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四日市、志、執念

毎年、11月25日から12月1日は犯罪被害者週間である。

犯罪被害者週間とは、犯罪被害者等が置かれている状況、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏への配慮の重要性等について日本国民の理解を深めるための啓発事業を集中的に実施する週間、との定義らしい。


娘の事件が起きたのは令和2年(2020年)であった。
コロナの中、世の中の基本がリモートであった頃を経て、昨年令和4年に私は初めて犯罪被害者週間と言うものを意識した。
犯罪被害者のネットワーク集会に初めてリモートではなく、対面で参加したからである。

交通事故は犯罪被害ではなく、アクシデントであると言う言動に多く触れて来た。
多くの場合、そうした言動はやり過ごせば良いと思って来たし、いちいちその線引きについて議論する事などは勿論無かった。
それこそ、自身がこだわっている事を「殊更に」広く理解して頂く必要はない、そもそも不可能だろうと思っていた。(もちろん、政治や行政には理解して頂きたいと思って行動してきたのだが)

実際の所、昨年に初めてそうした集会に参加するまでは、「犯罪被害者遺族」と言うよりは、「子を失った親」と言う自覚の方が、自分の中で大きかった。
一体どうしたらいいのだ、ただただそれだけだった。
どうしようもないからこそ、ただただそれだけだった。


昨年、他の被害者遺族と対面を果たした事で、犯罪被害者週間というものが掲げられている意義についても考える様になった。

それから1年が経ち今年も犯罪被害者週間を迎えた。

12月1日に警察庁主催の中央イベントが東京都内で行われていた。
その基調講演をYou Tubeで見た。

基調講演 「あなたが突然、犯罪被害者遺族になったら・・・」

三重県の寺輪悟さんが講演をされた。
表現が見つからないくらい、壮絶なお話であった。

その講演を拝見した翌々日、私は三重県四日市市に向かっていた。

津の146キロ事件の大西まゆみさんの、初めての講演を聴くためである。
YouTube等のリモートで講演を聴くのと、実際に会場で聴くのとでは、多くの事が全く違う。
講演の内容は、見直す会のHP(危険運転致死傷罪の条文見直しを求める会 (skyblue-shouldbe.com))に殆ど全ての内容を講演録として掲載させて頂いたので、お読み頂きたい。

講演は2部構成で、第1部が大西まゆみさんの講演だった。

第2部は「犯罪被害者支援に必要なこと」と題して、みえ犯罪被害者総合支援センター 副理事長の仲律子氏の講演であった。

いわゆる定型の支援の必要性を訴える内容を想定していた私は、「これは」と驚いた。
うまく言葉には出来ないが、確かに生身で考え、支援に必要なことは何か?心身で考え続けている人にしか出せない説得力を感じた。

・ある日突然犯罪被害に遭う→その日を境に当たり前の日常が奪われる
・被害者と加害者が存在する→人が人に対して行う(自然災害とは異なる)
・生命の危険など共体験を伴う→トラウマ(心的外傷)を受ける
・警察や司法などが介在する→被害者は次に何がおきるのか想像できない
・二次被害が起きやすい→周囲は日常、被害者は非日常
・犯罪被害者等についての偏見→「被害者にも落ち度がある」
・支援が確率されていない→孤立しやすい、十分な支援を受けられない

配られた手元資料にはその様な言葉が並んでいた。
全て、その通りだと思った。

仲さんとは名刺を交換し、何度かメールのラリーをした。
その中で、仲さんの言葉に、これだなと思う一文があった。

「一人ではできないことはたくさんありますが、同じを持った支援者がそれぞれの持ち場でさらに啓発を重ねていけば、もっと被害者支援は充実していくはずです。」

「志」

うまく言葉には出来ないが、確かに生身で考え、支援に必要なことは何か?を考え続けている人にしか出せない説得力を感じたのは、を感じたのだろうと、勝手に一人納得した。

こうした事の「啓発」は、雰囲気を作る事には一時的には成功するが、実際の仕組みを社会に実装させる、そして地ならしをすると言った「実務」にまで成功する例はまだまだ少ないのではないかと言うのが、私の肌感覚である。

仲さんの資料の最後には、日本の犯罪被害者支援の礎を築いた岡村勲弁護士の言葉(2009年)で締めくくられていた。

「心身ともに疲れ切った犯罪被害者等が、運動の先頭に立つことは、精神的にも経済的にも大きな負担を伴います。犯罪被害者にこのような辛い役目を負わせることは、日本を最初にして最後にしてください。被害者が立ち上がる前に、被害者のための制度を作ってください。誰でもが被害者になる可能性があるのですから。」

その通りである。

しかし、現実は被害当事者が捨て身で改善を訴える以外に大きな変革は難しいと感じている。

会場には三重県警の方もいらしていた。

私に何ができるか?自分が出来る事で「実務」に最も効き目がある事は何か?
そうした事を考え続けてきたし、可能な限りすぐにでもやる、その事を仲さんにも三重県警の方にも伝えた。

「私は息子・朗の事件を、悲しいだけの出来事で終わらせることはできません。」
大西さんの講演の最後に出てくる言葉である。
真にその通り。

志と執念を四日市で見た。
私も同じだと思った。


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