」生贄や拷問やらの展示が多くてちょっと怖かったですが、カカオの土器があったことを思い出しました。
この写真が役に立つ日が来るとは…