6. 最後に抱くであろう疑問に応えたい

 目が覚ますと周囲はもう暗かった。駅舎にかかっている巨大な時計が、夜の八時すぎを示していた。
 状況を確認しようと周囲を見渡すと、同時にものすごい痛みが体中を突き刺した。かろうじて認識できたのは、ぼくが駅前広場の花壇に寝転がっているということだった。ガードレールに挟まっていたはずの交差点からは、五十メートルほど離れている。
 駅前広場には救急車とパトカーが来ていた。警官が「危ないから近寄らないでください」と拡声器で注意する中、大勢の人が携帯カメラでその周囲をパシャパシャと撮っている。見ると、駅ビルの窓ガラスが何枚か割れている。爆発事故でも起きたのだろうかと思ったが、様子はよく分からないし、体の痛みと謎の疲労感のせいで、花壇から一歩も動けなかった。
 この花壇は市政百周年とかそういう企画で作られたものらしく「全国でも有数」らしい。何がどう全国有数なのかはよく知らないが、花はいくつも折れて、荒らされているようだった。透明人間のぼくが落ちてきたからって花が折れるわけがないので、やはり何かの爆発が起きたようだった。
 その後しばらく寝転がっていると、駅ビルのスクリーンに九時のニュースが流れた。「ナントカ法案が衆議院を通過」「ナントカ国でまた自爆テロ」といった全国版のあと、ローカルニュースで「○○市で竜巻出現」というテロップとともに、ちょうどいま自分が寝転がっている駅前広場の映像が流れた。携帯カメラで撮った動画のようで、右下に小さく「視聴者から提供」の文字がある。
 そばにある駅ビルと同じくらいの高さの竜巻が、駅前広場をあちこち暴れまわっていた。駅ビルの窓ガラスが割れて、歩道の放置自転車がばたばた倒れて、花壇の「日本有数」の花が吹き飛んでいった。一瞬、画面の端にマキノと思われる女子中学生も写っていた。もちろんぼくは写らない。
「海外ではありふれた現象だが、日本の、しかも都市の真ん中でこのような竜巻が出現するのは珍しい」「竜巻の発生要因自体にまだ未解明な点が多いため、なぜこのような現象が起こったのかは調査中である」と専門家がコメントしていた。画面の下にSNSへの投稿がリアルタイムで流れていて「放射能の影響だ」「温暖化のせいじゃね」とかみんな勝手なことを書き込んでいた。
 最後に「竜巻に巻き込まれて男性一人が意識不明の重症、割れたガラスにより女性二人が軽いけが」との警察発表があった。透明人間ひとりも重症、というのも追加して頂きたかったが、マキノは最悪でも「軽いけが」である事にひとまず安心した。
 あとで分かったことだが、この「男性一人」は例の四十代無職の性犯罪者だった。彼は竜巻に巻き上げられたまま川の土手に落下し、意識不明のまま病院に搬送されたが、身元確認の途中で自分の行為が顕にされてしまい、病院を出ると同時に警察送りになったらしい。おそらく例の、自分の行為を綴った日記を持ち歩いていたのだろう。他に発覚する理由が思いつかない。救いようのない馬鹿だと思うけれど、秘密をきちんと秘密にできないのが不透明の業というものだろう。
 竜巻の件から数日後、男の顔と名前が地域ニュースで報道された。マキノがそのニュースを見たのかどうかは分からないが、もし見たとしてもそれが自分の待っていた相手だとは気付かなかっただろう。
 マキノはといえば、竜巻が収まったあともしばらく駅前で待っていたけれど、ぼくが目を覚ます少し前に帰ったらしい。その後しばらくは男との連絡がつかなくなった事について、自分がなにか嫌われるような事をしたのかと思い悩んでいたけれど、半月もすれば相手のことを忘れてしまった。

 後から考えてみたが、あの竜巻はおそらく、ぼくが引き起こしたのだと思う。
 なによりの根拠として、ぼくはあのあと実に三日間にわたって、駅前の花壇から動けなかったのだ。痛みは翌朝には引いていたけれど、全身に布団をたくさんかぶせられたような倦怠感があって、ほとんど手足を動かすことも出来なかった。こんな感覚は記憶にあるかぎり初めてだった。ぼくは今まで交通事故などで「怪我をする」ことはあっても、「体調を崩す」という経験なんてなかったのだ。
 つまり、ぼくに「隠された能力」があって、マキノの貞操の危機および自分の生命の危機にあたってそれが発動したという事だ。そのためにエネルギーを使いすぎて、三日にわたって寝込んでいたのだ。
 ハリウッド映画もびっくりのご都合主義だと思うかもしれないけど、ぼくなりの理論的根拠もある。一言で言うならば、透明人間=暗黒物質説である。
 星の数ほどなんとやら、という言葉があるが、宇宙にある星の数は、光を見て直接数えたときと、銀河の重力から計算したときでは数が全然合わないらしい。この不一致の原因についてはいくつかの仮説があるけれど、もっとも有力なのが「光らないけど重力はある星がたくさんある」というもの。この星が暗黒物質(ダークマター)でできているという。暗黒というと紛らわしいけれど、「黒い」のではなく「見えない」。
 となるとぼくの正体は「暗黒物質人間」なんじゃないか。ビンゴ。これに違いない。
 暗黒物質は、通常の物質とは重力以外の相互作用がまったく無いといわれている。だから銀河を動かすことでしか「観測」されない。でも「相互作用」がないってことは、「一方的作用」ならあるかも知れないって事じゃないか。
 で、あの駅前広場では、死の危険が迫ることで精神がアレして瞬発的に自分の重力をズーンと激増させて、その結果として空気の流れがおかしくなって竜巻が発生したのだ。それだ。それでいこう。
 透明人間改め、暗黒物質人間。
 もちろんこれは科学的な話ではない。もしこれがぼくの人生で初めて起こした世界へのリアクションだったとしても、それによって世界からオッカム的に切り落とされたはずのぼくの存在がにょきにょきと生えてくるわけじゃない。
 竜巻というのは、原因はわからないけれど自然に起きる現象であって、ぼくの存在が無かったとしても説明できる事なのだ。だからオッカム的にぼくを証明するには、一度の竜巻では足りない。
 もしぼくがこれから定期的に、たとえば「毎週土曜日・午後二時・駅前広場」で竜巻を起こしていれば「これは人為的な行為に違いない」「いくら探しても犯人が見つからないという事は、観測できない人間がいるに違いない」「つまりこの街に透明人間が居る」という結論が出てくるかもしれない。
 けれど、今のところあれ以来一度も竜巻を起こしたことはない。誰もいない川の土手であの時の感覚を再現しようと何度も練習したけどダメだった。もしかしたら一生に一度しか使えない感じの必殺技だったのかも知れない。
 でも、もういいじゃないか。不透明が認めなくても、ぼくだけが信じよう。ぼくは竜巻を起こして世界にリアクションをもたらす事ができた。結果として(本当に結果オーライだけど)マキノを守ることも出来た。
 いずれマキノもちゃんと不透明の男が出来て、きちんと不透明的な行為をするのだろう。それはぼくが関与できる事じゃないしそれで良いと思う。どんな相手なのかだけはいちおう確認したい。それが二十代イケメン大学生を名乗る四十代の無職の性犯罪者でなければ、ぼくも竜巻で吹っ飛ばすような真似をするつもりはない。

 さて、ここまで聞いてくれた人に感謝を述べたい。そして最後に抱くであろう疑問に応えたい。
 お前は一体、どこの誰に向けて喋っているのか、と。
 これは先日思いついた仮説だが、ぼくは透明人間だから、ぼくが喋っても不透明人間はそれを聞くことは無い。だが、ぼくは不透明人間の声を聞くことが出来る。それなら、もっと上の段階があるんじゃないか。つまり、透明人間の声が聞こえるけれど、自分の声は透明人間に聞こえない「超・透明人間」がいるんじゃないかって事だ。
 ぼくはそんな彼らに、ぼくの思いを聞いて欲しいのだ。おそらく彼らはぼくと同様か、それ以上の不遇に苛まれているだろう。ぼくは君たちをオッカムの剃刀で切り捨てたりしない。
 聞いている人、ドキッとしただろう?ぼくはそういうのを想像するのが大好きだ。
 以前、ある公園でひとりでベンチに寝そべっていたら、隣のベンチの女の人がぼくに向かって話しかけてきたことがあったんだ。一瞬、もしかしたらぼくが見えるのか、と思ったけど違った。ただの精神の疲れてる人だった。でもあの時はほんとうに心臓が止まるかと思うくらいびっくりしたんだ。その驚きを体験してほしい。
 いつか不透明人間たちの技術が進歩して、ぼくや君たちを見つけるかもしれない。そういう日が来て、ちゃんとアクションとリアクションを分かち合えたら素晴らしいと思っている。そんな日が来ることを願っている。

 長々と聞いてくれてありがとう。君にも良い人生があることを祈ろう。

(おわり)

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柞刈湯葉

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生まれつき透明人間の少年が不透明な人間社会の闇を見据える社会派SF小説です。 (note の使用感チェックとして以前公開した短編小説を再投稿しています)
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