日記2024年4月⑧

4月25日
晴れ。暖かい。朝家を出たところで子供が「ぐあいがわるいからようちえんにいけない」と言った。年中さんになってからよく言う。急に自信がなくなってしまう、がんばれないような気がするのだろうと思う。毎日がんばっているのだろう。具合が悪くなったらすぐ先生に言って、迎えに行くから、ということを伝えて登園した。
しばらく公園でのんびりした。ムクドリがたくさんいた。5歳くらいの子とお母さんが無言で散歩していた。犬が歩かなくなって抱え上げられていた。観察するモードではなく、想像したり思い出したりするモードに身体をもっていきたくて、それで試しに公園まで歩いたのだが、なかなかそうならない。観察だけしているのは何かずるいというか、何かを隠している。それが悪いということはないのだと思うが、自分にそういうところがあることは知っておきたい。
マクドナルドのごはんバーガーを食べた。チキンタツタとキャベツを挟んであり、しょうゆソースがかかっているのだが、味が完全に高校時代の学生食堂にあった「チキンタツタ丼」そのままであった。チキンタツタ丼は我が母校の食堂の名物ということになっていた。ごはん、キャベツ、チキン竜田揚げ、しょうゆあんかけ。マヨネーズつき。無しにもできる。温かくて食べやすかった。今もまだあるらしい。ガラス張りの食堂。中学生と高校生が混じる空間で案外高校生のほうが自分たちが遥か昔に脱ぎ捨てた子供服みたいな中1たちに緊張した。中1相手にイラつくのもダサいしね。あの頃は15分休みに食べたりもしていた。今はそんなに速く動けない。当時は授業より休み時間のほうが緊張していたように思う。友達は今も仲がいいけれど、友達だから、コミュニケーションは戦いだったのだ。私だって付き合いやすい高校生ではなかっただろうから。
今日公園で見かけた5歳くらいの男の子とお母さんは、手を繋いで男の子が後ろ、お母さんが前を歩いていた。お母さんが引っ張っているような、男の子が引き止めているような。私はうちの子とそういうふうに歩いたことはないように思った。うちの子は必ず真横か前にいる。斜め後ろから見上げる親の姿はどう見えるのだろう。案外、視野の陰に隠れるから呑気な気持ちになれるかもしれない。足下の蟻を見て歩いたり。男の子は何か見ながら歩いているように見えた。物陰は何かを見る人の居場所なのだと思う。私も木陰のベンチから親子を見ていた。
子供のお迎えをして、帰りの車でも子供は「ぐあいがわるい」と言って機嫌が悪かった。家に着いて手を一番先に洗えなかったというだけで「おかあさんのいじわる」とか「もうあそんであげない」とか「もうひとりでおそといっちゃうからね」と家出を宣言する。妻も小さい頃家出をよくしたそうだ。誰も追いかけてこなくてひとりで帰ったらしい。子供は親に怒りをわかってほしい。私もよく怒る子供で、意地になって出されたジュースを飲まなかったりして、母がそのとき寂しいようなおかしいような苦笑いをしていたのをいまだに思い出す。私はこの記憶にずっと罪悪感を覚えてきたのだけれど、こう子供が生まれてみると、こうして子供が感情をもつれさせて親にぶつかってくるのはぞっとするほどの悦びでもある。

4月26日
晴れ。暖かい。今朝も家を出たところで子供が「ぐあいわるくなっちゃった」と顔を顰めた。一歩踏み出すと気負ってしまうのかもしれないし、妻が妊娠していることとか、いろいろなことが重荷なのかもしれない。コンビニでジュースを買いたいと言う。本人なりに自分をなだめようとしている。ただこらえるよりもいいかもしれない。私も学校を休む子供だった。とにかく学校に行くということの全体が嫌で、怖くなる。何が嫌で、何が怖いということもなく、全体として怖い。もちろんひとつひとつ嫌なことを挙げることもできるのだが、それがなくなればいいのかというとそういうこともない。原因や理由を探されるのも学校に行くのと同じくらい嫌である。なんといっても原因を探して対処するその目的が学校に行くことなのだから。そういう大人の目的があるのが嫌なのだ。学校に行きたくないというのは、子供が自分の自由を確保するための抵抗である。これは間違いない。子供が望むのは過去の原因を特定して未来の姿をコーディネートすることではなく、今現在の自由である。そういう点で多くの不登校に医療モデルはあてはまらないだろう。もちろん一部には疾患の治療が必要な子もいるだろうけれども。私は結構無理やり学校に連れていかれて登校していたけれど、それでなんとか「ふつう」の範囲で学校を卒業できた部分もあり、それが良かったのか悪かったのかよくわからない。すごくあやういバランスで成り立っていたと思う。自由と法の取っ組み合いの中に個人の生があるのだから、ドタバタするしかないのかもしれない。
今日は大学病院勤務で、そこまで気張らずに仕事ができたと思う。

4月27日
昨日の妻の話では、子供はもう今から「しょうごくせいになるのきんちょうするー」と言っているらしい。この4月に初めて年中への進級というものを経験し、そして去年の年長さんが「しょうがくせい」というものになったと知り、そのふたつの事実から自分がいずれ「しょうがくせい」になることを理解したのだと思うけれど、まあ賢くて頭が下がる。こうして常に新しい課題がこの先に用意されていることを知るのはおそろしい。最近の軽い行き渋りの背景にはこういう心境もあったのだろうかと思う。私も永遠に学校が続くことがこわくて、それ自体がおそろしくて学校に行けなかった。これが続くのかという恐怖。でも幼稚園の年中ではさすがにそうは思わなかったので、なんだかすごいなあと思いつつ、この先も苦労するのだろうなあと思い、今後もごちゃごちゃと世界との格闘が絶えないのだろうと思う。
今日はディズニーランドに来た。子供のリクエストで私の姉と父が一緒である。姉はともかく、4歳と70歳を連れてゴールデンウィークのディズニーランドを遊ぶのは不安であったけれど、予想よりだいぶ空いていて楽であった。今回は初めて宿泊プランのパッケージで申し込んでおり、乗り物やショーレストランの予約が取れた。ベイマックスの乗り物に私と父とで子供を挟んで乗った。たぶん父が最後にディズニーランドに来たのは私がこの子くらいの時だろう。それがこうして立派にディズニーランドを孫と楽しもうとしているのだからなんだか妙な感覚である。美女と野獣の乗り物に乗った。映画のストーリーをなぞる乗り物で、子供は野獣をすごく怖がっていたのだがなんとか乗り切った。アトラクション内でガストンが完全に省略されて影も形もないのにややウケた。ショーレストランのショーはミッキーたちが歌って踊るのだがこれが非常に楽しく、子供はこれも最初は怖がっていたのだが始まったら真剣に楽しんでいた。歌って踊るのがかっこよくて楽しいということを主にディズニーから学んでいる。
ディズニーランドが好きというのもたいがいかっこよくはないと思うし、文化帝国主義の代表選手であることやベテランキャラクターたちの異性愛規範の強さもかっこよくないとは思うのだが、やはりあの造形と音楽と動きの見事さには心が動かされる。今はドナルドのイベント期間で、私は昔からドナルドが好きだったので嬉しい。小学生の頃にドナルド柄の小さな枕を買って受験浪人中も昼寝に使っていた。いまディズニーランドで出会う着ぐるみのドナルドはふわふわで丸くて無邪気で幼児的なかわいさが極まっているのだけれど、アニメのドナルドはもっと線が細く青年的で癇癪持ちである。そうなのだが、それでいて、お尻がぷりぷりで羽毛が柔らかくぴんと立っている、なんともいえないエロスがある。ミッキーよりはるかにセクシーである。今のパレードはドナルドが主役で、ドナルドが夢の中で世界一イケてるスーパースターとして讃えられて、最後に夢だったことがわかるストーリーなのだけれど、それも個人的にはかわいらしい子供のあこがれの気持ちというよりも、根本的にセクシーであるがゆえの破壊的な羨望を感じる。私はドナルドに関してメラニー・クライン的なのである。知らんけど。
トイストーリーホテルに泊まった。4歳児の念願であったが、子供はあまりに疲れて寝落ちしたあと、夜驚で起きてまた寝た。低い子供用ベッドで寝てほしかったのだが寝ぼけながら何度でも高いベッドに移動するのであきらめてせめて添い寝することにした。おやすみなさい。

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