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孤独に歩め。あれやこれやをせず、出来ることは少なく、林の中の象のように

こんにちは。

本日は、プラモデルの筆塗り塗装を1時間半ぐらい行った後に、外出。近所のイオンで朝食と昼食を兼ねたラーメンを食べて、本屋をブラブラしてから、公園へお出掛けしました。
多分、イオン1時間、公園2時間、合計3時間の散歩でした。

公園のバラ園がとても良かったです。

満開シーズンのバラ園も良いですが、冬の閑散としたバラ園は静謐で落ち着き、寒い中、何とか咲いている薔薇達、お世話をしている人達の気配が感じられました。薔薇の香り。枯れた薔薇からは死の気配。
曇り、次第に晴れてきて、世界が輝き始めて、違う世界線に来たみたいな、私にとって散歩はちょっとした旅行みたいです。

iPhoneカメラで46枚撮影。Instagramにアップする気力が湧かないので、休憩がてらの執筆。作業部屋のテレビでアイバーチャンネル、アイバーさんとサクライ総統の雑談配信を流しつつ、この部屋は私の家の中で1番、陽当たりが良いので、ウィンターブルー対策の日向ぼっこを兼ねて、のんびりと文章をiPhoneのnoteアプリで打ち込んでいます。

昨夜、突然思い付いて、私のアーティスト名を変えました。Xなどは新しいアカウントを作り直して、Instagramは改名、私はモデラーとアーティストを完全に分けて、A面B面のように考えていたのですが、プラモデル歴1年を越えて、私の中でプラモデル作りがクリエイティブ&アートの領域に寄ってきた感じなので、両者の敷居を下げて、名前も同じ感じに変えてみました。
これは、ネット配信で、今年からプラモデル中心ではなく、クリエイト全般をカバーし、総合的なクリエイターサロンを目指す方向性に変えたので、noteにおいても、プラモデルだけではなく、「私」を中心に据えて、書きたいことを気兼ねなく記事にしてアップしよう、と。

私はモデラーであり、写真家であり、音楽家であり、絵描きであり、文筆家です。そして、プラモデル作りと写真と音楽と絵をミックスして、1つの文章で語る人を、私は私以外で見たことがありません。
私がクリエイトしている以上、模型作り、写真撮影、音楽制作、絵描き、それらのルーツ(根源)は私であり、それらの表現について思考することは、行動者である私を探っていくことに繋がっていきます。

昨日の記事で書きましたが、現在、私はプラモデル作りで拗らせています。この拗れは、模倣したいプラモデル作りがほとんど皆無なこと、私がどうやら独自路線でプラモデル作りを行い、ネット上で評価されていない(そして今後も評価されないであろう)と認識している疎外感と孤独感、或いは、模型界隈と私のプラモデル制作における価値観の乖離が原因なのだろう、と私は自己分析をしています。
この拗れは、音楽制作において、似たような形で既に私は経験をしています。現在、私は音楽制作において、拗らせていません。何とか克服をしました。特に、今、手掛けている音楽シリーズはとても自己満足をしていて、私の中で過去作と分けたい気持ちがあったので、改名して、新しい音楽家として音楽をネットで発表をしたい、という考えもあります。

休憩がてら(私にとって文章を書くことは、休憩みたいなものです)、のんびりと書いているので、前置きが長くなっていますが、今回、私が書きたいのは、創作における拗らせと克服への過程です。

私の全てのクリエイトにおいて、根本にあるのは写真であり、写真論です。写真以外のクリエイトは、独学で、無知なまま創作しています。例えば、音楽は、音楽理論どころか、コードさえ分からず、ドレミさえ怪しいまま、私は電子音楽を作り続けています。

これは1つの実験であり、

「私の写真への取り組み方は、他の創作に応用して活用出来るのか?」

結果、今のところ、出来ています。

とは言え、ネットで必要な知識は得ています。音楽制作の動画、プラモデル作りの動画などを見て、自分にとって必要なところは学び、創作の方向性、つまり、創作の中心にあるであろうテーマ性は、人様からは学べないので、自分で拵えるしかありません。

現在、私の写真に関して、自己満足をしています。散歩に出掛けて、iPhoneで写真を撮るだけ、フィルターを1枚咬ませて完成。イージーです。
評価に関しては、Instagramにアップしていますが、ライクはほとんど入りません。タグを付けず、コメントを付けず、写真のみ。
私は、写真のウケを気にしていません。フィルターはiPhoneカメラのドラマチックを使用していて、あえて彩度を落としています。珍しい物や映える写真ではなく、私にとって、ただの散歩写真を撮っているに過ぎません。
さらに、撮った写真をほぼ全てInstagramにアップしているので、見る人にとっては煩雑で、くどく感じるでしょう。
ほとんど加工せず、チョイスしてアップしない。カメラはiPhone。こだわらない。
私の写真作品は地味なのでウケにくく、写真で何をテーマにしているのか、分からない人もいるでしょう。
私は、理解されなくても構いません。何故ならば、私は作品(創作)の構造において、受け手を排除して、関係性を絶っているスタンスだからです。従って、どのように見てもらっても構わないし、最低限、受け手から誤解を招かないように撮影をすればよくて、私は、私の写真だけで十分事足りるだろう、と考えています。
つまり、受け手への説明を極力、省いています。説明を省いて、言葉を省いて、それでも伝わる人には伝わるし、どれだけ説明をしても理解出来ない人は出来ないからです。

音楽に関しては、アンビエントミュージック、私の内面世界であり、深層世界、聴いていてリラックスする為の作曲、安眠。
アンビエントミュージックだし、不協和音が入っているし、「音楽」を目指していないので、ウケが悪いです。聴いていられない、と聴き手に拒否反応が出ることが多いです。
聴き手が聴いていて辛かろうとも、私は聴いていて心地良いですし、聴いていると寝れます。なので、今の私は、そのことで悩んでいません。
現在の音楽制作、EQで音を調整せず、エフェクトも多用しなくなりました。これは、写真をほとんど加工しないのに似ているでしょう。どんどん、やることを減らして、シンプルに制作をしています。

写真撮影と音楽制作をプラモデル作りに置き換えて考えてみると、極力、手を加えず、塗装もシンプルに、手早く作り終えるスタイルだと思います。
素組からの筆塗り塗装、私はずっとアクリジョン筆塗り専用塗料だけで塗装をしていて、このシリーズは現在、全9色。そして、筆塗り専用は基本パステル調で、色が偏っています。
言ってみれば、ピーキーです。
色が足りない(まず何より黄色がない)、色の偏りを楽しんでいます。色を買い足すと際限がなく、悩みが増えるだろう、と考えていて、同じ悩むならば「少ない色数を活かしてどのように塗ればいいのか」を選んでいます。
私は鉛筆画を描いていて、色鉛筆はseriaの「にほんの色鉛筆」だけを使っています。「色彩感覚を育む和名12色セット」とパッケージに書いてあって、やはりベーシックな色ではありません。
そもそも、絵を描くのに鉛筆のみというシンプルチョイスの私です。

「孤独に歩め。あれやこれやをせず、出来ることは少なく、林の中の象のように」

私はクリエイトにおいて、あれやこれやが出来ることを美徳だとは考えていません。つまり、ツールを増やしたり、技術の向上を目指していません。
写真撮影はiPhoneカメラを使用し、音楽制作もiPhoneのアプリ=KORGのGadget3を使用しています。絵を描くのは鉛筆のみ。
立派な機材を使って制作をしている人と比べて、どう考えても、私の機材はショボい。なので、作品自体がショボくなっても仕方がないかも知れません。
まぁ、iPhoneカメラも、Gadget3も優秀です。鉛筆画だって、絵を描く基本と言えるでしょう。

私は、写真で上手いを目指さず、匿名性を目指しています。私は創作全般において、人様から上手いと言われるような努力をしていません。私の中で、「上手い=詰まらない」からで、上手いのは分かりやすいのです。

私は、どうということのない写真を撮っている自覚があります。特別な撮影技術や機材を持っているわけでもありません。淡々と撮ることを心掛けています。写真制作の努力は、写真以外にあって、私はヘーゲルの「精神現象学」を、チマチマとかなり遅いペースで読み続けていて、私の写真制作の努力の多くは、考え続けることです。
音楽についても考え、アンビエント(環境)とは何かを考え、今、ようやく、プラモデルについて考え始めた感じです。

プラモデルを思想的に考える、こういう試みを私はほとんど知りません。多分、私にピッタリなプラモデル関連の書籍はないでしょう。無いものは自分で編み出すしかありません。
これは、時間が掛かることなので、慌てず急がず、毎日プラモデルを作りながら、のんびりと考えていくことにします。

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