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ボストン美術館の「ラ・ジャポネーズ論争」

アメリカのボストン美術館で、モネの絵画「ラ・ジャポネーズ」から復元した着物を羽織って、この絵の前で写真を撮りましょうというイベントが行われていたのですが、抗議を受けて中止したそうです。

この件、なかなか面白いのでまとめてみました。まず日本で多くの人の目に触れたであろうヤフーニュースの記事は以下です。

米ボストン美術館の和服体験イベント、「帝国主義」批判で中止―中国紙 (Record China) - Yahoo!ニュース 

しかし、一部から「民族蔑視だ」、「帝国主義を連想させる」などの批判が噴出。美術館側はイベント自体を中止した。

私はこの記事を一見して、民族衣装を着てみよう系のイベントなんてたくさんあるし、ジャポニズムが西洋人の目から見た日本文化なのはわかるけど、帝国主義としてイベント中止に追い込まれるほどのことなの? と思いました。

上記のヤフーニュースのコメント欄は(相変わらず)ひどいです。このイベントを中止するべく抗議した人が中国系アメリカ人らしいのですが、それに対してネトウヨ的なコメントが並んでいます。「帝国主義=かつて中国を支配した日本の帝国主義」とし、日本をアピールするイベントは嫌いでつぶしたいのだろう、という解釈です。

この記事だけではわかりづらいですが、英語メディアなどを読んでいくと実際にはそうではなく、同じアジア系アメリカ人としての同胞意識が強いことがわかります。アメリカ社会の中でアジア系アメリカ人やアジア文化が周辺的なもので、エキゾチックだったり、ことさらセクシーなものとして扱われることへの反発ということです。つまり、ここでいう「帝国」とは西洋文化です。

Stand Against Yellow Face — Breaking Down Orientalism in La Japonaise

抗議している人たちのブログによると、これはモデルであるモネの妻に金髪のカツラをかぶせて娼婦風にしているそうで、当時のフランス人に受けていた芸者風に描いたとのこと。

しかも、ボストン美術館は浮世絵をたくさん持っていることで有名で、浮世絵を見せて着物に触れようというイベントならいいのに、なぜこの絵で? というところがあったようです。

昨年、ボストン美術館が所蔵している浮世絵の展覧会が日本で巡回していました。その展覧会の公式サイトが以下です。

ボストン美術館浮世絵名品展 北斎

世界で最初に本格的な北斎展を開催したのは、ボストン美術館でした
岡倉天心とともに日本美術の保護や振興に努めたことで知られるアーネスト・フェノロサは、日本から米国に帰国してボストン美術館のキュレーターとなった後、1892-93年に第1回特別企画展「HOKUSAI AND HIS SCHOOL」(北斎と一門展)を開催。世界で初めて本格的に北斎を紹介した展覧会でした。それから120年の時を経て、ついに故国日本にボストンの北斎が里帰りします。

このような歴史的経緯があり、ボストン美術館は、わざわざ日本で展覧会を開けるレベルの浮世絵コレクションを持っているのです。当然、日本の美術について見識のある学芸員もいるはずです。

実は昨年、日本でも同じイベントが行われていました。

生活の友社 - アートコレクターズ - 6月28日(土)より世田谷美術館でボストン美術館 華麗なるジャポニスム展が開催 

また今回、「ラ・ジャポーネーズ」でカミーユが着ている着物が再現されています。
報道内覧会では子役俳優の谷かのんさんが、その着物をきてご登場され、カミーユと同じポーズをとってくれました。 なんと一般のお客さんもこの着物を着ることができるイベントもあるようです!!

ボストン・グローブの記事によると、この着物はNHKが制作し、日本では東京・京都・名古屋に巡回した展覧会で「ラ・ジャポネーズ」の前で羽織れるという、今回ボストン美術館で行われたのと同じイベントが行われたそうです。ボストン美術館の姉妹館である名古屋ボストン美術館のサイトにこの着物の写真があります。

なので、今回の抗議によるイベント中止は、さすがさまざまな人種・民族の文化が拮抗するアメリカならではだなあ、日本はよくもわるくも平和だなあ、と思いました。

この記事の最後に、問題のモネの「ラ・ジャポネーズ」を貼っておきます(モネは没後50年を過ぎているので、彼の絵画は自由に使えます)。

あらためて見てみると、たしかに着物としては派手過ぎて外人受けを狙いすぎな感じがします。浅草あたりの外人向けおみやげ屋さんにありそうです。それがジャポニズムだと言われたらそれまでですが。

日本にいれば、着物を見たり触れたりする機会はたくさんあるので、これを見ても「そういう着物なのね」と受け取れるでしょう。しかしアメリカで同じイベントをすると、人生でこれが最初とか唯一の着物体験だという人が多くなりそうです。

日本人としては、外国人にこの絵を見たりこの着物を着たりして着物はこういうものだと思われるよりは、浮世絵など日本の絵を通じて知ってもらった方が良いのではないかと思います。そして本件は日本文化を「ゲイシャガール」的なステレオタイプで紹介することに対する抗議なので、正しい日本文化を尊重する愛国者たるネトウヨ諸君はむしろ抗議した側に感謝するべきだと思いました。おわり。

本稿で参考にした英文記事

Museum of Fine Arts backs down over kimono event in response to protests - Arts - The Boston Globe 

Boston kimono exhibit in race row - BBC News

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