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さようならと言わなかった私のペットロス

私は保護猫を預かる事にした。その猫は偶然にも以前一緒に暮らしていた猫と同じ顔をしていた。

私は長い間ペットロスを抱えていた。色々な理由で連れてくるのは父親なのだが、昔ながらの考えなのか、動物達の調子が悪くなると対処療法しか施さなかった。それが私にとっては大層なストレスで、時代が違うのだからもうやめてほしいと懇願していた。

私はその小さな保護猫を抱きしめながら、過ぎていった動物達を思い出していた。彼らは何より私に命を教えてくれた大切な存在であり、もう会えなくなってから10年何年経とうとも、私は今現在も1匹たりとも亡くなった事を認めていない。おかしな話でしょう?

実家に戻っても、きっと今散歩に出かけたのだろう。と言い聞かせて目を逸らしてきた。死ぬはずがない。消えるはずがない。

他の人に話せば、もう自由にしてやれとか、解放してあげてとか言われるのかもしれない。

学生の頃、帰省した際に年老いた猫が座って日向ぼっこをしていた。もう毛並みも艶がなくなり、その後ろ姿は、もう消えゆく春の移り変わりのような雰囲気が漂っていた。愛らしい頭の後ろ姿と背中の丸みが、今も昨日の事のように思い出せる。

矛盾するが、私はその後ろ姿を見ながら、もう逝ってしまうならもうここで、旅立ってくれとも思った。もう会えないだろうと感じさせたその弱々しさの中で、彼女は目をつぶって小さな仏像のように希望をまだ抱いて光を浴びていた。私の幼い頃、泣けば一緒にそばにいてくれて、お風呂の間もずっとガラス越しに待っていてくれる姿が見えて、一緒に眠ってくれ、朝私の名前を呼んでいた。私の事を子供だと思っていたのかもしれない。そんな尊い彼女がいなくなるはずないとずっと認めなかった。最後は私の母親に見守られて眠ったという、電話越しに聞いたその言葉は私に心には届かずに、空へと消えていった。

そしてもう1匹思い出深い子がいる。血統書付きの優しい優しいラフコリー。深い優しさを目の奥に潜ませて、いつも私を見つめていた。彼の目は銀河で、地球で、星空だった。彼は大きな体にも関わらず気が弱くて優しかった。座る時、よいしょと言わんばかりに、毎回グルルルと優しい声を出した。ある日私は帰省した際に興奮した状態で、彼をケージから出して大袈裟に構った。そうすると彼は驚いたようにへたんとおしりだけ座った。私は彼に構いすぎたと思い、静かに座った。しかし後で気がついたのはそれは、彼のボディーランゲージだったという事がわかった。つまり彼は私に「落ち着きなさい」とメッセージを送っていたのだ。そして私は気が付かないものの、指示される通りに座った。彼のメッセージは私に伝える事に成功したのだった。私はここで英語でもドイツ語でも日本語でもない言葉が存在することを身をもって体験し、犬というものは、飼い主に従順で、自分より下の立場でなければならないと思っていた彼が、私を怒ることもなく躾けていた事に気がついた。私は彼の優しさに触れて涙が止まらなかった。こんな言葉がこの世界にあるのだと、人間としての言葉ではない言葉が存在するのだと、音がつんざくような、耳の痛い言葉ばかりではない静かな言葉がそこに存在していた。そして何より心に通じていた。

植物も他の動物達も声は出すが、私達の知らないボディランゲージを上手く利用している事だろう。

そんな彼も、私は異変に気がついてなんとかしようとしたが最終的には、もう会えなくなってしまい、普段人に怒ることのできない私が、両親を罵倒しそうになったが、血管が切れそうなほどの怒りを持って声を出さずに泣いた。多分髪の毛も逆立っていたと思うし、目を開けているのに、怒りで何も見えない状態になっっていた。引き取ろうと何度も考えたが、都会で中型犬を育てるのは難しかった。私にもできることがあったかもしれないと思うと、怒りを両親だけにぶつけることはできず、その怒りの矛先は自分自身だった。

私は苦しみの中でまた、彼の死を認めることができずに、目を背けた。あんなに尊い命が消えることがあっていいわけないと。どこかで散歩に行ってまたいつか帰ってくるだろうと。

話は戻るが、私と幼少期から過ごした猫にそっくりなその保護猫は、私にすぐ懐いた。この子はあの子ではない。でも私は、私と出会ってくれた動物達にさようならをこのまま言わずに、一緒に生きる事にした。私の心にいつまでも生きる彼、彼女は、嬉しそうに外を走り回っている。これでいいのだ。無理にさようならを言わなくてもいい。心の中で吸収して、これまで以上に体の中に染み込ませた。暖かい血が体を回るように、彼らの命は私の命と共に永遠に体の中を巡りわたり力をくれる。



私はまだ、名前もないその子猫に顔を寄せて言った。

「可愛い子猫ちゃん、はじめまして。」


秋が冬に変わりゆく、寂しげな風を受けるように、そして冬から春に訪れるような喜びが、私の体を駆け巡った。












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