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ウクライナ語文法シリーズその6:名詞(概説)

今回からしばらくは名詞の解説をしていきます。
次回からは変化表が出てきますので、多くの方にとってはうんざりかもしれませんが、言語オタクにはたまらないと思います。

ウクライナ語は単語がたくさん変化しますので初級レベルのうちは非常に苦しいと思います。しかしながら、多くのスラヴ系言語は変化さえ最初のうちに覚えてしまえば、中級以上になるとある瞬間に突然、本当に突然に分かるようになってぐんぐん伸びていきます。
ここからが踏ん張りどころです!頑張りましょう!

なお、これ以降の説明において、「女性」「男性」(「中性」)という用語が出てくるほか、文法上の性に対する生物学的な性という意味で一部で「自然性」という用語を使用します。これに関連する説明にあたっては人によって不快なものがあるかもしれませんが、あくまで語学的な説明ということでご了承ください。

※格の順番を間違っていましたので修正しました(2024/01/07)



名詞の性と数

ウクライナ語の文法では女性男性中性の 3つの(рід, gender)と単数複数の 2つの(число́, number)が区別されます。
ただし学習者にとってありがたいことに、3×2で 6とおりの区別があるのかというとそんなことはなく、複数では全ての性が一つに統合されます。そのため、実用上は女性、男性、中性、複数という 4つが区別されます。ただし、名詞の複数形の形は元が女性名詞か男性名詞か中性名詞かによって少々異なります。

主語が女性、男性、中性、複数のどれであるかによって動詞の過去形の形が変化するほか、名詞を修飾したり述語になる形容詞の形も変わります。 

ウクライナ語の名詞の性が女性か男性か中性か判別するのは比較的容易です。辞書に載っている形(主格形)の語尾を見ればおおかた分かるようになっています。

当てはまらないものもありますが、おおざっぱなイメージとしては以下のとおりです。

女性名詞:-а/-яで終わる大半の名詞、一部の子音で終わる名詞
男性名詞:子音で終わる大半の名詞
中性名詞:-о/-еで終わる大半の名詞、一部の-яで終わる名詞
 

また、ウクライナ語では文法性の決定にあたって基本的に自然性(стать, sex)が優先されます。つまり、名詞の表す意味が女性であれば単語の形にかかわらず女性名詞となり、男性を意味すれば男性名詞となります。例えば ба́тько「お父さん」は中性名詞に典型的な -о で終わっていますが、「お父さん」は男性なので男性名詞となります。
ただし люди́на「人」や дити́на「子ども」は総称的な単語で、女性名詞となっていますので、話者が念頭に置いている人や子どもが男性であってもこれらの単語を使う限りにおいて文法上は女性扱いです。 

また、「近代以前には男性のみが就くのが当然であった職業・地位」を表す名詞も男性名詞であることが多いです。例えば суддя́「裁判官」は女性名詞に典型的な -я で終わっていますが、昔は裁判官は男性の職業でしたので男性名詞です。
ただし、現代では女性の裁判官も当たり前ですし、 суддя́ をはじめ職業・地位を表す名詞は男性にも女性にも用いられ、実際にその役職に就いている人が男性であれば男性名詞として、女性であれば女性名詞として扱われます(「両性名詞」と呼ばれます)。

Президе́нт був в Ки́єві.  「大統領(男性)はキーウにいた」
Президе́нт була́ в Ки́єві.  「大統領(女性)はキーウにいた」 

中性名詞のうち -я で終わる単語の中には、人間を含む動物の子どもを表す語が多く含まれます。
先ほど「基本的に」自然性が優先されると書きましたが、これらの子どもを表す単語は中性として扱われます。おそらく多くの動物の子どもは雌雄の判別が難しいからでしょう。
中性名詞で人間を表す語としては дівча́「少女、女の子」や немовля́「赤ちゃん」などがあります。これは中性名詞になります。 

一部の名詞は複数形しか持ちません。だいたいはペアで一組になっているものか、多数あるのが普通のものです。しかし一応、性は決まっていることが多く、格変化した形は元の性に従います。とはいっても、属格の形くらいにしか性による違いは現れません。

но́жиці  「はさみ」(女性)
две́рі  「扉、ドア」(女性)
са́ни  「橇(そり)」(女性)

окуля́ри  「メガネ」(男性)
штани́  「ズボン、パンツ」(男性)
гро́ші  「お金」(男性)
ша́хи  「チェス」(男性)

воро́та  「門」(中性)

外来語も通常は語尾によって女性・男性・中性名詞に振り分けられます。
しかし、子音や -а、-я、-о、-е 以外の母音で終わる外来語、すなわちウクライナ語の名詞の語尾に全く当てはまらない外来語の場合は、物や事象であれば通常中性名詞として、動物であれば男性名詞として、人を表す場合は両性名詞(表す人によって女性名詞または男性名詞)として扱われます。

інтерв’ю́  「インタビュー」(中性
са́рі  「サリー(インドの伝統衣装)」(中性

зе́бу  「コブウシ」(男性
по́ні  「ポニー」(男性

ре́фері  「レフェリー」(女性または男性
саа́мі  「サーミ人」(女性または男性


名詞の格

ウクライナ語の名詞は主格対格属格処格与格具格呼格の 7つの(відмі́нок, case)の形を持ちます。単数と複数で計14とおりに変化しますが、実際には各名詞の変化パターンによって別の格・数でも外見上同じ形をもつ場合があります。
格変化において単語のアクセントの位置はよく変わりますので注意しましょう。慣れてくるとなんとなく予想がつくようにはなってくるものの、残念ながら、アクセントの位置に明確な法則性はほとんどなく、単語ごとに覚えるしかありません。
初めのうちは格変化の表を呪文のように何度も読み上げるようにするとよいでしょう。 

なお、以降の説明において変化表などで格の形を順に示す際には、合理的な主格、対格、属格、処格、与格、具格、呼格の順で挙げていきます。
伝統的な主・属・与・対・具・処・呼の順に慣れた方には申し訳ありません。

それぞれの格の主な意味は以下のとおりです。ただし、下記はあくまで主な意味であり構文や動詞によって様々な意味を持ち得ます。のちのち「格の用法と前置詞」という記事で詳述します。


主格(називни́й відмі́нок)

文の主語になります。日本語の「~が」や「~は」に相当することが多いです。また、「AはBである」という構文の時、現在形では A も B も主格で表されます。辞書では名詞の単数主格の形が載っています。

Цей чолові́кісто́рик.  「この男性は歴史学者だ」 

対格(знахі́дний відмі́нок)

文の直接目的語になります。日本語の「~を」に相当します。

Я чита́ю кни́жку.  「私は本を読んでいる」 

属格(родови́й відмі́нок)

所有・所属関係を表します。日本語の「~の」もしくは英語の「of ~」に相当します。
ロシア語学やスラヴ語学での用語では「生格」とも呼ばれますが、本シリーズでは一般言語学用語である「属格」を採用します。「AのB」という表現の場合は A の属格形が B の後に置かれます(後置修飾といいます)。

кни́жка профе́сора  「教授の本」 

複数の属格形には多くのパターンがあるため、注意が必要です。
 

処格(місце́вий відмі́нок)

必ず直前に前置詞が置かれるため、「前置格」と呼ばれることもありますが、本シリーズでは「処格」と呼ぶこととします。歴史的には前置詞無しで場所や位置を表していました。

У шко́лі зустрі́вся з дру́зями.  「学校で友達と会った」

与格(дава́льний відмі́нок)

主に間接目的語を表します。日本語の「~に」に相当します。

дарува́ти Іва́нкові кни́жку  「イヴァンコに本を贈る」

具格(ору́дний відмі́нок)

手段や道具を表します。また、状態を表す場合にも用いられます。
日本語の「~で」「~によって」「~を以て」「~として」などに相当します。ロシア語学やスラヴ語学での用語では「造格」とも呼ばれますが、本シリーズでは一般言語学用語である「具格」を採用します。

забива́ти цвях молотко́м  「金槌で釘を打つ」

呼格(кли́чний відмі́нок)

対象に呼びかける際にこの形となります。あえて日本語にするなら「~よ!」でしょうか。人名や人、またその役職や立場、動物を表す名詞に呼びかけの形があるのは理解できるかと思いますが、おもしろいことに無生物にも呼格形があります。その場合は詩など文学的な表現でよく用いられます。複数形では主格と同じ形になります。

Володи́мире!  「ヴォロディーミル!」
Ма́мо!  「ママ!」
Рідни́й кра́ю, моя́ Украї́но!  「祖国よ、我がウクライナよ!」

有生性

ウクライナ語の格変化に関係するもう一つのカテゴリーとして、有生性(живість, animacy)の区別があります。女性、男性、中性、複数の4つだけでも大変なのに、まだほかにあるのか!と思われるかもしれません。
しかし安心してください。有生性の区別はそれほど難しいものではありません。

有生性とは名詞が生物か無生物か、の区別になります。生物を表す名詞を有生名詞、無生物を表す名詞を無生名詞といいます(ロシア語学などではそれぞれ「活動体」「不活動体」と呼びますが、本サイトでは「有生」「無生」の用語を利用することにします)。 

この有生・無生が区別されるのは単数では男性名詞のみ複数では女性・男性・中性の全てになります。
具体的には、無生名詞では対格形は主格形と同じになりますが、有生名詞では対格形は属格形と同じ形になります。
女性名詞は単数で主格、対格、属格それぞれで別の形を持つのでまだよいのですが、生物の子どもを表す中性名詞は単数では無生物と同様対格=主格、複数では生物として対格=属格となることに注意してください。

実例で見比べてみましょう。各単語とも 主格 – 対格 – 属格の順に挙げます。

●単数
男性:
стілстіл – стола́  「テーブル」(無生物)
хло́пець – хло́пцяхло́пця  「男の子」(生物)

女性:
кни́жка – кни́жку – кни́жки  「本」(無生物) 
те́та – те́ту – те́ти  「おば」(生物)

中性:
вікно́вікно́ – вікна́  「窓」(無生物)
дівча́дівча́ – дівча́ти  「少女、女の子」(生物)
 
●複数
男性:
столи́столи́ – столі́в 「テーブル」(無生物)
хло́пці – хло́пцівхло́пців 「男の子」(生物)

女性:
книжки́книжки́ – книжо́к 「本」(無生物)
те́ти – тет - тет 「おば」(生物)

中性:
ві́кнаві́кна – ві́кон 「窓」(無生物)
дівча́та – дівча́тдівча́т  「少女、女の子」(生物)

また、有生・無生の変化の区別は形容詞にも現れます。

Стої́ть вели́кий стіл.  「大きなテーブルがある(立っている)」(主格)
Ба́чу вели́кий стіл.  「(私は)大きなテーブルを見る」(対格)
 
Стої́ть вели́кий хло́пець.  「大きな男の子が立っている」(主格)
Ба́чу вели́кого хло́пця.  「(私は)大きな男の子を見る」(対格) 

ウクライナ語をはじめとするスラヴ語は語順がかなり自由ですので、おそらく生物を表す名詞の主格と対格が同じ形になってしまうとどっちが主語でどっちが目的語なのか分かりづらくなってしまうためこのような区別ができたのでしょう。女性名詞の単数形にこの区別がないのは、女性名詞の基本変化でそもそも主格と対格が明確に区別されているからだと思われます。


今回から文法らしい文法の説明に入っていきました。
これからしばらくは単語の多くの変化に悩まされる苦難の道ですが、裏を返せばこれがウクライナ語の面白さでもあります。

楽しんで学んでいきましょう!

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