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曖昧な色で私は何を描けるだろう

前もそんな話をしたかもしれないが、何かに一生懸命になることは、結構怖い。

それが例え、自分の好きなことだったとしても。

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自分の好きなものを好きって言えるのって、結構勇気がいる。

それは、私の場合はその分野に対して自分が突出している自信がなかったり、突出している人たちからみてなにかと「中途半端」に映る自分が批判を受けるのではないかという恐怖からきていると思う。

なので、結構好きなものを口にしたりそもそも好きなことに没頭する時間はあまり少ない。

しかし、恐怖から逃れるために自分の好きを我慢することは、結構ストレスが溜まる。

「自分が好きならそれでいいじゃん」
「好きって言えばいいじゃん」
「ホントに好きなの?」

ハッキリしない自分を自覚しているせいで、こんな言葉ばかり自分に刺さる。

だが実際、かけられた言葉は鋭くて怖くて、向けられたくない、そんなものばかりではない。

それでも、一度傷ついてしまうと、ポジティブな言葉は入ってきにくくなってしまう。

傷つけた側は不本意だったりして、人のことを憎むことにも罪悪感を感じる。だから余計気持ちを処理するのが下手だ。

基本人を恨まないから、皮肉で「いいひとだね」なんて言われるけど

いい人なんかじゃなくて、不器用なだけ。考えることを放棄して原因の追及をしない。

そんなのは逃げてるだけだ。一時的なしのぎでしかないので根本的か問題は解決しない。

これまでずっと中途半端だったのに、急に何かになれるのかな。自分らしさってなんだろうね。

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あと3日で誕生日。正直こないでほしい。

自分は何も成長できていない。何もできていない。それを一番感じてしまう日な気がして。



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