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過去か未来か

  人生とは選択でできている。
だからこそ、あの時ああしていれば、この時こうしていなければと後悔が生まれる。
そしてその後悔を一生背負って生きていかなければいけない。

また、そうした選択があるからこそ、「もし~なら」という可能性の話が生まれてきて、そうした妄想が人々を駆り立てるのだ。

 私は後悔だけはしたくなかった。
できる限りの「もし」を考えて、最善の行動をしてきたつもりだ。

 当時まだ若かった頃、私は銀行に勤めていた。受付で入金や出金の処理をして、毎日したくもない「営業スマイル」を振りまいていた。正直のことをいうと結婚をして、すぐにでも仕事をやめたかった。

 毎日同じような作業をしていると何のために自分は生きているのかという気持ちになり、憂鬱になっていた。しかし、なかなかいい人も見つからずに仕事を始めて5年目を迎えていた。

 そんな私に転機が訪れたのは、休みの日にたまたま訪れた本屋での出来事であった。
 毎月買っている月刊誌を買おうと本屋に訪れたが、急に気分が変わり小説の棚に足を運んでいた。
学生の頃はよく小説を読んでいたが、社会人になるとめっきり読書をする時間がなくなった。

 久しぶりに小説でも読もうかなと思い立ち、何となく本を物色しているとふと、目に入る本があり、手を伸ばす。
すると、たまたま隣に立っていた人もその本を取ろうとしていて、身体がぶつかりそうになった。

「あ、すみません。どうぞ」
 私はそういって手を引っ込めると相手の方も負けじ言う。
「こちらこそすみません。どうぞお読みになってください」
「いえいえ、私、たまたまここを通っただけなので、私はいいです」
「じゃあ、こうしませんか?僕が最初にこの本を読んで、そのあと本を貸しますよ。あ、もちろん逆でもいいですよ」
 この状況がおもしろくなってきたのか、彼はそんな提案をしてきた。

 それが私の転機となった瞬間であった。
そのあと彼とはなんなく仲良くなり、交際を迫られ、そしていつしか1年の時を経ていた。
 そろそろいい年なので、同棲や結婚についての話が出てくるだろうと思っていたが、一向に彼の方からそういった話は出てこなかった。

なぜなら彼は小説家を目指しており、定職についていないので、収入も安定しておらず、自分のことで精いっぱいといった感じであったからだ。

私としては彼のことは好きであったが、結婚してもこのまま働き続けなければならないということに不満があった。だから自分からはその話題に触れずに、彼の行動次第で考えを決めようとしていた。

 そんな時期に銀行でたまたま開かれた懇親会に私は参加していた。若者世代だけの堅苦しくない飲み会でたまたま隣の席に座ったのが法人営業部の一つ年下の彼であった。
その時まではあまり会話をしたことがなかったが、彼の話はとても面白く、どんどん引き込まれていた。

そして、いつの間にか彼に好意を抱いている自分がいた。彼は見た目もよく、話しも上手でおまけに仕事もよくできて、将来有望とのうわさも聞いていた。

すぐにでもアタックしたいという思いはあったが、小説家の彼がいる私にはそんな資格はなかった。
しかし彼のほうから私に興味を持ってくれて、すぐに彼とはよく話す仲になっていた。

「今度僕とランチにでも行きませんか?今度の休みの日にでもどうですか?」

私はすごく悩んだ。悩んで悩んだが、結局は自分に負けてしまった。

「ええ、ぜひお願い。どこに連れて行ってくれるの?」
「そうだな、銀座のイタリアンでもどうかな?」
「いいわね。イタリアン大好き」
「それじゃあ決まり」

そのランチをきっかけに小説家の彼とは徐々に疎遠になっていき、そのうちに私と小説家の彼との関係は終わっていた。

そして同時に銀行マンの彼と付き合い、一年もしないうちにに結婚をした。

 結婚を機に仕事を辞め、何もかも順風満帆に進んでいるように見えた。しかし彼との生活には1年で飽きてしまい、夫婦の愛情もすぐに尽きてしまった。彼のほうも同じ気持ちのようで、最近ではあまり家にも帰ってこない。

 こんなはずではなかった。結婚をして、働かなくてもよくなり、自分の生活はどんどんバラ色に輝いていくと思っていた。だが実際にはそうはならなかったのだ。

 そのうちにあの時、小説家の彼と別れなければよかったと思うようになっていた。貧しいけれど彼の夢を彼と一緒に懸命に追いかける。
そんな人生も悪くない。しかし今になってはそれも、ただの妄想でしかない。

 こんなはずではと思い始めたそんな時、新作小説の情報がテレビでたまたま流れていた。そこには誰もが知っている有名な賞に選ばれた彼が映っていた。まさかとは思ったが、やはり彼だ。

地道にコツコツと小説を書き、いつのまにか有名になっていた。
やはり自分の選択は間違っていたんだ。少しイケメンな銀行マンに目がくらみ本当の幸せをつかみ損ねてしまったのだ。

 急に怒りを覚え、何とかしたいという思いに駆られたが、どうすることもできずに、感じたことがないほどの憤りを感じていた。

 諦めるしかないのか。そう思いかけた途端に、目の前が真っ暗になっていた。これは一体?

 体が思うように動かない。そのままどれくらい経ったであろうか。
急に目が覚め、起き上がる。どうやらそのまま眠っていたようだ。

しかし、そこは見覚えのあるいつもの部屋ではなく、私がずっと会いたかった彼の部屋であった。

「大丈夫かい?急に倒れて、そのまま目を覚まさないから、ずいぶん心配したよ」
彼が私に話しかけている。信じられない。
あの時に戻ってきたんだ、きっと。
ああ、夢のようだ。

「今日は何年の何月?」
真相を確かめずにはいられない。
「ははは、どうしたんだい。今日は2051年3月13日だよ?」
「え……」

てっきり過去に戻れたのかと思ったが、そうではなかった。
私はまた選択を間違えたのか? 

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