ジェイムズとプラグマティズム

ジェイムズのプラグマティズムは、リアリティをその起源に探るよりもそれを当てにして行動するポイントのようなものとして捉えているという理解は、鶴見俊輔の折衷主義としてのプラグマティズムへと流れるものであるだろう。

鶴見のハーバードの卒論がジェイムズだから当然と言えばそうで、それは日常的な実践としてのひとびとの行為にもつながるものだ。ひとびとの日常的知識。何とかやっていくという思想はずっと考えていること。やっぱりジェイムズから読むか。シュッツもジェイムズを一つの理論的参照点としている。

ここから考えているのが、ひとびとの日常的実践と知識の問題である。つづく

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