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相続登記を自分で申請してみようとお考えの方へ(1)

テレビや雑誌などで「相続登記が義務化される」との報道をご覧になって初めて、登記というものに関心をお持ちになった方も多いのではないでしょうか。

法務省民事局サイト「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」より「相続登記の申請義務化」ポスター
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html

「相続登記の申請義務化は多くの方に影響がある制度ですので、施行に向けて法務省・法務局が一丸となって、周知活動に取り組んでいます」(上記サイトより)ということで、登記に関してはかつてない規模で(たぶん)PR活動が繰り広げられています。

「登記」と「キツネ」が合体したトウキツネという癒やし系キャラクターをふんだんに使って、相続登記をしてくださいという国民へのお願いキャンペーン。

国がそこまで言うからには、国民こぞって買い物ついでにでも近くの法務局へ立ち寄れば、どんどん手続きが進んで、その日のうちにガンガンみんなの登記が完了していくのだろう、と気軽に考えているそこのあなた!ちょっとお待ちくださいっ!


まずは自己紹介

さて、本題に入る前に、少し久しぶりに書くnoteでもあり、簡単に自己紹介させていただきます。

私は令和5年度の司法書士試験に合格し、登録までに必要な研修を一通り修了し、ひとまず開業準備中という立場で、引き続き、関連の法令や実務その他について勉強を続けている者です。

従って、一般の方よりは法律や登記の手続についての知識を持っている人間ではあるけれど、まだ専門家として業務に携わっているわけではなく、大変おこがましい言い方ですが、いわばある程度の距離感をもって双方を眺められる立場にあるかと考えています。

また、身内や自分自身が相続の当事者にもなった経験も何度かあることからお話できることも少しは持ち合わせています。身内の話に関してはプライバシーの問題だけですが、今後のこともあり守秘義務等に抵触する恐れのない範囲内での情報発信を考えています。

今回は、相続登記を自分でやってみることを検討されている方に「ひとまずこれだけは知っておいてほしい」ことを書きました。
(内容については性質上、随時、更新や追加をしていく可能性がありますのでご了承ください)

登記って簡単にできるの…?

さて、いきなりで心苦しいのですが、残念なお知らせがあります。
法務局での登記の手続は、窓口に置いてある書類に備え付けのボールペンでちょこちょこっと書いて、シャチハタでも押して出せば済む、というものではありません。そして、その日のうちに登記が完了するものでもありません

確かに、テレビや週刊誌、ブログやYouTubeでなどでも、相続登記に関する様々な情報が発信されています。
法務局での手続きについてかなり詳しく、わかりやすく解説されているものもあるので、そういう情報を駆使すれば自分でできると思う方も多いでしょう。

さらに、知り合いの方とかネットで見た人とか既に相続登記を済ませた人が「簡単にできた」と話しているのを聞いて、誰でも簡単にできるんだと考えておられるかもしれません。
しかし、相続自体、人それぞれに事情が違いますので、手続きも人によって内容が大きく違ってきます。

また、土地や家の「名義変更」だから、車の名義変更と同じように考えておられる方もいるかと思いますが、それも違います
(ちなみに、車の名義変更は正式には『移転登録』で、相続登記についても便宜上仕方なく、司法書士が名義変更という言葉を使う場面もありますが本来は正確な表現ではありません。その辺りについてはまた次回あらためて触れます)

じゃあ、登記は自分ではできないのか、司法書士に高いカネを払ってやってもらわないといけないのか?国は自分でやれみたいに言ってるだろ!!
と、日頃温厚なあなたなのに、ついついキレ気味になってしまうお気持ちも、よくわかります。

しかし、やはり登記というものは、そう簡単なものではないのです。登記制度の歴史や沿革といったものについては、次回じわじわ語っていくとして、ここではもう少し身近な話から入ってみたいと思います。

他人の「簡単」を鵜呑みにしない

少し前に、私の身内で配偶者が亡くなり法務局で相続登記を自分で申請した人がいました。
話を聞いてみると、窓口にいた手続案内※1の担当者が親切におしえてくれて、「わりと簡単に」申請でき、特に問題なく受理された、とのことでした。

スムーズに登記申請が通った理由として、一つには故人の人となりと、数年間にわたり闘病生活を続けていたことから、おそらく生前に当人が家族のために充分な準備…遺産の行く先や相続手続き等について…をしていたことがあるのではと思います(実際、まだ病状がそこまで進んでいない時点から生前整理を進めていました)。

また、相続財産である不動産は居住用の土地と建物のみ相続が一代だけで、相続人は配偶者と成人し独立し近隣に住む未婚の子どもで、いずれも意思確認が問題なく取れる状態であり、遺産分割協議が特に揉めることなどなく円滑に進められたことも大きいと思われます。

そうした場合には、相続登記に必要な種類等は比較的揃えやすく、法務局の窓口での対応もスムーズに運ぶ可能性が高いでしょう。

しかし、こうしたケースを参考に、登記申請を自分で行ういわゆるセルフ登記が本当に誰にでも「簡単に」できるかと言うと、決してそうではないということは知っておいていただきたいと思います。

相続とは、人が亡くなった瞬間に発生する法律上の効果です。そして、亡くなった時の本人の状況…家族構成や財産や借金の状況など様々な事情…は千差万別です。
相続人となるべき人が近くにいないかもしれませんし、そもそも、誰が相続人になるのかの判断すら難しい場合もあります。

こちらのNHK「ライフチャット」もご参考までに。


※1 法務局の「登記手続案内」というサービス(無料)があります。詳しいことや利用にあたっての注意点については後述。


法務局へいきなり乗り込む前に

それでも、やはりお金がかかるのは嫌だからどうしても自分で登記をやりたいという方は、まず最初に、一度は必ず、登記を所管する法務省サイトをご覧ください。

「相続登記」のキーワードでググってみると、トップに法務省の該当ページが表示されるようにはなっているようですが、検索の仕方によっては他のいろいろなサイトも引っ掛かって来ます。
当然ながら営利目的で書かれているものは広告宣伝も含まれ、中には正しくない情報源もあります。

特に、登記の専門家でない資格者(相続、や〇〇士の文字が入る資格がいろいろあります)によって書かれた登記申請手続についての情報は注意してください。正確性を欠く記載だけでなく、あたかも登記手続を代行できるかのような誤解を招く表現を用いた文章がネット上で散見されます。

相続登記の義務化に関しては、法務省が所管し各地の法務局で申請の受付を行っているので、情報の出どころがよくわからないネット記事をむやみに閲覧するより、まず法務省と法務局のサイトを確認するべきです。

法務省サイト「不動産を相続した方へ ~相続登記・遺産分割を進めましょう~」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00435.html

かなり詳しく、自分で相続登記をするのに必要ないろいろな書式、マニュアルまで用意されています。やはり今回の義務化にあたり熱の入れ方が違う。
役所のホームページの中でもけっこうまめに更新されている方で、現在のところ最終更新日が令和6年2月9日です。

ただ、性質上どうしてもPDFファイルへリンクを飛ばしがちで、信用はできるけど全体を把握しづらいとお感じの方には、補助的に「相続登記手続きについて書かれた本を一冊買ってみる」ことを提案します。

わかりやすく書かれた本で流れや具体的な書類の作り方などをつかんでから、必要な書式などは法務省のサイトからダウンロードする、というのもアリでしょう。

本というツールなら、ネットの情報よりは正確性が上がりますし、いろんなホームページをハシゴして情報を拾うより効率的です。
一般の方向けの本(紙の場合)なら2000円前後で入手できます。プロに依頼することを考えればそれぐらいの出費は安いものです。

今のところまだ司法書士ではない私が、一読者として普通に書店で買ってみたり図書館で読んでりしてみた一般の方向けの中で、忖度無しで見やすくかつ詳しくを実現していると感じたのがこの一冊です(後日、他にも良さそうなものがあれば追記します)。

「わかりやすい」本はたくさんありますが、相続についての基本から一通りの戸籍の読み方、各種書式(市役所等での申請書なども)やサンプルの充実、申請時の綴じ方の指南や私道もれ対策まで、かなり本気度の高い内容です。

本の最初に自分で相続登記の申請ができるかどうかについての「診断テスト」がありますので、まずはそれで自己診断してみてはいかがでしょう。

ただ、本気度が高い分、かなりの情報量ですので、この一冊だけでも読みこなして実際に登記申請するまでには相当の根性が必要と思われます。反面、専門的な視点から見ると例えば戸籍の読み方などの説明はこの本だけでは全く足りないので、二代以上遡るような相続には他の資料が必要となるでしょうし、そうなるとセルフ登記のメリットも薄れるでしょう。

また、書籍の弱点として「情報が古くなる」ことがあります(ネットの情報も常に新しいとは限りませんが)。この改訂版も、出版されてから既に4年半余り経ってしまっています。
相続法に関しての民法改正には対応した内容ですが、手続に関しては最新の情報が反映されていない部分が所々あります。

この本に限らず、いや書籍に限らず、情報の裏を取る意味でも必ず法務省のサイトと併用することをお勧めします。


相続登記は「ゆっくり急げ」

相続登記をしなければいけないと言っても、ざっくりですが、とりあえず3年は猶予期間がある、とイメージしておけば良いかと思います。

必ずしも、亡くなってから3年というわけでもなく、例えば法律の施行日である令和6年4月1日以前に生じた相続の場合はこちらの図のような扱いになります。

「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し」(PDFファイル)より抜粋

施行日以降や、遺産分割の時期との関係等について、詳しくは、こちらの法務局サイト内「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し」(PDF)をご覧ください。

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00499.html

繰り返しになりますが、相続登記は手間も時間もかかる大仕事です。
しないといけない、という意識を持ち、また取り掛かったとしても、申請までに時間がかかるということを念頭に置いてください。

なお、一つ気にしておいた方が良いこととして、登記にかかる登録免許税という税金が、
(1)相続により土地を取得した人が相続登記をしないで死亡した場合
(2)不動産の価額が100万円以下土地
という2つのケースにおいては免除される措置があり、その期限が令和7年3月までとなっていることがあります。

当初の期限から延長された経緯があるので、また延長されるかもしれませんが、要件に該当する方は、今のところは向こう1年の期限があるということは念頭に置いていただいた方が良いかも知れません。

法務局「相続登記の登録免許税の免税措置について

以上のようなことを踏まえ、ご自分で登記申請の準備をなさるか、厳しそうなら早めに専門家へ依頼することもご検討いただければと思います。

相続登記手続を任せられる「専門家とは」

義務化によってにわかにクローズアップされた感のある相続登記ですが、それ自体は別に突然降って湧いたわけではなく、ただ「義務化が決まったのが最近」なだけです。

(何故『相続』登記に限って義務化されたのか、そもそも登記はこれまで国民に義務付けられてなかったのか、といったことについても次回に譲ります)

「終活」という言葉が定着し、相続や遺言などといったワード自体への抵抗が少なくなってきたような時代に、相続登記の義務化はタイミング的にちょうどハマった感があります。

綺麗事を言っても仕方のないことで、相続には「マーケット」つまり経済的な市場としての側面があるのは確かです。
しかし相続登記は、不動産の所有権が亡くなった人から相続人へ移転したことを「公示する」という役割を持っているという点で、私的な財産処分や管理といった行為とは違った公益性を持っており、登記申請は厳格な形式に則って行われなければならず、登記には正確性が求められます。

登記全般についてもっと言えば、申請が形式に則っていればそれで良いというわけではなく、それ以前に、対象となる不動産について、民法という法律上どういう効果が発生しまたは消滅、あるいは変更したか等を判断し、その法律効果を不動産登記という法律に落とし込んで申請書や添付書類に反映する、という行程を踏んで行われているのです。
単に「書類が揃っていればオッケー」なわけではありません。

それ故、登記申請について所定の知識を身に付け国家試験に合格しまたは一定の期間公務員として経験を経た司法書士または土地家屋調査士として登録をしている(そして登録地の司法書士会、調査士会に入会している)資格者でないと、登記手続について「業務として」代理したり相談を受けたり、報酬を得たりすることは禁止されています。
違反すると懲役刑や罰金刑に課されることもあり得ます。
(司法書士法第73条、同78条、土地家屋調査士法第68条、同73条参照。ただし弁護士については除外規定あり)。

士業にもいろいろありますが、「法務局」への「登記申請」手続を代理したり、相談に応じたりできるのは司法書士土地家屋調査士です(相続登記の前提としての遺産分割協議の段階で争いがあるような場合などには弁護士が関与する場合もあります)。

法務局サイト「不動産登記申請手続」ページ内の「資格者代理人に登記申請を依頼する場合」をご参照ください。


次回の内容

私自身が相続手続で経験したこと、また、そもそも何故に相続登記が義務化されることに至ったのか、そして、今回少し触れた法務局での「登記手続案内」とはどういうものなのか、さらに、法務局という行政組織と登記との関係、登記制度と司法書士資格の歴史や沿革といった、マニアックな話については、次回以降に譲りたいと思います。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

【おことわり】
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