パンツ

 ギュッと力を入れると、この小さい布がそんなに含んでいたのかと思う量の水がシンクに落ちる。

「ほら、バンザーイ」

 ドアの向こう側から聞こえるのは、耀太に体を洗われている光太がキャッキャッとはしゃぐ声。子どもとはいつの時代も現金なもので、ついさっき「おねしょしちゃった……」とめそめそしながら起きてきたことはもう忘れたようだった。体を洗いながらふざけている二人の楽しそうな声が風呂場に響いている。

「風邪ひかないように、あんまり湯船の外で遊んでないでよ?」

「はーい」

 私がドア越しに声をかけると、夫と息子の息の揃った返事が返ってきた。二人の屈託のない笑顔がありありと目に浮かんで、水洗いした息子のパンツを持ったまま少し頬が緩む。

「まったく、本当に分かってるんだか……」

 そう言いつつも悪くない気持ちで、絞り終わったパンツを洗濯かごの縁に掛ける。洗濯機には今汚れたシーツが入っているので、このパンツは後で他の下着とまとめて洗うことにする。シーツを洗い終わったらすぐに洗濯機に入れられるように整理すると、私と耀太と光太の三人のパンツがならんだ。光太の濡れているパンツは、小さな恐竜が散りばめられた綿のパンツ。耀太のは、無難なチェック柄の青いトランクス。そして私のは、この中で最も履き古したレースのパンツだった。おしゃれなはずのそれはヨレヨレで、セクシーさの欠片もない。ブラジャーとセットで買ったばかりの頃は、きちんと洗濯ネットに入れていて干し方にも気を遣っていたのに、今や恐竜パンツ君やトランクス君と同じ扱いだ。ゴムは伸びきっているし、毛玉も発生している。よく見るとレースが破れかけている箇所もある。

「あーあ……」

 見るも無惨なその姿に大袈裟なため息をついてみたが、実際のところは落ち込んでもいないし、呆れてもいなかった。だって、このヨレヨレのパンツは、私の「家庭」の幸福の証なのだ。光太を産んだ私はもはや女ではなく母親で、それは正しいことだ。そして、母親である私を愛する耀太もまた父親で、これを以て正しい家庭が完成する。私たちが正しい家庭であることは、光太の幸せのために必要不可欠なことだ。
 私の「女」を彩るランジェリーが、母親のヨレヨレのパンツになる。これは、正しい家庭の一端を担える耀太への信頼と、光太への愛情の結晶なのである。
 並べられたパンツに満足感を覚えながら脱衣所を出た。脱衣所の外まで、耀太と光太の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

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