マガジンのカバー画像

夢喰いガーデン

41
村谷由香里の掌編小説を置いています。すべて独立した物語なのでお好きなものからお楽しみください。
運営しているクリエイター

2017年12月の記事一覧

【掌編小説】not eternity

【掌編小説】not eternity

 廃線を歩いていた。
 わたしの少し前には、女の子が歩いている。わたしより随分年下のようにも、年上のようにも見えたけれど、そもそも自分がいくつで、一体何という名前なのかも思い出せないことにすぐに気付いた。そういえば、何にもわからない。ここがどこで、自分が誰で、彼女が誰で、わたしたちはどこから来て、どこへ行くのか。
 廃線はまっすぐに続いている。空を見上げると青く、微かに波打っているように見えた。

もっとみる
【掌編小説】サヨナラ・ヘヴン

【掌編小説】サヨナラ・ヘヴン

 青い空と湖に囲まれたその遺跡には、古い石造りの墳墓が並んでいました。はるか昔、この帝国を治めていた貴族たちの墓です。かつては美しく秩序だって並んでいた墳墓はいずれも、攻め入った異国人たちの手によって壊され、風化されるままに朽ちています。それは遠い過去に滅んだ、帝国のお墓そのもののように見えました。
 滅亡した帝国の墓標と、青い空と、波一つ立たない湖。
 人によっては寂しさや悲しさを感じるのでしょ

もっとみる
【掌編小説】Scars of FAUNA

【掌編小説】Scars of FAUNA

 母のことを、僕はほとんど覚えていない。

 僕が物心つく前に母は既に故人になっていて、だから仏壇に飾られている十数年前の母の写真にまるで見覚えはないのだ。今日は母の十三回忌で、僕はじっと正座をしたままお経を聞いている。法事も十三回目となると悲痛な雰囲気や寂寞感は薄れ、その分故人は一層遠くなってしまったような雰囲気があった。

 法要が終わってからも気忙しくしている父と祖母を置いて僕はひとり外へ出

もっとみる

【掌編小説】ヘスペラス

 休みの日の夕方、ひとりで家にいると何だか息が詰まるようで、わたしは玄関の鍵を開けた。梅雨入りしたというのに綺麗に晴れて、太陽が姿を消し去っても空は昼間の青さをとどめている。
 わたしの住む借家の道路を挟んだ向かい側には古い社宅のアパートがある。そこの公園をわたしは気に入っていた。日が沈んだ後の公園にはもう子どもの姿はない。ただ、カメを数匹連れた巻き毛の男の子がベンチでギターを弾いている。
 もじ

もっとみる
【掌編小説】こどくの飼い方

【掌編小説】こどくの飼い方

 こどくを飼うことになった。
 こどくは暗くて寒い場所を好むらしいので、わたしは冷蔵庫をこどくの住処に選んだ。食事はいつも冷凍食品か外食で済ませてしまうから、部屋の冷蔵庫には時々飲むビールくらいしか入っていない。手のひらにのるサイズのこどくは冷蔵庫の隅でじっとしている。
 えさには甘いものを、と聞いて、わたしは百円のプチシュークリームを買ってきてはこどくにやった。けれどこどくはうつろな目でそれを眺

もっとみる
【掌編小説】天井で溺れるナポレオンフィッシュ

【掌編小説】天井で溺れるナポレオンフィッシュ

 天井ではあなたが溺れている。

 ソファに沈み込んだまま六畳の部屋から出なくなったわたしに餌を与えるようにあなたは温かなスープと形の悪いおにぎりを差し出して笑う。遮光カーテンを引いたままの部屋に、それでも夕暮れの鋭い西日容赦なく差し込んだ。ああ、今日がまた終わる。ずっと同じ今日だ。
 わたしから見えるもの。
 洗濯物が散乱した部屋。
 つかないテレビ。
 テーブルの上の枯れたアイビー。
 優しい

もっとみる