はすみとしこの「そうだ難民しよう!」事件をふりかえる

最近、伊藤詩織さんに名誉毀損で裁判を起こされそうで話題の(正確には、謝罪及び500万円の賠償金を支払わなければ裁判を起こすという通知を受け取った)はすみとしこさん。彼女が一般に知られるきっかけとなった事件を紹介した記事を公開します。2015年10月に、シリア難民の少女の写真をトレースし、彼女の心中についてゲスな想像のテキストをつけたイラストをtwitterに発表し、大手マスメディアでも内容のひどさが話題になり、撮影したカメラマンに抗議を受けてイラストを削除した事件です。

その後のことを少しふりかえっておきます。記事中で発売が予告されていると書いた「そうだ難民しよう!」という本の表紙は、トレースだと批判された難民少女の顔だけオリジナルとして書き換えたものでした。それからのネトウヨイラストレーターとしてのご活躍は知っている人は知っている通り。

2020年現在、Facebookはヘイトスピーチには厳しくなり、Facebookページ「はすみとしこの世界」は削除されています。彼女のネットの主戦場はTwitterに移ったのだと思います。つまりTwitterは相変わらずこのようなヘイトスピーチや名誉毀損に対してガバガバでいつづけ、今回の伊藤さんによる裁判につながりました。

2015年の記事なので、「はすみとしこの世界」ふくめリンク切れが多数ありますがそのまま公開します。

この記事は有料メールマガジン「αシノドス」2015年11月15日号に発表したものです。αシノドスと編集の山本菜々子さんに感謝します。

(以下本文)

「シリア難民中傷イラスト事件」のあらましと背景

◇ はじめに・問題のイラストとは

ここ数年にわたるシリア騒乱により多数の難民が生まれ、ヨーロッパを中心に受け入れについて議論がされているなか、「ホワイトプロパガンダ漫画家」を名乗るはすみとしこ氏が、運営するFacebookページ「はすみとしこの世界」にアップロードした、シリア難民の少女を描いた1枚のイラストが、10月初旬に国内外の大手メディアを巻き込んだ論争を引き起こした。

イラストには、荒れた草地を背景に立つ少女の姿が描かれ、その左右に

「安全に暮らしたい
 清潔な暮らしを送りたい
 美味しいものが食べたい
 自由に遊びに行きたい
 おしゃれがしたい
 贅沢がしたい
 何の苦労もなく
 生きたいように生きていきたい
 他人の金で。
 そうだ
 難民しよう!」

と書かれている。「他人の金で。」以降が特に大きな文字になっている。

◇イラストの拡散と通報

このイラストは9月中旬にアップロードされていたようだが、9月30日にSEALDsの奥田愛基氏が「難民の話で、こういうのがFacebookでシェアされてた。あり得ないでしょ。見つけたらFBに報告で。 (注1)」とツイートした頃から、このイラストの存在が広まった。

Facebookには「コミュニティ規定」というものが定められており、以下のように記されている。

「Facebookは差別発言を削除します。差別発言とは、他人を以下のような要素に基づいて直接攻撃する内容を含むコンテンツのことです。
・人種
・民族
・出身地
(中略)
弊社はこれらの集団に対する憎悪を煽ることを目的とした団体や個人がFacebook上に存在することを許可しません。そのようなコンテンツを見つけた場合は、他の規約違反と同様、ご報告をお願いします。 (注2)」

筆者を含め多数の人がFacebook運営に通報したが、返信はいずれも「嫌がらせ行為をご報告いただいた写真を確認したところ、コミュニティ規定に違反するものではありませんでした。」というものであった。

そこで、なにか他の方法がとれないかと思い、筆者はFacebookの創始者にしてCEOのマーク・ザッカーバーグ氏にメッセージを送ってみた。

このイラストに添えられたメッセージを英訳して公開しているサイトがすでにあったので、そのリンクを入れ、「自分および多くの日本人がこのイラストを報告したが、いずれも規定に違反していないという返事を受け取った。しかし自分は規定違反だと思うので、削除してほしい」と英語で書き、10月1日にザッカーバーグ氏の(もちろんシリアや難民とはなんの関係もない)投稿にコメントを入れた(注3)。

彼の投稿には毎回数千件のコメントがつくので、到底すべてに目を通しているとは思えない。そこで、twitterで呼びかけ、このコメントが目立つようにいいねを集めてもらった。しかしながら、11月3日現在に至るまでザッカーバーグ氏の返信はなく、この投稿を彼が見たかどうかは結局わからないままだ。


◇Facebook、いったんは規約違反を受け入れ?

その後、10月2日深夜から10月3日早朝にかけて、Facebook運営はこの規約違反との報告を受け入れたようで、イラストは一時的に非表示になったが、半日もたたないうちにはすみ氏側の再開手続きに応じて再度表示した。

イラストの規約違反を訴えた人たちへのfacebook運営からの返信は、この間に以下のように変化した。

→「コミュニティ規定に違反していると判断し、削除しました」
→「投稿したアカウントが削除されたため、コミュニティ規定違反の審査を行うことができません」
→「このコンテンツを投稿したアカウントが復元されたため、この投稿がまたFacebookで閲覧可能となっている可能性があります。コンテンツがまだコミュニティ規定に違反するものであると思われる場合は、もう一度報告してください」

はすみ氏はこの間のことについて、のちに出演した動画番組で「削除されたのではなく、『一時的に非表示になっています』という通知が来た。『再開しますか?』というアイコンを押したら、Facebook側は再審査後、問題ないということで認めてくれた(注4)」と語っている。

イラストが復活したあと、筆者も含めてこのイラストを再度報告した人たちは「写真を確認したところ、コミュニティ規定に違反するものではありませんでした。」という最初の段階に戻った返信を受け取った。


◇知的財産方面から攻めた

Facebookの対応はふりだしに戻ってしまったが、現在、このイラストは「はすみとしこの世界」からは削除されている。これには以下のような経緯がある。

最初は多くの人が知らなかったことだが、この少女のイラストには元となった写真があった。この写真はインターネットのあちこちで使われていたが、なんばりょうすけ氏が10月1日に撮影者であるジョナサン・ハイアムズ氏のクレジットがついた写真を探し出し、彼のtwitterアカウントを見つけ、翌2日にtwitterでコンタクトを取った。ハイアムズ氏ははすみ氏に削除を要請し、10月7日にはすみ氏はイラストを削除した。

はすみ氏はこの写真に似せて描いたことを認めたがトレスではないと発言し(注5)、「はすみとしこの世界」での削除にあたって、「Jonathan Hyams氏におかれましては、この騒動で非日常的な迷惑をかけてしまったことと思います。(略)急に色んな連絡が殺到してびっくりしたであろう彼の苦悩を考えると心が痛みます。(注6)」とコメントした。あくまでも主張に問題はなく、彼の写真を利用したことで迷惑をかけたから、削除するというスタンスである。

筆者はなんば氏とはもともと知り合いであり、このときもtwitterでやりとりしていた。彼は、この写真の被写体となった少女の名誉が毀損されていることを問題視していた。

筆者もそれには同意ではあるが、日本にはおらず、このイラストを見ることもないであろう人への名誉毀損よりも、たとえイラストがオリジナルであったとしても存在するレイシズム的な問題の方が大きいと思っており、あまりピンとこなかった。しかしなんば氏がその思いで突き止めたハイアムズ氏からの要請によって、結局イラストは削除された。

削除を受けて、この写真の著作権をハイアムズ氏とともに所有している国際NGOのセーブ・ザ・チルドレンはこのイラストを転載・流用しないように求めるとともに、以下のようにコメントしている。

「加工の内容は、被写体である少女の尊厳のみならず、紛争の影響を受け困難な生活を強いられている人々の尊厳を傷つけるもので、深い悲しみと憤りを覚えました。私たちは子どもの写真を撮る際は常に、子どもたちが置かれている状況を世界に伝えるために写真を使うという許可を子どもと保護者から得て撮影しています。今回の件を通して、難民の家族との約束を破ることになってしまったことは非常に残念です。(注7)」

◇世界中のメディアが報道

この件は国内外の大手メディアで取り上げられた。10月2日にJapan Times(注8)、8日にBBCのBBC Trending(注9)というコーナーで記事になり、このニュースは一時期、BBCのウェブサイトのトップページに表示された。その後10月半ばから後半にかけて、フランス語、スペイン語、ポルトガル語などヨーロッパの各言語のメディアや、アルアラビーヤのようなイスラム圏をカバーするメディアにも報道された。日本語メディアでも、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などの大手新聞社が報道した。

これらに先立って、Change.orgにて「レイシズムを認めない会」による、「シリア難民を侮辱するイラストが「レイシズム」であるとFacebookは認めてください。」というオンライン署名運動(注10)が10月1日から行われており、11月6日現在、1万3000件を超える署名が集まっている。多くのニュースはイラストを支持しない人々の声として、Change.orgの署名もあわせて紹介した。


◇イラスト作者の思想の中心は在日コリアン差別

はすみ氏のところには、国内外からのメディアの取材申し込みが相次いだようだ。彼女は10月8日に「はすみとしこの世界」に、本件についての取材はこれ以降受けないとして、海外メディア向けに考えをまとめた英語の文章を発表した。

これが、一見シリア難民となんの関係もなさそうな在日コリアン非難に全体の半分ほどを費やす異様なものである。

その趣旨は「在日コリアンが本来日本人に使われるべき社会福祉のお金を使い続け、そのしわ寄せで日本人には必要な福祉が届かず餓死したりしている。あのイラストは、ヨーロッパが"偽の"シリア難民を受け入れると同様なことが起こるというヨーロッパへの警告だ」というものだ(注11)。

「はすみとしこの世界」には、その後も各種のレイシズム的なイラストがアップロードされ続けている。なかでも、このシリア難民イラストと同じ形式で、中央に女性、左右にメッセージを載せる在日コリアンを中傷するイラストは、10月25日に東京と京都で行われた「日韓断交デモ」で利用された。(撮影:宇城輝人氏)

画像1

筆者は、この在日コリアン中傷イラストをまたFacebookに通報してみたが、予想通り、「コミュニティ規定に違反していません」という返信が帰ってきただけだった。こちらについては、シリア難民のように世界的に注目を集める事柄ではないからか、国内外の大手メディアもとくに報道していない。

さらに、はすみ氏は『そうだ難民しよう! はすみとしこの世界』と題するイラスト集を12月17日に出版すると発表した(注12)。版元は、在特会の元代表である桜井誠氏の『大嫌韓時代』ほか多数のヘイト本を出版している青林堂だ。アマゾンではすでに予約を開始しており、11月6日現在、カテゴリ「日本の政治」で1位、アマゾン全体の本の売れ筋ランキングでも5位となっている。他人を傷つける行為によって売名し、結果として本が売れ、利益を手にするという構造は、批判を集めた元少年Aの『絶歌』と同じではないだろうか。


◇ヘイトスピーチを容認する大手ネットサービス

筆者はつねづね、Facebookのようなページビューを稼いで広告を売っているタイプの大手サイトがヘイトスピーチを容認するのは問題だと思っている。ヘイトスピーチは現状、違法ではないが、少なくともユーザーに好きなように投稿させることでページビューを稼いで広告によってそれなりの利益を得ている大手有名企業は、このような投稿を削除するくらいの管理コストはかけるのが、企業としてのあたりまえの倫理ということになってほしい。

筆者は15年以上前からネットの個人の言論を見てきた。2000年前後、2ちゃんねるが始まった頃は、2ちゃんねるのようなアングラな掲示板(当時はそういう場所だと見なされていた)など、ネットの中でもきわめて限られた場にだけ嫌韓系の投稿があった。それがおそらく2002年の日韓共催ワールドカップや2010年頃からのtwitterの普及などを経て、こういった言説が徐々に「ネットの表通り」に出てきたと感じる。

さらにその後、嫌韓系の本がベストセラーになり、ヘイトデモなども起こり、ヘイトスピーチはすでにネットだけではなく現実社会の問題である。このように「ヘイト思想」と呼べるものがここ15年ほどで徐々に拡大し、このまま放置すると次のステップとして具体的な暴力につながりかねないと考えている。少なくとも情報拡散のハブとなっている大手ネットサービスだけでも自主的に規制したほうがいいと思うのだが。

Facebookは、差別発言を削除するとあらかじめ定めながらも、今回の事例でも一貫しない対応を見せ、最終的には差別とは認定しなかった。

ニコニコ動画を運営するドワンゴは、10月1日に発表した「ニコニコ活動ガイドライン」(注13)において、望ましくない表現として多数の事例を列挙しながらも、人種・民族差別については触れず、「自分の発表したコンテンツによって誰かを傷つけたり、権利を侵害したりするなどの問題が生じた場合は、当事者同士で解決することを原則とします」「ニコニコ運営の対応に過度の期待をしないようにしましょう」など、最初から逃げを打っているような表現である。

またアマゾンでは、韓国を紹介したり、ヘイトスピーチに対抗するようなコンテンツに関して酷評レビューがつき続けている。ヘイトスピーチに対抗する活動を続けている在日コリアンのライターである李信恵著氏の著書『#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』のレビューに関して版元の影書房が抗議したが、アマゾン側は特に対処する必要はないという対応であった(注14)。

悪評高いコメント欄を持つヤフーニュースは、9月に「ヘイトスピーチなどへの対応を強化します」と発表した(注15)。しかし、ヤフーニュース個人に10月29日に掲載された韓東賢氏による記事「差別禁止の理念法すら成立しない現状であっても、ネットメディアは差別扇動への対策を(注16)」には、10月30日0時41分に「赤の、チョンで、4つの癖に、何を言う、チョン助」というコメントがついており、平日を5日挟んだ11月6日現在、そのまま表示されている。

今後も、ネットサービスとヘイトスピーチの関係を注視していきたい。

(注1)奥田愛基氏のtwitter https://twitter.com/aki21st/status/649014097539829760 (9月30日)
(注2)Facebook コミュニティ規定 https://www.facebook.com/communitystandards/
(注3)Facebook マーク・ザッカーバーグ氏の投稿のコメント欄 https://www.facebook.com/zuck/posts/10102396777769931?comment_id=10102401045532301&offset=0&total_comments=9377&comment_tracking=%7B%22tn%22%3A%22R2%22%7D (コメント投稿は10月1日)
(注4)チャンネルAJER『激白!?難民イラスト大炎上!!①』 http://www.nicovideo.jp/watch/sm27367887 (10月14日)
(注5)チャンネルAJER『続・はすみとしこの世界 新たなる戦いと①』 http://www.nicovideo.jp/watch/sm27459044 (10月27日)
(注6)Facebookページ「はすみとしこの世界」より https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1235581793134640&id=984279651598190 (10月7日)
(注7)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン、シリア難民の少女の写真を加工したイラストに関する見解とお願い http://www.savechildren.or.jp/scjcms/press.php?d=2087 (10月8日)
(注8)The Japan Times、'Racist' illustration of refugee girl sparks ire among Japan's netizens http://www.japantimes.co.jp/news/2015/10/02/national/social-issues/racist-illustration-refugee-girl-sparks-ire-among-japans-netizens/ (10月2日)
(注9)BBC News 、Is this manga cartoon of a six-year-old Syrian girl racist? http://www.bbc.com/news/blogs-trending-34460325 (10月8日)
 なお、この記事はその後日本語に翻訳された。BBCニュース、シリア難民少女の写真を日本人が挑発的なイラストに……人種差別か http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-34472019
(注10)Change.org、キャンペーン · シリア難民を侮辱するイラストが「レイシズム」であるとFacebookは認めてください。 https://www.change.org/p/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E9%9B%A3%E6%B0%91%E3%82%92%E4%BE%AE%E8%BE%B1%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%8C-%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0-%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%A8facebook%E3%81%AF%E8%AA%8D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84 (10月1日)
(注11)Facebookページ「はすみとしこの世界」より https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1236205046405648&id=984279651598190&substory_index=0 (10月8日)
(注12)Facebookページ「はすみとしこの世界」よりhttps://www.facebook.com/984279651598190/photos/a.984889011537254.1073741836.984279651598190/1253585151334304/?type=3&permPage=1 (11月6日)
(注13)ニコニコ活動ガイドライン‐niconico http://ex.nicovideo.jp/base/guideline (10月1日)
(注14)影書房、『#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』のカスタマーレビューに関するアマゾンジャパンとのメールのやりとり http://www.kageshobo.co.jp/main/others/to-amazon150224.html (2015年2月〜3月)
(注15)Yahoo!ニュース スタッフブログ、Yahoo!ニュースがコメント機能を続ける理由~1日投稿数14万件・健全な言論空間の創出に向けて~ http://staffblog.news.yahoo.co.jp/newshack/yjnews_comment.html (9月2日)
(注16)Yahoo! ニュース個人、差別禁止の理念法すら成立しない現状であっても、ネットメディアは差別扇動への対策を(韓東賢) http://bylines.news.yahoo.co.jp/hantonghyon/20151029-00050816/ (10月29日)

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