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トリノスサーカス③『怪力パンダの息子』

 
小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想した小説を書きました。
それが『絵de小説』
今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。

https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

https://twitter.com/nakagawatakao


 
 
 
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
月1UPの連作短編(全12話)です。
 



前回まで『①トリノスサーカス新春公演』

②『さよなら空中ブランコ』


 
 
登場キャラクター
ドララ  ……ニンゲン。道具係。白ヒゲ長い人。
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。ぼんとは呼ばないで。
フィンレイ……パンダ。マジック班出張所属。なやめる団員。
エミリ  ……パンダ。女マジシャン。
 
 


③『怪力パンダの息子』


 
 いつも通りの切断ショーでした。

 少しちがっていたのは、切断されるのが女性パンダではなく、男性パンダだったということぐらいです。

 マジシャンの女パンダにゆうどうされ、台の上におかれたハコに彼はねころがり、フタがとじられます。

 細長いハコで、頭と足だけが出ています。
 マジシャンがそのハコの、ちょうど真ん中に、細いテッパンをギロチンのように差し込みました。

 そこから台を動かし、ハコを左右に分けます。

 左は頭が出たハコ。
 右は足が出たハコ。

 台をぐるりと回したりし、2つに別れてしまったのをアピールします。
 そして2つのハコを戻し別れてしまった体を元に戻――さず、頭の方のハコを台の上でおこしてたてました。

切断されたパンダは笑顔です。

『ダララララララララ~~~~』

 ドラムロールがなり、

『~~~ダンッ!!』

その音と同時に、ハコをそのまま開いたのです。

マジシャンは、台の下に手をやったりして、なにも仕掛けがないことをアピールします。

そして、切断された上半身パンダをそのまま横にたおしました。

その瞬間、お客さんからは軽く悲鳴があがりました。
 
 

 
 
「うん、いい感じね。ありがとう」
 そう言ったのは、女マジシャンパンダのエミリでした。 

「ほっほほほ、まんぞくしていただいてなによりです」
 そう言ったのはニンゲンで道具係のドララです。

 練習場でした。

 エミリはそのデキを確かめるように、縦長のハコ、上下に分かれている上部分を左右に何度も動かしています。

 それは、新しく作られた切断マジック用のハコでした。
 寝転がって入るタイプではなく、立った状態で中に入り、上部分を横移動させ切断する、といったタイプのハコでした。

「あぁファルゴさん、ちょうどいいところにきてくれました」
 こがらなの中年イタチがトコトコとやってきました。

「見てください、新しい切断ボックスです」
「……知ってるさ。あんた、最近ずっとコレ作ってたじゃないか」
「おやおや、そうでしたね」
 ドララはひとり笑います。

「わざわざおひろめにボクを呼んだのか?」
「そうよ。ついでにファルさんで実験しようかと思ってきてもらったのよ」
 エミリが軽口をたたくと、ファルゴはわずかにみけんにシワをよせて答えます。

「ジョーダンよ、ジョーダン。このデキたてだけど素材そのままのハコを、ステキに仕上げてほしいのよ」

 「ステキって、どうする? 花柄にでもするか? ピンクにでも塗るか?」
 ファルゴはトリノスサーカスの美術係でした。
 つまりはこのできたてのハコを塗って仕上げて欲しいということです。

「どっちもいいわね」
 ファルゴはひにくたっぷりな言い方をしたのに、エミリは気づいていないのか、こたえていません。

「でも、ファルさんのセンスにまかせるわ」
「ふぅん……」
 ファルゴはじぃっとハコをながめます。

「じゃあさっそくお願いするわね」
「ダメだ」
「どうしてよ! あなたの仕事でしょ!」

 ファルゴは無言で右上を指さします。
 見ると時計がありました。
 ちょうど5時を指しています。

「定時だ」
 エミリはキョトンとしています。
「ボクはいそがしいんだ。残業なんてやってるヒマはない。」

「おっほほほ、個展の準備ですか?」
 ドララが聞くと、わずかにうなずき、別れのあいさつもナシに練習場から出て行きました。

「5時にあわせて来ただろ、あんにゃろう……」
 エミリのぼそりとしたつぶやきが、むなしく練習場に響いて消えました。

「では、わたしはコレを作業室にはこんでおきますね」
「まって」
「おやおや、どうしました?」
「フィンも呼んでるの、見てもらおうと思って。使うの彼だし」
「おやおや、フィンレイくんなら、団長室に入って行くのを見ましたよ」
「え、いつ?」
「ここに来る前ですよ」
「……それにしては遅いわね」
 エミリはアゴに手をあててつぶやきます。

「フィンレイくん、正式にマジシャン班になったのですか?」
「うん? まだそうじゃない、けど……」

 そこにはちょっとした事情がありました。
 もともとレッチというキツネのマジシャンがいました。
 彼は突然トリノスサーカスを退団した――だけではなく、他のサーカスに移籍したのです。
 しかも他のマジシャン班の若手も連れて行ったのです。

 トリノスサーカスマジシャン班に残ったのはエミリと、まだまだ若手の団員の2匹、全部でたったの3匹となったのです。

 これではまともにショーができない、っというので、きゅうきょエミリが団長に頼み込んで、怪力芸班のフェインレイをマジック班に入れてもらったのです。

 2匹は入団したときからの関係で、よく知る仲でした。
 昔は練習中の休憩なんかのちょっとした遊びで、フェインレイもいくつかのマジックをやっていたので、そのあたりの容量ははあくしていたので、彼に白羽の矢をたてたのでした。

「けど、どうしました?」
 それっきりだまったままのエミリにドララが聞きます。

「ねぇドララさん、フィンってどうやったら、このままマジシャン班にいてくれると思う?」

「おやおや、フィンレイくんは怪力班にもどってしまうのですか?」
「う~~ん……うん、ゴメン、いまの話は忘れて。それとやっぱりこれ作業室におねがい」

 それだけ言うと、エミリは足早に出て行きました。
 
 
   *
 
 
 エミリは返事がくる前に、団長室のドアを開けました。
「団長、いる?」

 エミリはドアをうすく開けたすきまから顔をのぞかせると、いかにも団長、っといったりっぱなつくえにりっぱなイスに座って、なにやら仕事をしている団長のジョーンズがいました。

 しかし、彼しかいません。

「仕事中だった?」
「いや……まあ、大丈夫だ」

「例の本?」
「まあな……」

 ジョーンズは若いころ、世界の各地を巡って冒険をしていたのです。
 その頃の体験談を本にする、っと言う話になり、ずっとせっせと執筆していたのでした。

「……それよか、何のようだ?」
「フィンは?」
「さっき帰ったよ、あわなかったか?」

「ドララさんに新しい切断ショーのハコを作ってもらったの、それ見に来るように行ってたんだけど、こなかったのよ。帰ったのかな?」
「そこまでは知らんよ」

 エミリは団長室に体をすべりこませます。

「フィンに話してくれました?」
「したよ」
「で?」
「で、ってなんだ?」
「だから、ちゃんとそのまま、こっちにいてくれるように言ってくれました?」
「さあな、それを決めるのはアイツだからな」

「えぇ~」
 エミリは不満げな声を上げます。

「団長が命令してくれたらそれですむ話じゃないですか、この前言ったでしょ」
「知るか。怪力班に戻るかそのままマジシャン班にいるかはアイツの決めることだろ。オレもいま言っただろ」

 2匹は無言でけわしい視線をあわせます。

「お前さんの気持ちはよく分かるよ。怪力班にもどっても演者の1匹で終るだけだろう、けど、アイツの切断ショーはハネる可能性があるからな」

「だったら……」
「でもな――」
 ジョーンズはエミリの声を強引にかき消します。
「オレはアイツの気持ちもよくわかるんだよ。オレも似たようなもんだったしな」

「……なによそれ」
「とにかくオレが命令して移動させるようなことじゃねぇよ」
「ヘンリーさんなら迷わず私の言ったとおりにしてくれたわ」

 ヘンリーとは、ジョーンズの父親で、先代団長のことです。
 ジョーンズは病死したヘンリーの後を継いで、昨年団長になったのです。

「だろうな。親父ならそうしただろうさ。でもな、その強引さが原因でレッチがやめてったんだろ?」

 エミリは出そうとした言葉を飲み込み、不満がただ爆発する前に団長室から足早に出て行きました。
 
 

 
 
「どこ行ってたのよ」

 空は太陽から月にそろそろ主役を交代しようか、っといったころでした。
 フィンレイが寮にもどったとき、入り口の前にエミリがいたのです。

「わたし練習場に来てって言ったわよね?」
 フィンレイは気まずそうに目をふせています。
 少しまってみても、2匹のあいだには重い沈黙しか存在しませんでした。

「もういい、何もかもめんどくさくなっちゃったわ。ハッキリ言うわ、マジシャン班に正式に入って」

「……」

「なんとか言ったらどうなのよ。あんたのそういうウジウジしたところ、嫌いよ」
「ボクも君の強引なところは嫌いだよ」

 エミリのまゆがぴくりと上がります。

「今度2匹入ってくるんだろ? ビビとアスオもいるし、どうしてボクが必要なのさ」
「あの2匹はまだまだ全然ダメじゃん。入ってくるのはもっとダメだし」
「それをなんとかするのがリーダー仕事だろ?」
「なさけないリーダーでごめんなさいね」
「いやみ言うなよ」
「言わせないでよ」

 フィンレイは深いため息をつきます。

「なにが不満なの? 初めての切断ショーで新聞にのったじゃない」
「たして大きな記事じゃなかったじゃないか、はしっこにちっちゃくのっただけだし。それに、悲鳴があがってたし……」
「それだけすごいってことじゃない」
 フィンレイはまた視線をそらして下を向いてしまいます。

「どしてそんなに怪力芸にこだわるの?」
「それは……」
 それっきり黙ってしまいました。

「とにかく少し考えさせてくれよ」
「いやよ。今すぐ決めてちょうだい」
 フィンレイはまた、深いため息をつきます。

「わかった、もういい。もうあんたなんかいらない」
 エミリはそう吐き捨てると歩き出します。

「付いてきて」
「どこに行くんだい?」
 エミリはその問いには答えませんでした。
 しかたなく、フィンレイはエミリの後を追いました。
 
 
* 
 
 
「おやおや、どうしました?」
 2匹はトリノスサーカスの事務所にもどってきたところで、ちょうどドララに出会ったのです。

 ドララは帰ろうとしていたようでコートを着て、手にはいつものカバンを持っていました。

「あぁ、あのハコを見に行くんですね?」
 ドララは一人なっとくした様子で聞きました。

「ううん、違うの」
「おやおや」

「ゴメンねドララさん、先に謝っとく」
 エミリはドララに向かって両手を合わせて謝るポーズをします。
「おやおや、どうしました?」

「あのハコを壊してやろうと思ってきたの」

「おやおや、それはそれは」
「なに言ってるんだよ!」
 フィンレイとドララは同時に声を上げます。

「いいの。私もうあきらめたの、フィンのこと」
「おやおや」

「その証拠にあのハコを壊してやろうと思ってきたの」
「せっかくドララさんが作ってくれたんだろ!」

「だってあんたは怪力班にもどるんでしょ?」
「そ……れ、は……」

「だったらあっても意味ないじゃん。あんたのために作ってもらったんだし」
 言われ、フィンレイはただオロオロして、エミリとドララを交互にみました。

「と、言うことは、フィンレイくんさきほどしゃべっていた話の答えが出たのですね」

 エミリはクビをかしげました。そしてドララの視線を追って、フィンレイを見ました。

「しゃべっていた話、ってなに?」
 エミリはクビをかしげながらフィンレイに聞きます。

「……君としていた話、みたいなことだよ」
「ふぅん。私との約束ほっぽっといて、ドララさんとおしゃべりしてたんだ。ふぅぅぅぅん」
「なんだよぉ……たまたま出会って……話を……聞いて……ごめん」
 2匹のやりとりを見て、ドララは一人笑います。

「ひとつお聞きしたのですが、エミリさん」
「なに?」

「あなたはフィンレイくんがマジシャン班に入ることで、あなた自身マジシャンとしての、パフォーマーとしての名声が、得られなくなるんじゃないんですか? それでもいいのですか?」

「いいわよ」
 即答でした。まるで、そんなこと聞かないとわからないの? っといった態度でした。

「おっほほ、そうですか。では、私も少しお手伝いしましょう」
 そう言って、ドララはカバンを開けると1本のカギを取り出しました。

「どうぞ、このカギを使って入ってください」
 そう言ってカギをエミリにわたすと、2匹を残して歩いて行きます。

「ごめんね、ドララさん! この埋め合わせはするから!」
 ドララは片手を上げ背中で答えました。

「さ、いきましょ」
「おい、マジかよ……」
 足どり重くフィンレイはエミリについていきます。

 トリノスサーカス事務所、1階の一番奥、観音開きの大きな扉、そこが作業室の入り口でした。

「ねぇ……やめようよ。やっぱりドララさんに悪いよ」
 エミリはフィンレイを無視してカギ穴にカギを差し込みます。

「ん? アレ?」
「なに? どうした?」
「コレ、ちがうカギじゃないの?」

 フィンレイは言われて見ると、カギ穴に対してカギがあきらかに小さいのです。
 エミリはカギを出し入れしたり、入れて回してみたりしてみても、カギが開いた感触がしませんでした。

「なによ、間違ってる……」
 何とはなしに扉を押すと、かんたんに開きました。
「カギなんて掛かってないじゃない」
 扉をグイっと大きく開き、暗い作業室に入ります。

「灯り、どこかしら」
 ついて入ったフィンレイが扉を閉めたせいで、完全な暗闇でした。
 たまにしか入ることのない2匹なので、どこになにがあるのかわからず、右往左往しました。

「いったん出……」
 不意にエミリがフィンレイのうでをつかみました。

「なに……あれ?」
 フィンレイもすぐ気づきました。

 暗闇の奥、そこに、ぼんやりと光るドアがあったのです。

 フィンレイは、うでをつかむエミリのふるえる手をそっと上からにぎりしめます。

 そして2匹は、ゆっくり、ゆっくりと光るドアに近づいていきました。

 ドアノブをにぎると、カギが掛かっているようでビクともしません。

「あっ、カギ……」
 エミリはそう言いうと、ドララにもらったカギをポッケから出し、フィンレイに手渡しました。

 そして光るドアのカギ穴に差し込みます。
 今度はぴったりハマりました。
 そしてそのままひねると『ガチャ』っと音がしました。
 フィンレイは光るドアをゆっくり開きます。

 差し込んできたまぶしい光に、2匹は目をつぶります。

「……」

 光が落ちてきて、目を開くと、そこはうす暗いローカでした。

「ねぇ……」

 言われフィンレイがふり返ると、おどろいたことに後ろにドアがありません。2匹してローカの途中に立っているのです。

「どこなのここ?」
「どういうことなのよ?」
「夢かしら?」
 エミリのどの疑問にも、フィンレイは答えることができません。

「やだ……」
フィンレイが動こうとすると、エミリのつかむ力がつよくなりました。

「ボクも恐いよ」
 2匹は手をつなぎ、ゆっくり歩きはじめました。

 ローカの左右にいくつかのドアはあります。
 1番奥の突き当たりのドアは少し開いていて、光がもれ出ています。

 そこに吸い込まれるように歩いて行きます。

「……うちゃん」

「え?」
 あまりに小さなつぶやきに、エミリはフィンレイがなんと言ったのか、聞き取れませんでした。

 突き当たりのドアには、光る灯台を背に赤白で横縞のレスリングタイツを着た、灯台より大きいパンダが描かれたポスターが貼られていました。

 書かれている文字を読みかぎり、誰か、知らないプロレスラーの引退試合のポスターのようでした。
 日付は2匹が生まれるずっと前です。

 ドアをゆっくり開き、2匹は中に入ります。

 荷物がらんざつに置かれた机にいくつかのロッカー、そして長椅子に大きなパンダが座ってこちらに背を向けていました。

 岩石のような、大きな背中でした。

 ドアに貼られたポスターのパンダのようで、服装もポスターのままでした。

「どうした、チビたち」

 言われ、2匹は気づきました。
 壁の姿鏡にはどうしてか、2匹して子供の姿になっていたのです。

「こんなところに入ってきちゃダメだぞ。それともアレか、お父ちゃんが試合に出てるのか?」

「お父ちゃん……」

「まあ、いいさ」
 ふふっと背を向けたまま笑います。

「今日が引退試合だったの?」
 エミリが聞きます。
「そうさ。さっき終ったよ」
 すこし、頭をあげます。

「どうして引退試合のポスターなのにあんな絵なの?」

「大波を倒したライトハウス」
 フィンレイがぽつりというと「そうさ」っとひと言返しました。

「用がないならもう帰んな。1匹にしてくれ」

「ひとつだけ……聞いてもいい?」
 フィンレイがそう聞くと「なんだ?」っと答えました。

「お……いや、あ……その、もし、子供がいて……その息子が……同じ職業になって……でも、でも、でも……たいして才能がなくて……」

 フィンレイの声は、少しずつふるえていきました。

「……それでも、すがりついて……他にもっと才能が……あるって言われて……迷って…………」

 エミリはフィンレイの肩を抱いてささえました。

「……ボクも……お父ちゃんみたいになりたくて……でも……無理なんだ……それがなさけなくって……どうにもならなくて……」

「……」

「そんな……そんな……ボ……クを……情けなく思うかい?」

 黙って、振り返りもせず、静かに聞いていました。

「オレは、どうしてレスラーを引退すると思う?」

「……ケガだろ?」
「ふふ、それはそうさ。でもな、ケガもなしでリングに上がったのは、デビュー戦だけだ」

「そうなの?」

「この辺が限界だって思ったんだよ。引退試合がメインじゃない程度のレスラーだったしな」

「……」

「でも、本当の理由はな、誘われたのさ」

 2匹は黙って聞きます。

「友達でサーカスやってるヤツにな。オレなら怪力芸でひと花咲かせれるってさ」
「トリノスサーカス?」
 エミリが聞くと「そうだ」と答えました。

「いいか、ボウズ、すがりつくのもひとつの生き方なら、必要とされてるところに飛び込むのもひとつの生き方だろ?」

「……」

「成り行きだよ、成り行き」
「成り行き?」

「そうだ。無責任な言い方だけどな。自然の流れに逆らわずに生きるヤツは強いのさ」

 フィンレイはコクリとうなづきました。

「さぁ、もういいだろ? 今度こそ帰りな。ホントはこんな所には来ちゃいけないんだ」

「うん……ありがとう」
 フィンレイはエミリの手を取ると、部屋を出て行きました。

 出たと同時に、2匹は光の渦に包まれました。

「……アレ?」

 2匹して後ろを前を、左を右を、上を下をキョロキョロしました。

 どうしたことでしょう、2匹は作業室の扉の前にいたのです。
 元の大人の体に戻っています。

「なんだったのかしら?」
「さぁ、ボクもわかんない」
 2匹してクビをかしげます。

 どれだけ考えても答えは出ません。

「ねぇ、あなたのお父さんって……」
 2匹してようやくおちつきだしたころ、エミリが聞きます。
「うん、亡くなってるよ……」
「じゃあ、アレって……でも、夢じゃないわよね?」
「夢でもいいよ、お父ちゃんに会えたし」
 笑うフィンレイにつられ、エミリも笑顔になりました。

「会えてよかったわね」
「うん。父ちゃんはボクのヒーローだったんだ」
 フィンレイは真面目な顔をしてエミリを見ました。

「ゴメンね。ボク、エミリの言うとおりにするよ」

「……私の方こそごめんね。あなたが迷ってる理由……ちゃんと考えてなかった……」
 エミリはそう言いながらぽろぽろ涙を流しはじめました。

 フィンレイは1匹おたおたしてなんとかエミリをなだめました。
 それでもなかなか泣きやまないで、どうしていいかわからないのでエミリの頭をやさしくなでなですると、軽くふりはらわれました。

「ねぇ……」
「なに?」

「見る?」
「なにを?」

「ハコ」
「そうだね」
 フィンレイはそう言って、作業室の扉に手をかけます。

「ねぇ、ひとつ教えて?」
「なに?」
「あのポスター、大波をどうとかってどういう意味?」

「あぁ、アレね。アレはお父ちゃんがチャンピオンになったとき、相手選手が『大波』って名前の技をフィニッシュホールドで使ってたんだって」

「うん」

「それを返して勝ったから、その時の技の名前を『ライトハウス』ってつけたんだって」

 大波からライトハウス――灯台を守る姿をエミリは想像し、1匹納得しました。

「さぁ、行こうよ」

「ねぇ、大丈夫かしら?」
「なにが?」

「このドアのむこう、また、変なところにつがってたりしないかしら?」

「フフ、もう本当に大丈夫だよ」
 そう言って、フィンレイは扉を開けて、2匹して作業室に入っていきました。


 そこは過去ではなく、輝かしい未来でした。
 

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