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ウクライナ語文法シリーズその3:子音の発音(1)


子音の種類

ウクライナ語の子音は音の体系上(音韻上)、無声子音、有声子音、鳴音の3つに大きく分けられます。日本語でいうと、無声子音は濁点がつけられるけれどついていない文字の音、有声子音は濁点のついた文字の音、鳴音はそもそも濁点がつけられない文字の音になります。有声子音のдзとджは2文字で表されます。
 
無声子音:п т к ф с ш х ц ч
有声子音:
б д ґ з ж г дз дж
鳴音:
м н л р в й
 
ウクライナ語では、無声子音が有声子音の直前に置かれると対応する有声子音と同じ発音になるという現象があります。これを有声化といいます。なお、このときつづりの上では変化は現れません。

якби́   ヤブィ  「もし」    ← яґби と同じ発音
хоч би  ホ・ブィ 「何だろうと」 ← ходж би と同じ発音
футбо́л  フボール  「サッカー」  ←фудболと同じ発音

無声子音と有声子音の対応関係は以下のとおりです。下記の表自体をわざわざ覚えなくとも、濁点をつけた発音になるという理解であれば自然と覚えてしまえると思います。

п ― б
т ― д
к ― ґ
ф ― в(※)
с ― з
ш ― ж
х ― г
ц ― дз
ч ― дж


※в は音声上 ф と有声・無声の対応関係にありますが、その音韻上の性質はあくまで鳴音です。

ドイツ語やロシア語では有声子音が無声子音の直前や語末に置かれると対応する無声子音に変わってしまう、無声化という現象がほぼ必ず起こりますが、ウクライナ語では有声子音の無声化はあまり起こりません。

また、ウクライナ語では硬子音と軟子音が厳密に区別されます。硬子音と軟子音の違いによって意味が変わることがあります。

Ки́нь!  クィーニ 「投げろ!」 ― кінь  キーニ 「馬」
Би́й!   ブィーィ 「叩け!」 ― бій  ビーィ 「戦い、戦闘」 

硬子音は日本人にとっても比較的発音が簡単ですが、軟子音は少々練習が必要なものが多いです。
基本的に、硬母音字 а е и о у が後に続くと硬子音として、軟母音字 є і ю я (ьо) が続くと軟子音として発音されます。ї が子音の後に続くことはありません。
軟子音はおおむね、日本語で小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」がついたときのような発音となります。言語学的には口蓋化音と言います。
軟子音を発音するときには、 і を発音する際のように舌を平べったくして発音することを意識するときれいな音が出ます。 

母音は硬母音字と軟母音字で分けて学びましたが、子音は調音点(発音の際に舌がくっつく or 近づく場所)ごとに、つまり発音の近い子音ごとに見ていきましょう。

まずは比較的発音の簡単なものから順に進めていきます。


唇音(п б ф в м)

唇音は音韻上では常に硬子音ですが、実際の発音では軟子音としても発音されます。日本人にとって難しい発音はそれほどありません。
 

П п

硬子音としての発音は日本語の「ピ」を除く「ぱ」行の子音です。英語のpの音とは異なります。英語の p は帯気音といって、発音の際にかなり多くの空気が漏れて「プハ」と聞こえますが、ウクライナ語の п は帯気音ではありません。どちらかといえば日本語の「ぱ」行のように発音してください。

па́ра   パーラ   「蒸気/ペア、カップル」
пе́ред  ペレド   「~の前に」
по́шта  ポーシュタ 「郵便」
путь   プーチ   「道」 


и が後に続く際には日本語の「ピ」にならないよう注意してください。舌が平べったくならないことを意識して、「ペ」との中間くらいの気持ちで発音しましょう。
下記の例では軟子音との区別のためにカタカナ表記を「プィ」としています。最初のうちは「プィ」のように発音してみても良いかもしれませんが、実際の発音はかなり異なります。

пита́ння  プィターンニャ 「質問、問題」
пи́во     プィーヴォ   「ビール」 


軟子音としては「ピ」や「ぴゃ」行のように発音しましょう。і 以外が続くことはあまりありません。

пі́вдень  ピーウデニ 「正午/南」
під    ピド    「~の下に」
пі́зно   ピーズノ  「(時間的に)遅く」
пюре́   ピュレー  「ピュレ(野菜等をすりつぶした食べ物)」


Б б

硬子音としての発音は日本語の「ビ」を除く「ば」行の子音です。

банк   バーンク  「銀行」
без    ベズ    「~無しで」
бо́г    ボーフ   「神」
бу́день  ブーデニ  「平日」 


и が後に続く際には日本語の「ビ」にならないよう注意して「ベ」との中間くらいの気持ちで発音しましょう。
下記の例では軟子音との区別のためにカタカナ表記を「ブィ」としています。最初のうちは「ブィ」のように発音してみても良いかもしれませんが、実際の発音はかなり異なります。

бик   ブィーク   「牡牛」
би́тва  ブィートヴァ 「戦闘」


軟子音としては「びゃ」行のように発音しましょう。і 以外が続くことはあまりありません。

біг    ビーフ   「走ること、ランニング」
біо́лог  ビオーロフ 「生物学者」
бік    ビーク   「脇腹、側面、~側」
бюро́   ビュロー 「事務局、局、庁」


Ф ф

この字が用いられるのは主に外来語となります。
硬子音としての発音は英語の f と同様だと思ってかまいません。上の前歯で下唇をかんで発音しましょう。
и が後に続くことはあまりありません。

фа́брика  ファーブルィカ 「工場」
фе́рма   フェールマ   「農場、牧場」
фонта́н   フォンターン 「噴水」
фунт    フント     「ポンド」


軟子音としては фі 以外の組み合わせ以外はほとんどありません。

фі́зика  フィズィカ  「物理学」
фільм  フィーリム  「映画」
Афі́ни  アフィーヌィ 「アテネ」
сапфі́р  サプフィール 「サファイア」


В в

英語のvに似た音ですが、摩擦が弱く「ワ」「ウォ」などと聞こえることもあります。
硬子音としての発音の際には、特に и が後に続く際に舌が平べったくならないことを意識して「ヴェ」との中間くらいの気持ちで発音しましょう。

ва́та  ヴァータ 「綿」
ве́на  ヴェーナ 「血管」
вода́  ヴォダー 「水」
ву́хо  ヴーホ  「耳」
ви   ヴィ   「あなた、あなた方、君たち」


軟子音としては ві 以外の組み合わせは比較的少数です。それ以外の軟母音が続く音は、舌を平べったくして в の音と[j]の音が同時に発音されるように心がけましょう。

свя́то  スヴャート  「祝日」
кві́тка  クヴィートカ 「花」
ві́ра   ヴィーラ   「信仰」 


в が単語の末尾や子音の前に置かれるときは、「ウ」に近い発音になります。これが正しい発音とされていますが、特に無声子音の前に来る場合には、無声化して ф と同じ発音になっているように聞こえることも多いです。

Ки́їв    クィーイィウ 「キーウ」
вдо́ма   ウドーマ   「家に(いる・ある)、家で」
жо́втень  ジョーウテニ(ジョーフテニ)「10月」 


逆に、в の直前に無声子音が置かれても有声化することはありません。

свя́то スヴャート 「祝日」
кві́тка クヴィートカ 「花」
 

なお、単語の最初の文字が у のとき、в に交代する場合があります。逆もまた然りです。これについては今後また触れます。
 

М м

硬子音としての発音は「ミ」を除く「ま」行の子音とほぼ同様です。ただし、しっかりと唇をくっつけて発音することを意識してください。
и が後に続く際には日本語の「ミ」にならないよう注意しましょう。舌が平べったくならないよう意識を忘れずに。下記の例では軟子音との区別のためにカタカナ表記を「ムィ」としています。最初のうちは「ムィ」のように発音してみても良いかもしれませんが、実際の発音はかなり異なります。

ма́ма   マーマ   「ママ、お母さん」
мер   メール   「市長」
мо́ва   モーヴァ  「言語」
му́зика  ムーズィカ 「音楽」
ми    ムィ    「私たち」


軟子音としては「みゃ」行のように発音しましょう。і 以外が続くことはあまりありません。

мій    ミーィ   「私の、私のもの(男性形)」
мі́сто   ミースト  「都市、市」
Мю́нхен  ミュンヘン 「ミュンヘン」



軟口蓋音・声門音(к ґ х г)

軟口蓋音と声門音は唇音と同様、音韻上は常に硬子音ですが、実際の発音では軟子音としても発音されることもあります。ただし、外来語を除き і 以外の軟母音字が後に続くことは基本的にありません。
 

К к

後に и が続く場合を除き、日本語の「か」行の子音の発音とほぼ同じです。кі も日本語の「キ」と同じと捉えても支障ありません。英語の k の音とは異なります。英語の k は帯気音で、発音の際にかなり多くの空気が漏れて「クハ」と聞こえますが、ウクライナ語の к は帯気音ではありません。
и が後に続く場合は、舌が平べったくならないことを意識し、кі と区別しましょう。

ка́ва  カーヴァ  「コーヒー」
кекс  ケクス   「スポンジケーキ、マフィン」
коза́к  コザーク  「コサック」
ку́хня  クーフニャ 「キッチン、~~料理」
кіт   キート   「ネコ」
кит   クィート  「クジラ」 


Ґ ґ

この字と音はあまり出てきません。ウクライナ語では外来語の g の音も г として表記・発音されることが大半ですので、非常に登場頻度の低い文字です。
後に и が続く場合を除き、日本語の「が」行の子音の発音とほぼ同じです。ґі も日本語の「ギ」と同じと捉えても支障ありません。и が後に続く単語は少数です。

ґа́ва   ガーヴァ  「ズキンガラス」
ґу́дзик  クーズィク 「(衣服の)ボタン」
дзи́ґа   ズィーガ 「独楽」
ґніт    グニート 「(ろうそくなどの)芯」
ґрунт   グルント 「土、土砂」 

ところでこの ґ という字はウクライナ人にとって特別な意味を持ちます。というのもこの文字は1933年にソ連の正書法改革によってウクライナ語のアルファベットから削除されたのですが、1990年の独立直前に復活したため独立の象徴となっているのです。
使う頻度は低いですが、大事な文字なので忘れないでください。


Х х

「ハ」の子音に近く聞こえますが、実際にはかなり異なった音です。ドイツ語の Buch の ch の音です。
口をあまり開かず舌をなるべく動かさないよう意識して、ひそひそ声のように「カハーーー」と発音してみてください。喉のあたりで空気がこすれているのが感じられると思います。
もしくは、「カ」を発音するつもりで舌の後ろの方を喉に近づけていき、喉にくっつかないぎりぎりのところで止めてその隙間から「ハーーー」と発音してみてください。

хи と хі の違いを出すのは難しいのですが、хи は хе に近い音を意識するとよいでしょう。

ха́та    ハータ    「家」
Херсо́н   ヘルソーン  「ヘルソン」
хоті́ти   ホチーティ  「欲する、~したい」
худи́й   フディーィ  「やせた」
хі́мія    ヒーミヤ  「化学」
хист    ヘィスト   「能力、才能」 


Г г

日本語の「ハ」「ヘ」「ホ」や英語の hat の h に近い音ですが、声帯が震える有声音です。
ものすごく疲れたときにため息をつくような気持ちで「はあ゛あ゛~~」と言ってみてください。喉仏のあたりで空気がこすれて震えているのが分かるでしょうか。この音になります。
これも ги と гі の違いを出すのが少々難しいです。

カタカナ表記だと х も г もどちらも「ハ」行で書かざるを得ないのですが、異なる音ですので注意してください。

га́рний   ハールヌィイ 「美しい、良い」
геро́й   ヘローィ    「英雄」
гора́    ホラー    「山」
губи    フーブィ   「唇」
гі́рше   ヒールシェ   「より悪く」
ги́рло   ヘィールロ   「河口」


いかがでしたでしょうか。とくに х と г はきれいな音が出せるまでは少々練習が必要でしょうし、聞き分けるのも最初は難しいかもしれません。
それでも一度慣れてしまえば発音する場所が違いますので聞き分けも発音も実はそれほど困難ではないことがわかってくると思います。

個人的にウクライナ語の г の音は一番お気に入りです。なんだか心に響く感じがしませんか?

ぜひ今回挙げた例以外の単語の音も調べて聞いてみてください!

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